第88話 幕間 地下世界に行こう!

 アストラルとファレナが、ぐるぐるにふん縛られて運ばれていく。

 新種の芋虫のように、二人ともじたばた暴れていた。


「これでようやく片付いたか。ご苦労だった。お前達が発見した忘却派のアジトも、同時にこちらから攻撃を仕掛けている。今頃は制圧が終わっているはずだ」


 フランチェスコ枢機卿が俺達をねぎらってくれる。

 どうやらこれで、忘却派に関係する事件は終わりのようだった。


 そして、俺の因縁みたいなものにも決着がついたわけだ。

 捕まえられた忘却派がどうなるかは分からないが、ザクサーンのアキムという男、きっと彼らを効果的に使って・・・みせることだろう。


 ところで、俺は一つ疑問があった。

 これは、ラグナ新教が持つとんでもない力と、どうやらそれを自在に操るらしい枢機卿についての疑問だった。


「枢機卿。この一連の事件……あなたならば簡単に解決できたのではないですか?」


「どうしてそう思うかね?」


 彼は俺を見つめ返してきた。


「うちの猫がですね。あいつ世界の外から来たそうなんですが、ここに来る前にラグナの神を見たと言ってたんです。大きな船の形をしてたと。あなたもまた、別の世界から来た神なんじゃないですか?」


「神か」


 枢機卿は表情を変えないまま、少し黙った。


「神とは不完全なものだ。故に、私は神と言えるのかも知れないな。だが、不完全だからこそ変わっていくのだよ。私はな、千年前のあの時、必要以上に人に介入することをやめたのだ」


 必要以上に……。

 俺の頭の中を、とんでもない性能を誇るラグナの神聖魔法や、大教会の中を走り回るセグウォークが思い浮かんだ。

 必要以上に……?


「権限を一定以上の信頼を得たものに制限しているだろうが。お前達冒険者が持つクラスというものは、ある意味、人が己の力で道を切り開くための助けとして私が授けたものだ」


