第97話「改めて結ばれた」
「あれ、たけぞうは何処へ行った?」
お鈴が辺りを見渡すと
「彦右衛門さんや三郎さんと他所へ行ったわ」
文車妖妃がそこに来て言った。
「そうですか。一言声をかけてくれればいいのに」
「あなたお話に夢中だったじゃないの。と、それよりあの話はどうする? また後日でもいいけど」
文車妖妃がそう言うと
「……いえ、今お伺いします」
お鈴が真剣な表情になって答えた。
「分かったわ。あ、聞いた後で止めてもいいわよ」
「いえ、覚悟は出来てます」
「そう。じゃあその方法はね、全ての歴史を塗り替えてしまえばいいの」
文車妖妃は表情を消して言う。
「え、塗り替えるって、そんな事が出来るのですか?」
「出来るわよ。ただやるとすると早くても一億年はかかるわ」
「あの、それでは出来ないのと同じでは」
「いいえ、死んで魂だけになれば出来るわ」
「!? し、死んだら元も子もな……そうか、歴史が変われば、私も」
「そうよ。でも途中で消えてしまうかもしれないわよ」
それを聞いたお鈴は言葉に詰まった。
「どうする? 遥か長い時の旅に出て、全てを変える?」
「ぐ、ぐ」
お鈴は結論を出せずにいた。
失敗する可能性が高く、そのまま消えてしまうかもしれない。
いや、消えないまでも二度とたけぞうや松之助に会えず、永遠とも言える時を一人で過ごすのかもしれない。
それは、死ぬより辛い事ではないかと……。
いつの間にか、お鈴は涙を流して震えていた。
「あ……」
気がついたお鈴は自分の体を抱きしめ、俯いた。
すると
「ふふふ、ごめんなさいね。その方法は嘘よ」
文車妖妃が笑みを浮かべて言った。
「え?」
お鈴が顔を上げて文車妖妃を見つめる。
「ちょっと試させてもらったのよ。もしやると即答したら、あなたの記憶を消してなかった事にしていたわ」
「あ、あの。今のは答えないのが答えだったのですか?」
「そうよ。それを聞いて全く恐怖を感じないのなら、それは勇気じゃなくて無謀よ」
「……ええ。想像するだけで怖かったです」
「そう思えるなら、本当の方法を教えられるわ」
「え? そ、その方法は?」
「時の旅に出るのは本当なの。違うのは全てではなく、ただ一つの出来事を変えればいいのよ」
「それでいいのですか?」
お鈴が拍子抜けしたように言う。
「ええ。そこを変えても流れが大幅に乱れたりしないし、失敗しても死なないわ。けどやはり軽々しくするのはね」
「は、はい、そうですね。それで何を変えれば?」
「たけぞうさんが人間になる前に行って、それを止めるの」
「え?」
お鈴は目を見開いた。
「そうすれば親子三人でずっと暮らせるわ。松之助ちゃんはどうやっても人間の血が濃く出るから、たけぞうさんが河童のままでも問題ないわよ」
「止めておきます」
今度は即答するお鈴だった。
「あら、いいの?」
「ええ。彼は彦右衛門殿のようになりたいと願い、その後は人と妖怪や異形の者達を仲良くさせると……いや人間にならずとも出来るのでしょうが、やはり彼が望んだとおりにさせたいのです」
「本当にそれでいいのね?」
文車妖妃が念を押すように尋ねると、お鈴は黙って頷いた。
「分かったわ。じゃあ代わりに少しでも長く一緒にいられる方法を教えるわ」
文車妖妃はそう言って懐から二つの御守袋を取り出した。
「それは?」
「これをあなたとたけぞうさんが身につけていれば、どんなに離れた場所からでも互いに会いに行く事ができるわ」
「そ、そんなものがあったのですか?」
「天照大御神様からの授かり物よ。どうする?」
「喜んでいただきます」
お鈴は笑みを浮かべて言った。
「ふふふ。さてと、それじゃあ一つお願いを聞いてもらおうかしら」
「ええ。私に出来る事なら」
「じゃあ香菜さん、阿国さん。お願いね」
「へ?」
いつの間にか香菜と阿国がお鈴の側にいた。
「さ、行きましょう。うんと綺麗にしますからね」
香菜がお鈴の右腕を掴み
「ええ。黒羽さん以上にね」
阿国が左腕を掴む。
「えと、あの、何を?」
「ふふ。いいから行ってらっしゃ~い」
文車妖妃がころころ笑いながら言うと、お鈴は二人に引きずられていった。
「えと、何これ?」
一方では、たけぞうが殆ど無理やり着せられた紋付羽織袴を纏っていた。
「何って、見ての通りですよ」
三郎がニヤニヤしながら言う。
「これから目出度い事をするのだから、普段着ではいかんだろう」
彦右衛門もやはりニヤつきながら言う。
「え、どういう事?」
「ささ、こちらへ」
三郎に案内されて通された部屋では
「あ、あ」
白無垢姿のお鈴がそこにいた。
「あなた達は祝言あげてないでしょ。だからね」
「私と文車妖妃殿が仲人となろう」
文車妖妃はおろか、八幡大菩薩も笑みを浮かべていた。
「え、でもおれ達は」
「これは松之助の願いなのだ」
八幡大菩薩がそれを制して言う。
「へ?」
たけぞうとお鈴が揃って抜けた声を出した。
「此度は松之助もよくやってくれたのでな、褒美は何がいいかと尋ねたら『両親の祝言が見たい』と言われたのだ」
八幡大菩薩がそう言うと、その隣にいた松之助が頷いた。
「ねえ、何でこんな願いを?」
たけぞうが松之助に尋ねる。
「えと、前に近くの家で祝言があったんですけど、その時に母上と父上はどうだったか聞いたら、寂しそうに『していない』って言われました。それで、母上は祝言したかったのかなと思ったんです」
「……たしかにね。叶わぬ願いと思っていたわ」
お鈴が目を潤ませて言う。
「ごめんね。おれちっとも思いつかなかったよ」
たけぞうが頭を下げると
「いいの。今日こうして叶うのだからね」
お鈴は精一杯の笑みを浮かべた。
「
八幡大菩薩が二人に尋ねると
「勿論です。うう、鈴の花嫁姿を見れる日が来るとは」
蔵之助が涙を流し
「大賛成ですわ。皆様、ありがとうございます」
琴も目を潤ませていた。
「松之助、ありがと。じゃあいっちょ頑張ってくるね」
「はい!」
松之助は元気よく返事をした。
その後、たけぞうとお鈴の祝言が始まった。
頑張るとは行ったが、二人共どんな強敵と相対するよりも緊張していた。
そして、一通りの事が終わるとまた宴会となった。
「ふふ、我が屋敷でお二人の祝言をだなんて末代までの誉れですよ」
三郎がそう言い、
「よかったなたけぞう、お鈴殿」
彦右衛門も笑みを浮かべていた。
「ふう……え?」
たけぞうがふと移した目線の先には
体が透けている河童の老夫婦と、壮年の侍がいた。
「父さん、母さん」
たけぞうは目を潤ませ
「父上……」
お鈴も見えていたようで、目を潤ませていた。
そして三人は笑みを浮かべて頷いた後、姿を消した。
「改めてよろしくね……鈴」
「はい、あなた」
こうして二人は改めて結ばれた。
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