第147話 山頂の集落へ その4

 螺旋状になった山道を踏みしめながら登っていく。

 この山そのものが空洞であることは分かっている。

 言わば、遺跡の上に土が堆積し、植物や動物達が生活するようになった場所なのだ。


 山の名は、港町では山としか呼ばれていなかった。

 山間の村では、ソラフネ山と言うらしかった。


 ソラフネか。

 どういう意味なんだろうな?


 なお、港町は、各地から移り住んだ人々ばかりで、いわゆる地元の人間がほとんどいない。

 ということで、ソラフネ山の名前があまり伝わっていなかったのだとか。


「ワタシも外から来たんですけどねー」


「知ってるよ。カレンは群島国家のもっと栄えたところから来たんだろ?」


「そうですねえ。群島国家は島ごとに一つの国みたいなものなんですよね。ワタシがいた島はですね、まるごと街みたいな島でしてね! その名もエルセット! エルド教の聖地でしてねー」


「ふんふん。それで君はどうしてこの島に派遣されて来たんだ?」


「うっ、突かれたくないところを……」


「左遷されたんですわよ」


「ラグナ教ぉぉぉーっ!!」


 おお、カレンが怒った。

 図星らしい。


 詳しい事情は突っ込まないでおこう。


「センセエ、サセンってなんですかー?」


「あとで二人の時に教えてあげる」


「はーい」


「余計なこと教えなくていいですよねー!?」


「ほんと元気だなあ、エルドの司祭は」


 アルディが笑う。

 こうして、賑やかに山を登っていく俺達。

 すっかり隊列は崩れているが、その点は前にドレ、後ろにブランを配置して対応している。


『己は働くのいやにゃ』


「そこをなんとか」


『めんどくさいにゃ』


「すっかり猫化している。クルミ、抱っこしてあげてくれ」


「はーい!」


 クルミはどれを、むぎゅっと抱き上げた。

 ぶらーんと下半身が伸びるドレ。


 世界の外側から来た超・猫とでも言うべき存在のはずなのだが。


『特に何も出てこないにゃ。ド派手に暴れたから、弱いモンスターはみんな隠れてるにゃ』


 なるほどなるほど。

 偽モンスターたちも、野生の勘みたいなものがあるのだろう。


 わいわいとうるさくしながら山道を行くと、特に何もなく山頂へと到着した。

 コッカトリスやバシリスクの気配があったが、アルディが嬉々として剣を抜いた瞬間、慌てるようにして気配が消えた。


「つまらん……!!」


「アルディは暴れすぎたな」


「モンスターにまで戦いを避けられるんじゃ、辺境伯を辞めた甲斐が無いぜ……。あの精霊王アータルみたいなどどでかいヤツがまた出てこねえかなあ」


「それはそれで勘弁してくれ!」


 洒落にならないことを言うやつだ。


『わふーん』


 口にすると出てくるんだよねー、とブラン。

 本当にやばい。

 アータルの次元の相手は、しっかり調べて対策を練ってから挑みたい。


 なので、もし出てくるなら、願わくばどこかに予兆があってほしい……。


「見えたですよ!」


 クルミの声がした。

 見えた、ということは……。


「山頂の集落かい?」


「そうです!!」


「どれどれ」


 前に出て確認してみる。

 集落の周りには、ニョロリと長くて黒いバシリスクが何匹もいる。


「イヤッハー!!」


「あっ、アルディが行ってしまった」


「ワタシも行きますねー!」


『我も我もー』


 フランメまで飛んでいった。

 二人と一羽がばたばたと暴れて、バシリスクがあっという間に一匹、バラバラになった。

 既知の相手なら、彼らの野生にお任せでいいな。


 俺とクルミとアリサで並んで、のんびりこれを見る。

 アルディが二匹まとめて開きにしている様子を前に、ドレが俺の膝の上に乗っかってくる。

 わしわしとモフる。


 うむ、心が落ち着くなあ。


 カレンが次々に弾をぶっ放し、バシリスクを穴だらけにする。


「ああ~。ブランちゃんはすっかり夏毛になっているんですわねえ……。ブラッシングをすると抜け毛がありますわー」


 アリサが恍惚として、ブランの毛を漉いている。


 クルミはと言うと、山間の村で買って来たお弁当をぱくつき始めた。

 蒸した芋で、戻した干し肉を挟み、塩とハーブのソースで味をつけたやつだ。

 美味そうな匂いがする。


「俺ももらっていい?」


「どうぞです!」


 クルミが齧りかけのを差し出してきた。

 俺もそこを、もりっと食べる。

 うん、美味い。


 俺が食べた後を、クルミが嬉しそうにもぐもぐ食べた。


 そうこうしているうちに、バシリスクは一掃されてしまった。

 アルディが肌をツヤツヤにして戻ってくる。

 戦うほどに英気が養われる男だ。


 カレンはと言うと、さっさと集落の入り口に行き、自分がモンスターを倒したエルド教の司祭だとアピールしているな。

 大変商魂たくましい。


「よし、じゃあ俺達も行こう。カレンがあること無いこと言ってるからさ」


「ほんと、エルド教は仕方ありませんわねえ。わたくし、とっちめてきますわ!」


 ローブの裾を持ち上げて、アリサがバタバタと走っていく。

 隣をてくてく歩くブラン。

 ブラッシングをしてくれたお礼なのか、途中でアリサをひょいっと咥えると、背中に載せてしまった。


「うほーっ! ブランちゃんの背中ですわー! ああー……おひさまの匂いがしますわねえ……あら、カレン。何を間抜け面でこっちを見てますの? ブランちゃんの背中は譲りませんわよ」


「だっ、誰も羨ましくなんかないですけどねーっ!」


 また言い争ってる。

 集落は、外で明らかに人間のものらしい話し声がするので、もう安心だと思ったのだろう。

 入り口を塞いでいたものが、次々にどけられていく。


「おお……モンスターがいない!」


 集落の人々が外に出てきた。

 そして、でっかい犬であるブランを見てギョッとする。


「い、いたー!!」


「ああ、ちょっと待って下さい。彼はモンスターではなくてですね。いや、モンスターではあるんですが……」


 これで、自体の震源地であろう、山頂の集落への接触成功だ。

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