 ああ、なるほど。

 俺は理解した。

 この人は、彼なりに最低限と思うお膳立てだけを用意し、それをどう生かしていくかは俺達次第と見守っているつもりなのだ。


 十分以上に手助けしてくれていると思うけどな。

 ラグナの、人と亜人が対立しないように作られた法制度とか人事採用とか。


 だが、ここで突っ込むのは無粋だろう。


「お疲れさまです」


 俺からもねぎらっておくことにした。


「うむ。そして冒険者オース。お前もまた人であるが故に、自由に生きるべきだと私は思う。思うが……お前の力は世界のバランスを揺るがすほどに強大だ」


「そうなんですか……?」


「そうだ。お前も私の正体を知る身だ。腹を割って話そう。アリサをお前の監視役としてつける。あの娘を連れて行動するように。それ以外は自由だ」


「アリサはモフモフ目当てに勝手についてきそうですね」


「私もそう思う」


 枢機卿が遠い目をした。

 これで彼との話は終わりだ。


 この後、報酬の支払いが行われ、我がモフライダーズは莫大な量の資産を得たのである。

 具体的には、全員が一生働かなくても暮らしていける金額だ。


「豪遊! 豪遊しましょうよオースさん!! 酒! 肉! 女!」


 大変嬉しそうなカイル。

 ちなみに我がパーティで、大金に浮かれているのはカイル一人だけという。


「クルミはお金とかなくてもいいですよ?」


 基本的に貨幣経済に馴染んでいないゼロ族はそうだよね。


「わたくしめ、曲を作って広めるのが生き甲斐でして」


 ファルクスはらしい返答をする。


「モフモフできればそれでいいですわ!!」


 アリサの返答はいっそ男らしい。

 カイルはこのメンツを見回した後、がっくり肩を落とした。


「みんなストイック過ぎねえ……?」


「ああ、いや。カイルの言い分ももっともだ。ここはみんなでパーッと遊ぼう。お金をたっぷり街に落とそうじゃないか」


「おおーっ!! オースさん分かってるっすね!」


「神都にお金が回ることはいいことだろ? カイルも取り分がたっぷりあるんだから、好きに遊んでくるといい」


「うっす!!」


 ということで。

 俺達は、歓楽街や商店街を巻き込んで、盛大な飲み会を開いた。

 この一日の間、全ての支払は俺達モフライダーズが持つ。


 神都の冒険者達は大いに盛り上がり、飲み食いした。

 俺達の報酬はあっという間に支払いに消え、まあそれなりの金額だけが手元に残ったのだった。


「派手に使いましたわねえ……」


「安心できるだけのお金があると、人間、冒険に出なくなるものだ。お金は使ってこそだよ」


 アリサにそう告げると、俺は朝帰りしてきたカイルを出迎えた。

 ツヤツヤしている。


「命の洗濯をしてきたっす……。いやあ、生きててよかった……」


「そうか、それは良かった。じゃあ、朝飯を食いながらこれからの話をしよう」


「あの、昨日飲み過ぎで飯があまり腹に入らない気が……」


「粥を用意させるよ」


「うおお、寝させてもらえねえ」


 こうして全員が宿のテーブルについた。


「さて、神都ラグナスに思いの外長く居座って、色々と冒険してきたわけだけど……どうやらここも、しばらくは落ち着くみたいだ」


「楽しかったです!」


 クルミが、朝ごはんのパンに野菜を山盛りにしながら笑う。


「クルミ、こんなおっきな街はじめてだったですよ。いろんな人がいたです! 毎日びっくりすることがいっぱいで、楽しかったですねー」


「うんうん、わたくしもモフモフと存分に戯れられましたし、お師様からオースさんについていくなら自由行動で構わないとお達しをいただきましたし。素晴らしい結果に落ち着いた気がしますわ」


「わたくしめは、ここでお別れとなりますな」


 アリサのあと、ファルクスが口を開いた。


「なにせ、戯曲のネタも溜まりましたしな。ここで一つ、作品に仕上げて発表したい。次にラグナスにおいでになる時は、皆様ヒーローですぞ」


「楽しみなような、怖いような……」


 俺のつぶやきに、ファルクスはニヤリと笑ってみせた。


「じゃあ、ロッキーお別れですか! さみしくなるですねえー」


 クルミが手を伸ばすと、ファルクスの肩に乗っていた小鳥のロッキーが飛び移ってきた。


『ピョイー』


 ロッキーも別れを惜しんでいるようだ。


『ちゅっちゅ』


『またにゃ、鳥。己と再会するまで誰にも食われるんじゃにゃあぞ』


『わふわふ』


 うちのモフモフ達も別れを告げている。

 なんだかしんみりしてしまったな。


 だが、そんな暇はないぞ。


「みんな。次の仕事だが」


「すぐ仕事するんすか!?」


「今日すぐじゃないから、カイルはたっぷり寝る余裕はあるぞ」


「お気遣い感謝っす……!」


 俺が目をつけたのは、ちょっと面白いルートで外国に行くやり方だった。


 イリアノス法国と、海を隔てたところにあるある意味では隣国、セントロー王国。

 つい最近まで、あらゆる国と没交渉だったここが、外国からの旅人を受け入れているのだと言う。


「セントロー王国に行ってみようと思う。ここにはなんと、船で行くんじゃない。歩いていけるんだ」


「歩いて?」


 クルミが首を傾げた。


「そうだ。セントロー王国の地下には、レイアスという名の地下世界が広がっているんだそうだ。その端の部分がイリアノスに繋がっていてね。ここを使わせてもらう。実はもう、大教会からの許可はもらってるんだ」


「ちか?」


「クルミちゃん、地下っていうのは、地面の下のことですわよ。わたくし達が立っている世界の下に、もう一つ世界があるのですわ。そこを伝って、セントロー王国にいくのですの!」


「ほえー! びっくりです! 土の下に世界があるですか!!」


 クルミが目を丸くしている。


「ま、これは俺の趣味である、文献関係があの国にはたくさんあると聞いてるからなんだけどね。彼の国の王は学問に詳しいらしい。ということで……付き合ってもらえるかな?」


「行くですよー!」


「もちろんですわ!」


「任せろっす!」


『ちゅっ』


『にゃん』


『わふ』


 俺達の、次なる目的地は定まった。

 文化と賢者の国、セントロー王国。

 そこが次なる冒険の舞台なのだ。

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