第60話 ラグナス観光 その5
港湾を巡った後、ラグナスのバザールを冷やかす。
周辺地域一帯の名産品が集まってくるというから、何か欲しい物があったらここに来るのが良さそうだ。
「おや、そこ行くお二人さん! 二人の仲をとっても良くしてくれるアクセサリーが入ったんだよ!」
「ほんとですか!!」
あっ、クルミが飛びついてしまった。
バザールは、無数の屋台が立ち並ぶ。
そのうちの、宝飾店でのことだ。
それは、どうみても大きな動物の牙を加工した首飾りだった。
「セントロー王国はビブリオス男爵領でね、地竜の牙を加工したペンダントなのさ! 地の底に住むという地竜……上の世界と、地下の世界をつなぎとめる……つまり、二人の仲をつなぎとめるとびきりのラッキーアイテムってわけさ!」
「す、すごいこじつけだ……!!」
俺は驚愕した。
普段ならこういうのはスルーするんだが。
「センセエ! センセエ! クルミ、こういうのがほしいです!」
クルミが完全に食いついちゃってるもんなあ。
「じゃあ、二つください」
「まいどあり!」
そういうことになってしまった。
「わっはっは! オースさんもクルミの前じゃ方無しっすな!」
「英雄色を好むとは言いますが、一人の女性を一途に愛する英雄もまた良いものですな」
「やめてくれ二人とも!?」
「センセエ、大好きですー!」
クルミもクルミで、腕に抱きついてくる。
身動きが取れない……!
これは困ったなあ。
大いに俺達が盛り上がっているので、宝飾品屋の前で立ち止まる人々がちらほら。
「うちのアクセサリーで、目の前のカップルがめちゃくちゃ仲良しになったよ! 効果抜群! 縁結び! 仲を深める! 夫婦円満! セントロー王国直送のアクセサリーだよー!」
こ、こいつ……!
俺達をだしに!
「ははは、やるものですなあ。これは一本取られましたなオース殿」
「うん。恐るべし、ラグナスの商人だ」
人が多く集まるところだけあって、商売っ気も旺盛だ。
口が回るし頭も回る。
だけど、これ以上だしにされるのはまっぴらだ。
俺はクルミを引っ張りながら、その場をそそくさと離れた。
バザールには東西南北に4つの入り口があり、それぞれの入口付近はゆっくりと休める食事処などが用意されている。
その一角で、俺達は休憩。
すると、荷運びをしていたらしき子どもたちが、わあっと歓声を上げた。
「でっっっかい犬!!」
「白い! もふもふだ!」
「あ、こら、お前達!!」
荷物を持ったまま、子ども達がわあーっと走ってくる。
『わふん?』
ブランが、私のことかね、小さき者達よ、みたいなこと言いながらそちらに歩いていった。
あっという間に、子ども達がブランに抱きつく。
おうおう、モフモフされている。
『わふ』
なに、欲望に満ちたアリサのモフモフよりは、こういう子どものモフモフの方がいいって?
「お前はきをつけろよなー」
「そうそう! なんか、ペットの犬をさらうやつがでてるってな!」
「犬をげすいにつれてくやつがいたって」
何やら子ども達が、気になる話をしている。
「ちょっといいかな。その話、詳しく……」
「ああー!! 済みません済みません! うちのガキどもが! こーら、お前ら! 俺は金を出してお前らを雇ってんだからな! 今日の給金ゼロにするぞ!」
子ども達の雇い主らしい男が、俺にペコペコして、すぐに子どもへ声を荒げた。
ひゃーっと飛び上がる子ども達。
慌てて荷物を拾い上げて、走り出した。
「子どもも仕事をしてるんですねえ。大変だ」
「ああ。あいつら、スラムにいたガキどもなんですがね。盗みをやらかしたんで、労役の罰で働くことになったんですわ。そしたら、ここの方が働いた分だけ金も飯も出るってんで居着きましてねえ。まあ、ご覧の通り、あちこち寄り道する奴らですけど元気だし、飯を食わせておけば働くしで重宝してますわ」
がっはっは、と笑う男は、それじゃ、と俺に手を上げて去っていった。
通りの曲がり角から、子ども達が名残惜しそうにブランを見ていた。
ブランがそれに尻尾を振って答えると、子ども達がわーっと盛り上がった。
「こらー! ガキどもー!! 仕事だ仕事ーっ!!」
「ひゃー! ごめんなさーい!!」
うーん、賑やかだ。
「オースさん、今、犬がさらわれる事件みたいな話があったっすね。もしかして引き受けるつもりっすか?」
「おっ、鋭いねカイル」
「明らかに俺らのレベルでやる仕事じゃなくないっすか?」
まあそうとも言える。
俺はSランクだし、カイルはAランクの戦士。
クルミはもうすぐCランクのレンジャーになるだろうし、ファルクスもランクだけならAランクの吟遊詩人らしい。
「でも、これは俺の趣味なんだ」
「趣味じゃ仕方ありませんな! 英雄とは常に大きな事件を解決していればいいものではありません。だが! 事件の方が英雄を放ってはおかないものです」
べんべんっとリュートをかき鳴らすファルクス。
すると、食堂の目が彼に向いた。
「おっ! ファルクスじゃないか!!」
「一夜語りのファルクス!? 戻ってきてたんだ!」
「ファルクス、また新しい話を聞かせてくれよ!」
おおっ、人が集まってきた!
我がパーティの吟遊詩人は俺にウィンクをすると、リュートを奏でだした。
「では新たな戯曲を語りましょうぞ! 新作!」
うわーっと歓声が上がった。
「英雄オースが、空飛ぶ殺人魚の群れを見事に退治してのけた、その顛末を!」
「俺の話かあー!」
これは何と言うか、恥ずかしくてこの場にいられない。
そうだ、冒険者ギルドに顔出しして、ここでも仕事を受けられるようにしておかないといけないんだった!
「よ、よしファルクス、冒険者ギルドで合流な。俺は行くから!」
「あっ、センセエまってー!」
「オースさん、マジで人から誉められるの得意じゃないっすよね」
『わふふん』
もう、俺は必死にその場を遠ざかったのだった。
なので、気づかなかった。
ドレがひょいっとブランから降りて、子ども達が消えていった方に向かっていった事に。
俺がドレがいないことに気付いた頃、彼は子ども達と一緒に、ちょっとした冒険を繰り広げていたのだった。
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