第9話「行き倒れの隠密?」

 たけぞうはきゅうりをポリポリかじりながら、人通りの無い山道を歩いていた。

「なんか最近食べ物が手に入りやすいんだよなあ」

 それは八幡大菩薩が土地神にたけぞうを飢えさせないようにと手を回していたからである。


 しばらく歩いていると

「あ、誰か倒れている?」

 たけぞうは倒れている者の側に駆け寄って抱き起こした。

「ちょっと、大丈夫?」

 それは侍風の若い男だった。

「うう、腹が」

「お腹痛いの?」

「いえ、腹が減って……」

 男は苦笑いしながら言った。

「きゅうりならあるけど食べる? たくさんあるから遠慮しなくていいよ」

「か、かたじけない」

 男はたけぞうが差し出したきゅうりを何本も勢い良く食べた。


「ふう。恩に着ます」

 ひとごこちついた男はたけぞうに礼を言った。

「いいよいいよ」


「あ、拙者は岡崎三郎おかざきさぶろうと申します」

「三郎さん、ね。おれは池免武蔵っていうんだ。ところでなんでまた行き倒れてたの?」

「旅の途中だったのですが財布を落としてしまって。持っていた食料も尽き、かれこれ三日間何も」

「そうだったんだ。で、どこへ行くとこだったの?」

「三河です。拙者はそこの生まれで」

「そうか。ねえ三郎さん、おれ食べ物なら何故かたくさん手に入るからさ、おれと一緒に行けば食うには困らないと思うよ」

「え? しかしたけぞう殿も旅の途中では?」

「おれは特に行くあてないけど。だめ?」

「……いえ。わかりました。よろしくお願いします」

 三郎は頭を下げた。

「じゃあ行こう」


 たけぞうと三郎は三河へと旅立った。


「ところで三郎さんは侍なの?」

「ええ。一応幕臣です」

「幕臣って、凄いじゃんか」

「でもあまりおおっぴらには言えないんですよ」

「なんで?」

「仕事が隠密みたいなものだからですよ。あ、内緒ですよ」

「うん、言わないよ」


 それから旅は順調に進み、数日後に三河のとある村に着いた。

「なんとか無事に帰ってこれました。たけぞう殿、本当に感謝します」

「いいよそんな。じゃあおれはここで」

「いえたけぞう殿、今日は我が家で休んでいってください。充分な礼もせずに行かれては拙者の立つ瀬がありません」

 たけぞうはそう言われては断るのも悪いと思い、お言葉に甘える事にした。


 三郎に案内されて来たところは大きな屋敷だった。

「あ、旦那様。おかえりなさいませ」

 玄関を掃除していた使用人らしき老人が二人を出迎えた。

「ああ、ただいま。与七よしち

「御役目ご苦労様でした。おや、そちらの方は?」

 与七と呼ばれた老人がたけぞうに気がついて尋ねる。

「この方は池免武蔵殿という方だ、実は」

 三郎は与七にこれまでの事を話した。

「なんとそうでしたか。たけぞう殿、ありがとうございますじゃ」

「そんな気にしなくていいよ」

「いえいえ、ではお疲れでしょうから風呂を沸かしましょう」

 与七は屋敷の奥へ歩いて行った。

「ではたけぞう殿、こちらへ」

 三郎とたけぞうも屋敷へ入っていった。



 そして夕方になり、村の者達も屋敷に集まり、大広間で宴会となった。


「さ、たけぞう殿。やってください」

 三郎はたけぞうに酒を勧めた。

「おれそんなに飲めないけど」

「ではきゅうりはいかがですか」

「うん、そっちの方がいい」

 たけぞうはきゅうりを美味そうに食べ始めた。


「旦那様、よくご無事で」

 壮年の侍が三郎の側に来て言った。

新吉しんきち、変わりはないか?」

「ええ。旦那様。この度の御役目は大変な」

「その話は後にしよう、今は宴の時だ」

「そうですな」


「あの、三郎さんってもしかして身分高い人?」

 たけぞうは近くにいた与七に尋ねた。

「ええ。まあ本来なら、あの方は」

 与七はなにか言い難そうだった。

「あの、事情があるなら無理には聞かないよ」

「すみません、あなたになら言ってもいいかとは思うのですが」

「まあいいよ」


 そして宴も酣になり、大半の者は酔いつぶれてそのまま寝てしまった。

「うわ~、こりゃまた」

 たけぞうは辺りを見て呟いた。

「拙者が旅から戻るたびにこうですよ」

「三郎さんは皆に好かれているんだね」

「ええ、ありがたい事です。さ、たけぞう殿、部屋でゆっくり休んでください」

 たけぞうは案内された部屋で眠りについた。



 その夜

「フフフ。ここがそうか」

 屋敷の前に立っていた黒い影が呟いた。

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