第24話 カトブレパス対処法 その4

 沼沢地に近づくと、周囲の空気がおかしくなってきた。

 一言で言えば淀んでいる。


 カトブレパスの呪いは、全ての生き物を殺す。

 魚も植物も、虫も何もかも。

 だから、あれが現れた場所は死の大地になるのだ。


 結果、空気が淀み、土は腐る。


 ただまあ、悪いことばかりではないわけで。

 それは倒せば分かることだ。


「いたいた」


 ブランの上から、俺は目を細めた。

 遠く、陽の光を受けてキラキラ反射する沼地の近く。


 並の雄牛よりも二周りは大きな、灰色の巨体がいる。

 体つきは牛そのものだが、その首は蛇のように伸び、垂れ下がっていた。

 下がった先に、頭がある。


 一つ目の牛の頭が、地面に横たえられている。

 その口からは絶えずよだれが溢れていた。


 あれがカトブレパスだ。


「くそっ、何度見ても、本当におぞましい姿だぜ」


 戦士が青ざめる。

 トラウマになっているようだ。


「クルミ、カトブレパスをここから見て、どう思う?」


「大きくてへんてこな牛さんです!」


「そうだね。大きいし、あの首だ。小回りは効かない。だけど、あれはみんなから恐れられるモンスターなんだ。あの目を見てごらん」


「なんか、ずーっと目がうごいてます!」


「そういうこと。カトブレパスの目は一つしか無いから、遠近感が分からない。で、死角をなくすためなのか、ずっと動き続けているんだ。そしてあの視線に死の呪いが宿っている。一度に浴びる呪いは、視線が安定しないから少ないんだけど……何度も浴びると死ぬ」


「こわいですー!」


「大丈夫大丈夫」


 俺が気軽に言って彼女の肩をポンポン叩くと、戦士が「いや、大丈夫じゃないでしょ!」と突っ込んできた。


「大丈夫だよ。準備をしているからね。そして今回重要なのは、これ」


 俺がリュックから取り出したのは、村で借りてきた斧だった。


「流石にあの首は短剣じゃ落とせない。だけど、斧の刃を半分も食い込ませれば死ぬ。あとは抵抗させないために、これとこれと……」


「そのリュック、何でも出てくるな……!? なんだ、それ」


 戦士に問われて、俺は答えた。


「こいつはトウガラシ弾だ。ぶつかれば割れるカプセルの中にトウガラシが詰まってる。これで目を潰したり、カトブレパスの肌にダメージを与える」


「そんなもんで……。目潰しなら閃光弾でいいんじゃないのか?」


「カトブレパスの視線は光を放っている。そして、光に乗って呪いが来る。閃光弾はそれを増幅するようなものだよ。こいつに対しては自殺行為だ。こういう単純なのがいい。次にこれ。コカトリスの嘴。呪いがちょっとは残ってるはずだから、至近距離からこれを打ち込んで片足を石にする」


「どこでそんなもんを……」


「ちょっと前にやってきた仕事で手に入れたんだよ。破片だが効果は十分だよ」


 これらの装備を用いて、カトブレパス狩りを始めることにする。


「クルミはトウガラシ弾の担当ね。よーく狙って当てて」


「はいです!」


 さて、俺は、前線を一人で担当だ。

 こればかりは素の能力とはいかない。


「敏捷強化……よしっと」


 自分に強化魔法バフを掛けておく。

 効果時間は10分ほど。

 十分だろう。


 早速、俺は物陰から飛び出した。


『ぶもお!?』


 カトブレパスが気づく。

 周囲を見回し続ける単眼のお陰だろう。


 カトブレパスは小心者のモンスターとも言えるのだ。

 常に周辺を警戒し、敵の姿を見逃さない。


 俺は走りながら、ポケットから派手な布を取り出した。

 これを胸元にねじ込み、ひらひらさせる。


『ぶももお!』


 おっ、反応した反応した。

 視覚に頼る以上、目立つものをついつい追ってしまうものだ。


 そして、俺に向かって降り注ぐ死の呪い。

 これは、体に塗りたくったマンドラゴラの軟膏が相殺していく。


 相殺する度に、俺の体から紫の湯気が立ち上った。

 湯気がなくなったら、軟膏切れ。

 俺の運命も一巻の終わりというわけだ。


「そーれっ」


 俺は駆け寄りざまにスリングを開放する。

 放たれた石が、カトブレパスに炸裂。モンスターが叫び声を上げた。


 敵の視線が、俺に集中し始める。


「今だ、クルミ!」


「はいです!」


 向こうから返事が聞こえ、真っ赤な弾が飛んできた。

 あ、惜しい!

 弾はカトブレパスの頭に当たったが、目には届かない。


『ぶっ、ぶもおおおおお!?』


 だが、トウガラシ弾は痛いんだよな。

 こればかりは防御力とか、そういうのが関係ない。


 カトブレパスは怒りに満ちた視線を、クルミの方向に送った。


「きゃっ! 湯気が上がったです!」


「大丈夫! 続けて!」


 俺とクルミに意識が分散したカトブレパス。

 遠くと近くでは、一度に処理できないだろうに。

 どちらかに絞っておけないのが、小心者モンスターのカトブレパスらしいところだ。


 俺はわざとクルミと逆側に回りつつ、コカトリスの嘴をスリングにセット。

 くるくる振り回しながら接近した。


『ぶもお!』


 カトブレパスは、俺めがけて突進しようとする。

 俺はあえて、水の中に足を踏み入れた。


『ぶもっ』


 カトブレパス、水を嫌がって動きを止める。

 あの巨体で、低く頭が下がった体型だ。


 足元が泥沼なら沈みやすい。

 そして、真っ先に頭が沈んで窒息する。

 ちょっと躊躇するであろうことは分かっていたのだ。


「動きも止まった。とりゃ!」


 俺はスリングを開放した。

 放たれたコカトリスの嘴は、カトブレパスの前足に刺さる。


『ぶもお!?』


 途端に、命中した部位が石の質感に変わった。

 モンスターの動きが鈍くなる。


 さあ、仕上げと行こう。

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