第124話 モフき者、汝はフェニックス その1

 まずはアータルが現れた山に登る。

 火竜山と呼ばれているここは、島の中心。

 いや、言い伝えによれば、この山こそが島の本体だとも言えるだろう。


 島の全ては、山から流れ出した溶岩によって作られた。

 その後、島は不思議な力でオケアノス海を漂っているのだそうだが。


「けっこうのぼりやすいですねえ」


 クルミがひょいひょいっと切り立った崖を登っていく。

 さすがはゼロ族、登攀力で並び立つものはいない。


 彼女にロープ付きのフックを持たせて、丁度いいところに引っ掛けてもらう。

 それを使って、俺が登っていくわけだ。


 今回は、俺とクルミとローズの三人だけ。

 偵察行動は身軽な方がいい。

 アリサの神聖魔法が俺を常に見ていて、俺が目印をつけると、それを彼女が視認して調べることになっている。


「どれ……よしっ。フックはちゃんと引っかかってる」


 クルミの腕は信用しているのだ。

 それに、万一何かがあったとしても、俺のポケットから顔を出しているローズがなんとかしてくれる。


 俺はロープを使って、崖をぐいぐいと登っていった。

 その間に、クルミは新しい崖にルートを開拓している。


 本当に、平坦な道のように崖を登っていくなあ。

 以前クルミに聞いたら、お城の城壁などは取り掛かりが多すぎて、一息もしないで登りきれると言っていた。

 ゼロ族が平和な種族だから良かったが、彼らが人間に牙を剥いたら、その襲撃を防ぐことは不可能だな。


 そういう意味では、この山はクルミにとってのホームグラウンドに近い。


「ひゃっ、なんか出たですよ!」


 クルミの声が聞こえた。

 そして、棒で何かをぺちっと叩く音。


 俺の傍らを、大きめのトカゲが落っこちていった。


「山に住むオオトカゲか。確かに、山全体が温かいし、爬虫類のたぐいは住みやすいかもしれないな」


 新たな崖を、ロープを伝って登る俺。

 登りきったところで、熱風が吹き付けてきた。


「うおっ、なんだ!?」


「センセエ、ここ、ここ!」


 クルミが俺を手招きする。

 彼女は、山肌が大きく凹んだところの脇にしゃがんでおり、凹みを覗き込もうとしているようだ。


「一体どうしたんだい……って、うお! ここ、穴があいてるのか」


「そうです! なんかあっつい風が吹いてくるですよ! あっつすぎて、のぞけないのです」


「ふむふむ……。この前のサラマンダーは、この穴から出てきたのかも知れないな。とすると……この穴は山の火口に繋がっている……」


 マグマが流れているわけではないのだろうか。

 そういうものをコントロールできるのが、アータルという精霊王なのかも知れない。


 ひとまず、穴はスルーしながら登っていく。

 すると、幾つも山肌に空いた穴に遭遇することになった。


「サラマンダーは、外敵を排除するためにこの穴から生まれ出る……というわけだろうか。そういえば、エレーナは炎の精霊王は力を出し切ると静かになると言ってたな。つまり、今はそれなりに力を出したので、穴は熱風を吹き出す程度で収まっている……ということか?」


 考えながら、山を登る。

 普段なら、上りだけで二日か三日は掛かりそうな山だ。


 だが、クルミが物凄い勢いでリードしてくれるので、ものの数時間で登りきれてしまう。

 最も切り立った崖を登れてるから、ショートカットできているのかも知れないな。


「てっぺんですー!! ながーい木登りみたいなかんじでしたねえー」


 一足先に頂上にたどり着いたクルミが、大きな伸びをした。

 恐るべし、ゼロ族。

 俺は彼らのポテンシャルを見誤っていたな。


 指先が引っかかる程度の凸凹があれば、それだけでどこまでも登れてしまう種族なのだ。

 あのふわふわモフモフな尻尾もバランサーになっているようで、彼女の登攀中、一度も体勢は崩れなかった。

 風が吹いたら、毛を寝かせて風をやり過ごしたりもできるようだ。


 ちなみにゼロ族の親戚で、ヒャク族という、空を滑空する皮膜を持った種族もいるそうだ。

 会ってみたい。


「センセエ、センセエー、はやくー!」


「はいはい」


 クルミに呼ばれて、俺も頂上へ。

 そこは、巨大な火口が存在する、思った以上に広く平坦な場所だった。


 火口をちらりと覗くと、遥か下の方で真っ赤なものが蠢いている。

 あれはマグマか、アータルか。


 アータルを鎮めるには、核となっているであろう卵を取り出す必要がある。

 そのためには、アータルにここまで出てきてもらわねばならない。


 それはしばらくお預けだな。


 とりあえず今回は、山裾から山頂に至るまでロープを張ることができた。

 これで、アータルのところまで上がっていけるぞ。


「よし、今日の仕事はこれでおしまいだ。アータル復活まで、色々準備しなくちゃね」


「はいです! クルミ、やれることがあったらなんでもしますよー!」


 クルミは大張り切りだ。

 普段はサポート要員みたいな感じだからな。

 だけど、今回はクルミの真の力をはっきりと理解した。

 かなり凄いぞ、うちの嫁(予定)は。


 せっかくなので、頂上から風景を楽しんで帰ることにする。

 お弁当など広げ、お茶も用意。


「凄い光景だなあ……」


「うみがみえるですね! すごく遠くまで!」


 遥か彼方に、黒い雲に覆われた場所がある。

 あの辺りが、バルゴン号が突っ込んだ嵐だろう。


 そして、見回す限り、どこまでも海。

 海から視線を戻してやると、島の赤茶けた大地と緑。


 自然豊かな島だ。

 アータルさえなければ、のんびりできそうなんだがなあ。


 俺がそんなことを考えていたら……。


『ちゅちゅちゅ! ちゅー!』


 ポケットから飛び出して、お弁当をつまんでいたローズが飛び上がった。

 これは、ローズが警戒している……?


 俺も立ち上がり、振り返った。


 すると……そのすぐ目の前を、赤く大きなものが通り過ぎていくところだった。

 吹き付ける強烈な熱風。


「むおっ!」


 赤いものは、空高く飛び上がると、空中で大きく羽ばたいた。


『答えよ』


 それが、言葉を発した。


『汝らは何か。なにゆえ、精霊王の寝所を荒らさんとするのか』


「お、お前は……」


 それは、赤い翼を持つ巨大な鳥だった。

 黄金の、幾重にも分かれた尾翼を持ち、とさかは炎のように揺らめいている。


 フェニックス。

 炎を纏い、永遠に生きるという伝説のモンスターだ。

 それが今、俺達の目の前にいるのだった。


 そしてフェニックスの羽毛は……。


「モフモフしてますねえ」


 クルミが呟いた。





 

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