第126話 モフき者、汝はフェニックス その3

 水蒸気の中、俺は目を凝らす。

 炎に包まれたフェニックス……というわけではない。


 よくよく見ると、こいつは尾羽根が炎を発しているが、その足や嘴は通常の動物のような作りだ。

 掴める場所がある!


『うぬ、視界が!! ここは一度脱出して……』


 水蒸気の中から、それを突き破るようにして巨大な翼が広がった。

 翼が炎を帯びている。


 よし!

 これで、どこに胴体があるのかが分かった!


 俺は水蒸気の中に飛び込むと、手を伸ばした。


「センセエ!」


 クルミが心配してくる声がする。


「大丈夫!! フェニックス! お前をテイムするっ!!」


『なにっ!?』


 俺の手が、ふわふわモフモフしたものに触れた。

 これは……フェニックスの胸元の羽毛だ。


 行くぞ!

 モフモフ、モフモフ。


『ぬ、ぬわーっ!!』


 フェニックスが広げた翼を振り回しながら悶える。

 放っていた炎が弱まり、チョロチョロとしたものに変わっていた。


『な、なんだこれは! 我の中に、知らぬ感情が入り込んでくる……!! ぬおおおおっ、この気高きフェニックスが、手乗り文鳥のような気持ちを抱くというのかあああああっ!!』


 手乗り文鳥ってなんだ?

 俺が知らない概念が、フェニックスを通じて流れ込んできた。

 これはつまり、俺のモフモフテイマーがこいつと繋がりつつあるということだ。


「来い、フェニックス! 俺のモフモフ軍団の一員となれ!!」


『ば、馬鹿なーっ!! 人間ごときにこのフェニックスがーっ! ぬわーっ!!』


 凄まじい絶叫が上がった。

 あまりに凄い悲鳴だったので、ブランが慌てて山頂まで駆け上がってきたくらいだ。


『わふ?』


 ブランは俺を信頼して、好きにやらせてくれていたようだ。

 だが、フェニックスの様子がただ事ではないので心配してやって来たと。


「ああ、大丈夫だよブラン」


 水蒸気が晴れていく中、俺は彼に微笑みかけた。


「全部終わった。俺達は新しい仲間を迎え入れることができたぞ」


『わふん』


 ブランはサモエドのような顔をしながら、ぺろりと舌を出した。

 それは良かった、と言っている。


 そして俺の伸ばした手の先に、フェニックスの姿はない。


 手の上に、それはいた。


『くくう……。屈辱だチュン』


「すっかり小さくなってしまった」


『我は普段は省スペースモードになってアータル様の寝所の隅っこに住んでいるチュン』


 雀だ。

 赤とオレンジの燃え上がるような色彩をした、小さな雀になってしまった。


「かーわいいーー」


 クルミが駆け寄ってきて、フェニックスの腹をつんつんした。

 羽毛でふかふかしている。


『や、やめるチュンー!』


 クルミにつんつんされて悶えるフェニックス。

 そうだ、こいつにも名前をつけてやらないとな。

 いつも、色で名付けているけど……。


 赤とオレンジ、どっちもそれなりに多いな。

 むしろ炎って感じだな。


「よし、お前の名前はこれから、フランメだ」


『な、なにぃーっ! 一瞬で名付けられてしまったチュン! これでは契約を破棄して逃げられないチュン……!! なんという巧みな交渉術チュン!!』


 雀が俺の指先で、翼を使った大仰なジェスチャーをしてくる。

 これは大変かわいい。


 思わずもう片手を使って、ふわふわモフモフしてしまった。


『ウワー! やめるチュンー! 堕落してしまうチュンー!』


 叫びながら、目を細めて胸元をモフモフナデナデされる雀のフランメ。

 あ、いや、フェニックスのフランメ。


 こんな手のひらどころか、指先サイズの雀がブランよりも大きなフェニックスになるのか。

 よし、能力を確認してみよう。


「フランメ、巨大化して俺とクルミを下に運んでくれ」


『は? テイムしたばかりでこの我がホイホイ言うことを聞くと思って……ぬわーっ!! 体が勝手にチュンー!』


 フランメが空に飛び上がる。

 そして、真っ赤な炎に包まれた。

 彼のシルエットが一瞬で巨大化し、頭上を覆い尽くすほどのサイズを持った怪鳥となる。


 うん、さっきのフェニックスだ。


『チッ、さっさと乗るがいい』


 チュンは消えるんだな。


「さあクルミ、乗り込もう」


「はいです!」


 先に乗り込んだ俺が手を差し出すと、彼女がそこにむぎゅっと掴まってきた。

 クルミを引き寄せて、前に乗せる。


『わふ』


「ああ、落ちないように気をつけるよ」


 ブランに心配されつつ、飛び立つのだ。

 ふわりとフランメが空に舞い上がる。


 羽ばたきの音がせず、気がつくと空の上にいた。

 一瞬だ。


『我は炎を操る。故に、上昇気流を自在に発生させ、羽ばたかなくとも巡航速度を維持できるのだ』


「凄いな……」


『炎の大精霊フェニックスは凄いのだ。ちなみに風の大精霊ガルーダはいとこである』


「精霊にいとこっているんだ」


 とんでもない知識がサラッと語られた気がする。


『元はこの世界に来る前に精霊界というものがあってだな。灰色の王が精霊界と人間界の境目を破壊したのだ。正確には融合しかけていた世界を外から来た人間モドキが分離しようとしたのだが、それを灰色の王が邪魔したのだな』


「灰色の王?」


『人間が魔王と呼ぶモノだ。それは異世界から来た人間だ。それによって世界は形作られ、このように何でもありの世界になったのだ。だからお前みたいな大精霊をモフるだけで手懐ける変なのが出てくる』


「センセエは変なのじゃないですよー!」


 クルミが猛抗議した。

 愛を感じる。


『こいつが変じゃ無かったら何も変なものはなくなってしまうわい! 触るだけで我を手懐けるとか絶対変だろ! こんなの、灰色の王級の変さだぞ!! こいつを放っておいたらたった一人で世界を敵に回せる次元の化け物になるぞ!』


「俺が買い被られている」


『お前が自分の能力を過小評価し過ぎなんだ! ほら、もう山の麓だ。降りるぞ!』


 おっと!

 滑空して山を下っていっていたようだが、何も感じなかった。

 それほど静かで、なめらかな飛行だったのだ。


 下の方では、誰もが俺達を見上げて驚いている。


「いやあ、大したもんだなリーダー! またすげえのを連れ帰ってきたもんだ!」


「ヤフーーーーー!! 新しいモフモフですわあああああああ!!」


 うん、仲間達もいつもどおりだ。

 さあ、これで対アータル戦の戦力が揃った。


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