第57話 ラグナス観光 その2

 通された大教会の中。

 なるほど、通路は広く長い。

 床は驚くほど平坦で、歩いているとむしろ足を痛めてしまいそうだ。


 俺達はセグウォークに乗り、司祭が案内するままに運ばれて行った。


 途中、驚くような光景を何度も目にする。

 大教会に務める職員や僧侶たちが、人間ばかりではなかったことだ。


「おっきい岩みたいなひとがいるですよ!」


「彼……彼女かな? トロールだね。あちらはエルフだし、むこうで書類の山を運んでいるのはゴブリンだ。多彩な種族が勤めているんですね」


 俺の言葉に、司祭は深く頷いた。


「これも、ラグナの神の思し召しです。全ての種族は、共に同じ世界を生きることが宿命付けられている。故に、別け隔てなくラグナの教えを受け、実行し、この世界を生きていくのだと。隣国のセントロー王国にはまだまだ愚かな差別が残っておりますが、それらはイリアノスにおいて、解決された問題なのですよ」


「へえ……」


 大したものだ。

 確かに、街なかは様々な種族が行き交っていたように思う。

 ごく近い距離で、人間と魔族と思われる人がすれ違っていたし、俺達を乗せてきてくれた船の船長はオーガだった。


 そういう寛容さがあるからこそ、ブランとドレが普通に大教会に入れるんだろうな。

 二匹とも、セグウォークを楽しそうに扱っている。


『わふん?』


『ブラン、こいつはなかなかだにゃ。自在に動くにゃ』


 ドレが普通に喋ってるけど、大丈夫かな。

 気にかけさせないようにこっちから話を振るか。


「アドポリスではまだまだ、そこまで考え方を変えていけませんね」


「本来、それが当たり前なのです。だからこそ、同じ神を頂く、という条件の平等が必要になるわけですよ。ラグナの神の下、我らは皆等しく信者なのです」


「凄いなあ……!」


「その代わり等しく教会税が課されますので。冒険者の方々にももちろん」


「辛いなあ……」


 いいことばかりじゃないな!

 教会税に対する怒りとか嫌気とか憤りで、種族を越えた絆があったりするとか聞くと、もう笑ってしまう。

 これもラグナ新教は意図してやってるのかね。


 そして俺達は、フランチェスコ枢機卿の部屋に通された。


 扉は魔法じかけらしい。


「フランチェスコ猊下、使者の方々をお連れしました」


『通したまえ』


 扉が開く。

 その奥には、動きやすそうな格好をした男が立っていた。


 金色の髪を眉の上で切りそろえた、いわゆる僧侶カット。

 年齢はよく分からないが、目つきが鋭い。


「あとは私が対応する。君は職務に戻りたまえ」


「はっ。では失礼いたします、猊下」


 この男がフランチェスコか。


「どうも。アドポリスから使者として来ました、モフライダーズです。俺はそのリーダーのオース」


「噂は聞いている。あちらの教会からも報告は来ているのでね。まさか、教会の下に魔法陣があったとは……。現地の者達はなんとずさんな仕事をしていたのだ」


 おお、ちょっと怒っている。


「ああ、こちらの話だ。気にしないでくれたまえ。では親書を受け取ろう。そして宝剣も」


「どうぞ」


 親書を受け取ると、彼は封をはがして中身を確認した。


「確かに。そして宝剣も間違いないものだ。この剣は、実は君達にも関わりがあるものでね」


「俺達に?」


「うむ。オース、君が破壊したという魔法陣は、魔王を呼ぶものだったと言う。あれは正確には違う。魔王は魔法陣などなしに出現し、それ単体で世界を変えた。あれが降り立ったときに人の世界は終わり、人は人ならざる者とともに生きねばならなくなったのだ。……あの魔法陣は、魔王が現れた時の状況を調べたものが、それを再現するために作ったのだろう。全く、とんでもない代物だ。そしてこの宝剣が、魔王の使っていた剣の欠片なのだよ」


「へえ……そんなとんでもないものを運んでたんですか、俺達は」


「そうなる。世界から、ラグナ新教が回収しているものだ。今の世の中に、余計な争乱など起こすわけにはいかないからな」


 それだけ告げると、フランチェスコは俺達を見回した。


「ご苦労だった。アドポリスが使者として選出する冒険者というのだから、君達こそがあの国の最高の冒険者なのだろう。こちらも、それ相応の報酬は用意する。だが……そういった金を出すためには手続きがあってな。済まないが、しばらく神都観光でもして金が出るのを待っていて欲しい」


「ああ、そういう……」


 どこも大変だ。

 だが、フランチェスコが見た目よりも話しやすい人間で、安心した。

 俺達はこれで、任された仕事も終えた。

 神都観光と洒落込もうかな。


「それから。君達が優秀な冒険者だと言うなら、私からも依頼が行くかも知れない。連絡が取りやすいよう、こちらが用意した宿に泊まってくれたまえ。ラグナスは治安の比較的良い都市だが、それでも事件や犯罪は起こる。モンスターだって入り込んで来ようとするのだ。冒険者の仕事の種は尽きないからね。ギルドにも顔を出しておくといい」


「なんか、いたれりつくせりですね。ありがとうございます」


「実力者には敬意を払う。それだけだ。では、帰っていいぞ」


「失礼します」


 そう言う事になって、枢機卿の部屋を後にする俺達なのだった。

 扉が締まった瞬間、カイルとファルクスが盛大に溜息をついた。


「うひいいい、なんて圧迫感だあの男。あいつ、すげえ使い手っすよ。全然隙がねえ。なんでラグナ新教のトップにあんなとんでもないのがいるんだ」


「フランチェスコ枢機卿、噂通りの方でしたなあ……。あの方、もう記録に残る限り、数百年以上あのままの姿らしいですぞ。まあ、代替わりはしてるのでしょうが」


「ははは、みんな大げさだなあ」


「ぷいー、クルミはとってもきんちょうしたです!」


 そう言えばクルミは静かだったな。

 気がついたら、俺の手をギュッと握っていた。


「みんな、お疲れ。やっぱり偉い人と会うと緊張するよね。大教会を出たら、打ち上げと行こう! それから紹介された宿に行って、しばらくは観光を楽しもうじゃないか」


 俺が宣言すると、みんな口々に快哉を上げる。


 どうやら神都にしばらく滞在することになりそうだし、この機会に色々見て回るのが良さそうだな。



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