第138話 いざ上陸……と思ったらクラーケン その5

 クラーケンはマーマンの支配を逃れ、今は混乱しているようだ。

 触腕を振り回し、船に叩きつけようとする。


『船を沈められたらえらいことにゃ! 己は水に落ちたら溶けるにゃあ!』


 いつもよりも気合の入ったドレが、巨大化しながらこれを受け止める。

 クラーケンの触腕を、クァールの輝く触手が受け止める様はなかなか幻想的だ。

 サイズ差がかなりあるはずなのに、びくともしないドレ。


『己が食い止めている間に、このイカを倒すにゃー!!』


『任せるチュン! ほりゃあー!』


 フランメが巨大化して、炎を纏いながらクラーケンのえんぺら(イカの胴のひらひらしたところ)に体当たりをした。


『もがーっ!!』


 吠えるクラーケン。

 そこに、飛び込んでいったアルディの剣が閃く。

 切り飛ばされる触腕。


「行くぞ!」


「行くですよ!」


 俺とクルミの、雷晶石と炸裂弾の連続投擲。

 しかも俺の投げるものは、ローズの確率操作によってクラーケンの目玉に当たった。


『もがががーっ!?』


 クラーケン、これで完全に我に返ったらしい。

 堪らん、勝てない、とずぶずぶ水の中に沈んでいく。


「逃さねえぞ!」


 アルディが追いかけようとするが……。


「大丈夫よ。あの子、すっかり戦う気をなくしたみたい。人間は怖い怖い、二度と会わないって言ってるわ」


 マーメイドのペリルが、クラーケンの言葉を翻訳してくれた。

 便利だなあ。

 そして、クラーケンにもそれなりに高度な知性があるようだ。


「ああ、畜生、一瞬で片付いてしまった。もっと暴れたかったぜ……」


 天を仰ぐアルディ。


「これからしばらく、群島で神話返りと戦ったりするんだ。暴れる機会ならいくらでもあるさ」


「本当かリーダー!? しばらくここに残ってくれるんだな! よしよしよし! 頼むぜ神話返り。すげえモンスターを連れてきてくれよ……!」


「アルディったら、本当に戦闘狂ですわねえ。あれじゃあ辺境伯は務まりませんわね」


 そんな会話をしていると、切り離されたクラーケンの触腕をぺちぺち叩いていたクルミが、うーんと唸った。


「これはぶよぶよしてて食べられなさそうですねえ」


『こんなの食ったら腹を壊すにゃ』


『でかすぎるとたいてい不味いと聞くチュン』


 ドレとフランメも酷評している。

 というか、クラーケンを食べる気だったのか。


 こうして俺たちはあっという間にクラーケンを片付け、マーマンを縛り上げて港に戻った。

 このままマーマンを人間側に差し出すと、縛り首になるなどして終わるだろう。

 だが、それでは他のマーマン達とのわだかまりが残りかねない。


 俺は、マーマンの身柄をペリルに預けることにした。


「そうねえ。私達海の民としても、人間との取引はとても有用なのよね。水の中では絶対に手に入らない品物だって多いのだもの。贅沢を知ってしまった私達が、今更人間と離れて暮らすなんてできないわ」


 ペリルがくすくす笑う。

 人間とは全く異なる暮らしをしていた異種族まで、経済の流れに取り込んでしまう人間というのは、なかなか罪深いかもしれないな。


 犯人であるマーマンは、海の民の裁判みたいなのに掛けられることになるらしい。

 ここは、彼らの法に任せるとしよう。


 こうして、ペリルとマーマンは去って行った。


「サフィーロに来たばかりだというのに、いきなりハードだったなあ。じゃあみんな。早速だけど打ち上げと行こうか」


 俺の言葉に、アルディとクルミが快哉を上げた。


「あっ、わたくし、この土地の信仰であるエルド教にちょっと挨拶に行ってきますわ」


 アリサが小さく手を上げた。


「ラグナ教の司祭がエルド教のところに行って大丈夫なのかい? ザクサーン教とは仲はそんなに良くないんだろ?」


「むしろ、だからこそ行かなければいけないのですわ。だって、自分たちのテリトリーで異教徒が勝手に神聖魔法を使っていたら腹が立ちますでしょう? だから顔を通して、これからこちらで仕事をしますって伝えるのですわ」


「なるほど、教会も盗賊ギルドも変わらないんだなあ」


「面子を重んじるという意味では変わりませんわね。ただ、オースさん。その話はあまり表でなさらないほうが……」


「もちろん!」


 盗賊ギルドと教会を一緒にするなんて命知らずなこと、外ではとても言えたものじゃない。


「エルド教は、商売を守護するという側面もありますの。つまり、お金を積めば大概のことはなんとかなりますわ。……ということで」


「はいはい。じゃあこれ、エルド教への上納金ね」


 俺は宝石袋を一つ、アリサに手渡した。


「ありがとうございますわ! それと……要求ばかりで申し訳ないのですけれど、そのう」


 ちらちらとモフモフ軍団を見るアリサ。


「よし、じゃあドレを護衛でつけよう」


「やりましたわ!」


『な、なぜにゃー! 己はすぐに帰ってミルクが飲みたいにゃあー!』


「見た目威圧感がなくて、直接戦闘力があって、意思疎通が容易で、アリサとも馴染みがあるのは君だけじゃないか」


『うぬぬ! 己の使い勝手の良さを今とても後悔しているにゃ』


『行ってくるチュン、猫!』


『お前に指図されるいわれは無いにゃ、雀!』


 チュンチュン、フシャーッとひとしきりやり取りをして、アリサとドレは去って行った。

 すぐ戻ってくることだろう。

 それまでの間に、俺達は店を見つけてお酒や料理を注文しておかないとな。


 さてさて、群島王国料理はどんなものがあるんだろう。

 今から楽しみなのだ。



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