第115話 王都オートローでの出会い その2

 読書をしながら、互いに軽く自己紹介しておく。

 彼はツナと名乗った。


 三匹のモフモフを従える俺の境遇に強い興味を抱いたようだったが、ここは図書館。会話はなるべく控える場所だ。


「後日、会いに行ってもいいかな? どこの宿に泊まっているのかね」


「はあ、実は宿も決めずに図書館に来たもので」


「その気持ち、分かる。私と同じだね」


 俺の気持ちをわかってくれるとは!

 年齢を越えて、友情を感じてしまうな。


 その後、互いに無言で本を読んだ。

 残念ながら、この都に戸籍がある人間以外は本を借りることが許されない。


 そもそも、図書館に入れる時点で地位ある者がその人間の立場を証明しているわけだから、加えて戸籍を要求するということは、貴族や大商人くらいしか本を借りられないということである。

 図書館にはあちこちに司書がおり、彼らに確認してみたところ。


「本一冊で、庶民の家が十軒は建つ程の値段がしますからね」


「な……なるほど」


 この国には印刷技術というものが乏しい。

 一応、活版を使った印刷が始まって入るものの、それでも完成する本の値段は馬一頭よりも高い。

 ましてや、印刷前の時代に記された、著者が直接書いたものや、書写されたものなど、司書の言うとおりとんでもない値段がするのである。


 さては、ツナが読んでいたビブリオス男爵の本は書写されたものだったか。

 あれ一冊で、やはりとんでもない値段がするのだろうな。


「ビブリオス男爵の本は、書写された豪華版と、印刷された普及版で価格が異なりますね。普及版はばらされて、庶民が読めるように街角の掲示板に日替わりで張り出されたりします」


「なんと!」


 庶民の娯楽になってもいたのか……。


 司書からいろいろな情報を聞き出して戻ってくると、ツナが帰るところだった。


「楽しい時間だった。本を愛する同好の士がまた一人増えたよ。宿が決まったらまた図書館に来て教えてくれないか。私はいつもこの時間にいるからね」


「ああ。分かったよ」


 こうして俺はツナと別れた。

 ツナにはお付きの者が何人かいるので、恐らくは位が高い貴族か何かかもしれない。

 だが、気さくだよなあ。


「あらオースさん、お友達ができましたの?」


「ああ。読書仲間ができてしまった。さすがは文化の国セントロー王国だよね」


 この満足感をアリサに語る。

 俺も、郷土史をたっぷり読み込んだ。


 ちなみにクルミはブランにもたれて寝ている。

 クルミの横で、いいところのお坊ちゃんらしい子どももぐうぐうと寝ていた。


「……二人が起きるまでもう少し本を読んでようか?」


『わふ』


 ブランが、それがいい、と告げるのだった。




 ブランにもたれていたお坊ちゃんと、その執事らしき人に別れを告げる。

 まだ眠そうなクルミの手を引き、いざ宿屋へ。


 ここ最近、お金のかからない宿泊ばかりだった。

 きちんとした宿は久しぶりだ。


 お金はあるし、ここはいい宿でも取って……。


『亜人お断り!』


「むむっ」


『亜人の宿泊はできません』


『人間のみ宿泊可』


「むむむ」


 俺は唸った。

 あれだな。

 セントロー王国名物、人種差別というやつだな。


 この国はもともと、人間至上主義の国だった。

 だが、その中で亜人の血を色濃く引くビブリオス男爵が大活躍した。


 前人未到のスピーシ大森林を開拓し、王都では王を襲おうとした暴漢をやっつけ、中央通りで大立ち回り。さらには地下世界を見つけて住人と仲良くなり、隣国との戦争を未然に回避し、世界を襲おうとした蝗害を退けた。


 亜人の血を引く貴族が、大英雄になってしまったわけだ。

 お陰で、王国にあった人間至上主義的な考えは鳴りを潜めているのだが……。


「ちょっと高級な宿がある地区だと、まだまだ保守的みたいだな。なんかクルミをジロジロ見ているし」


 嫌そうな顔をした奥さんたちが、クルミを見てヒソヒソ言っている。

 失礼な連中だ。


 そこに、スッとドレが歩いていった。


「まあ、なんざます」


 奥さんが気付くと、ドレが触手を出した。


『弱々マインドブラストにゃ』


「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」


 ひそひそ話をしていた奥さんたちや、クルミを顔をしかめて見ていた連中が次々にぶっ倒れた。

 やばい。

 この辺りが大惨事だ。


「ドレ、やり過ぎだぞよくやった」


『どっちだにゃ。己もぐちぐちいう奴は嫌いだにゃ』


「人の将来の嫁をあんな目で見る奴らはこうなっても仕方ないってことだ。やり過ぎだがスカッとした。さあ、こんなところはやめて下町に行こう」


「はいです!」


 クルミはいまいち、状況を理解してないようだ。

 天然なのはいいことだ。


『わふん』


 ブランが、ドレが動かなかったらちょっと一発吠えてやろうかと思ってたよ、と洒落にならないことを言った。

 うん、それはこの辺り一帯が壊滅しそうだな……!





「亜人ですか? 大歓迎ですよ! ま、うちは高級な宿じゃありませんがね!」


 がはははは、と笑う豪快な番頭がいる宿に決めた。

 下町で一番大きい宿である。


 この辺りには、亜人もたくさんいて、魔族やらエルフが買い物をしたり世間話をしたりしている。

 よく見ると、番頭も耳が尖っている。


「もしかしてハーフエルフ?」


「祖母がエルフなんですよ! わかりますか! がはは! エルフなのにこんなに図体がでかくなって、ってばあちゃんに言われますがね! んじゃあ、三人様とわんにゃんちゅうを三匹ごあんなーい」


 わんにゃんちゅうとは言い得て妙な。

 かくして大部屋に案内される俺達。

 モフモフぶんの追加料金は取られた。これは抜け毛掃除やにおい抜きの手間賃なんだそうだな。


 下町の宿は、窓に鉄格子が嵌められている。

 これはあれだな。

 金を払わずに客が逃げるのを防ぐと同時に、良からぬ輩が窓から入ってこないようにするためだろう。


 さあ、これでオートローにおける拠点は確保した。

 明日からは図書館に通い詰め……。


「センセエ! クルミ、街を見て回りたいです!!」


「あ、はいはい」


「むふふ、クルミはセンセエの将来のおよめさんですからね! およめさんとしていっしょに色んなとこいきたいですよ!」


 聞かれていたか……!!



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