第129話 アータル撃退作戦 その1

 何日かすると、山がゴゴゴゴゴ、と唸りだすようになっていた。

 どうやら精霊王アータルが力を取り戻したらしい。


「昔は何日でも暴れ続けていたらしいのよね。だけど、一度魔王に負けて滅ぼされてから、アータル様もすっかり弱っちゃって」


「弱ってあれかあ。まあ、一度暴れたらしばらく休息が必要なのは助かるな」


 お陰で、作戦を練ることができた。


「みんな、下に降りてくるサラマンダーはよろしく」


「任せておけ!」


「お任せですわ!」


『猫遣いが荒いにゃー』


『わふん』


 今回、フランメがいることで地上で戦うメンバーにブランを投入できるのは大きい。

 これで危険はぐっと少なくなるだろう。


『では行くチュン』


 フランメが宣言すると、彼の雀ボディから強烈な炎の渦が巻き起こった。

 これを見ていた島民達が、うおおおーっとどよめく。


 炎の渦は形を変え、翼となり、尾羽根となり、そして黄金の嘴と燃え上がるとさかが突き出してきて、あっという間にフェニックスになってしまった。


『乗るがいい』


「よーし! 行くぞフランメ、ローズ!」


『ちゅちゅー!』


 ローズが俺の襟元から顔を出して、勇ましく小さい前足を突き上げた。

 有事には、完全に俺と一緒に行動することになっているハムスターである。

 彼の運を操る能力はとても重要なのだ。


 フランメは体から発する熱を利用し、自ら上昇気流を生み出す。

 俺が乗り込むと、彼の巨体が羽ばたきもしないのにフワリと浮き上がった。


『掴まっていろ』


「ああ!」


 ぎゅっとフランメの背中のモフモフ羽毛をつかむ。

 アリサがとても羨ましそうな目をした。


 後でモフモフさせてあげるから。


「センセエー!! がんばってくるですよー!!」


 クルミは俺を信じている。

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振ってくれた。


 彼女に片手を振り返しながら、俺はまず一端、オケアノス海へ。


 アータル出現の気配を感じ取ったか、オケアノス海は一面の曇り空。

 今にも一雨来そうだ。

 もちろん、雨程度ではよほどの豪雨ですら、炎属性の大精霊にも通用しない。

 ましてや、炎の精霊王アータルならばなおさらだ。


「オケアノス!」


 上空から、海に向かって呼びかける。

 すると、眼下の海面いっぱいに、嫌そうな表情をした男の顔が浮かび上がった。


『うるさい、分かっているわい』


「ああ。方法は任せるけど、頼むよ」


『ああ、面倒だ。千年掛けて取り戻した力を、こんなところで使わされるとはブツブツブツブツ』


 なんて人間的な精霊王なんだ。

 だが、彼としてもアータルが大暴れして、海に溶岩を流し込まれるのは困るようだ。


「俺達をアータル島に送り込んだのだから、自分も責任をとるべきでは? じゃあよろしくお願いします。最初は強く当たって、あとは流れで」


『ううーっ、人間なんぞに指図されるとは……ブツブツブツ』


 まだブツブツ言ってる。

 まあ、これから彼の上を航海するわけだし、あまり言って機嫌を損ねるのも良くないな。

 これくらいにしておこう。


 フランメを旋回させて、アータル山へ向かう。

 そこでは、山頂の火口ギリギリまでマグマがせり上がってきていた。

 今まさに、そのマグマの中から2つの目が開き、俺を睨んだところだ。


 アータルめ、調子を取り戻しているな。


 唐突に、マグマの一部が爆ぜて俺達へと襲いかかってきた。

 これをフランメが体を傾けてやり過ごす。


 おお、物凄い熱気が通り過ぎていったな。

 精霊王アータル、やる気満々だ。


 やがて、ぐつぐつと煮えたぎっていたマグマから、巨大な腕が突き出してきた。

 ぬっと伸びたそれは、長さだけでもセントロー王国の王城を優に超えるだろう。

 それが山頂の端を掴むと、掴んだところから炎が巻き起こった。


 サラマンダーだ。

 アータルは行動するだけで、全身から炎の精霊を生み出す。


 もっとも、それは何をするにもエネルギーを使うので、こうして動き続けているとエネルギー切れで活動できなくなることを現してもいる。

 ただ、今回は時間切れを狙う作戦ではないんだよな。

 もっと根本的に状況を解決せねばならないのだ。


『オオオオオオオオオオオ────!』


 咆哮が響き渡る。

 加工のマグマそのものが形を成して起き上がっていく。

 あれ全てが、炎の精霊王アータルだ。


 炎の色をしているのに、そこだけまるで人間のような目玉が、俺達を追う。


「アータル! 君の核になっている火竜の卵を貰い受けに来たぞ!」


『オオオオオッ!』


 精霊王が吠えた。

 言葉になっていなくても分かる。

 怒りの咆哮だな。


 この精霊王はどうも、いつも何かに怒っている。


『やらんぞ……!! わしは火竜と一つになって、今度こそあの忌まわしい男を焼き尽くす力を手に入れるのだ……!!』


「うわあ喋った!! あ、オケアノスが喋るんだからアータルも喋るか」


 俺はびっくりした。

 背後の海面から、


『そりゃあ喋るじゃろ』


 と突っ込みが飛んでくる。

 うんうん、オケアノスも状況をしっかり見ているな。

 しかしまあ、アータルの言う忌まわしい男とは魔王のことだろう。世界にどれだけ影響を及ぼしたんだ。


 前方から来る、アータルの熱風。

 それに対して、後方から湿った空気が流れ込んできた。

 おっと、風が強くなってきたな。


 島の方からは、わあわあと島民が騒ぐ声がする。

 海を指差して何かを叫んでいるが……。


 一瞬振り返って理解した。


「ああ、竜巻か!?」


 あれは風の領域では無いかと思ったが、どうやらオケアノスもできるらしい。

 大量の海水を巻き上げた竜巻が発生し、頭上の暗雲がもりもりと膨らんでいくところだった。


 オケアノス、やる気バリバリである。


「まずは強く当たって、と言ったが、思った以上に強い一発目が来そうだぞ」


 俺はフランメに掴まりながら、それに備えるのだった。



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