第98話「戻っていった」

 そして数日が過ぎ、皆それぞれの場所へと帰る事になった。


「それでは拙者達はこれで」

 傳右衛門とおキヌが揃って

「ねえ、二人は薩摩へ行くんだよね」

 たけぞうが尋ねる。


「はい。おキヌさんのご両親に挨拶しに行きます」

「途中で傳右衛門さあのご両親がいる、丹後国にもよるっじゃ」


「うん。そっちの祝言には呼んでよね」

「おお、おいなら何処へでもひとっ飛びだから、すぐ知らすっじゃ」


 その一年後、傳右衛門とおキヌは薩摩で祝言をあげた。

 二人に世話になったとか言って、お忍びで藩主もやって来たとか。

 それで何度も気を失いかけた傳右衛門だったが、なんとか耐えきったようだ。

 

 だが、二人の間に子がいたかどうかは何処にも語られていない。

 ただ魔を撃ち抜いて颯爽と去っていく羽衣を纏った狙撃手を見た、という逸話がいつの時代にもあるそうだ。


 

 

「おいら達はかすみの里に行って、しばらくそこで暮らすチュー」

 鼠之助が挨拶に来て言う。


「へえ。で、祝言するの?」

「お父は早くしろって言ってくれたけど、ワタシもう少し花嫁修業したいポコ。だから婚約だけするポコ」

 かすみが頬を赤く染めて言った。


「その間においら、もっと強くなるチュー」


「うん。祝言する時は鈴に知らせてね。おれもすぐに行くから」


「分かったチュー。それじゃまた会おうチュー」

「お世話になったポコ」


 鼠之助とかすみは数年後に夫婦となり、二人で修行の旅を続けた。

 そして晩年、たけぞうが作った村に住んで余生を過ごしたとある。

 

 二人の間には子が何人かいたという話があるが、定かではない。

 ただ現代にいる二人の子孫が人知れず魔の手から人々を、動物達を守っているとも言われている。

 



「じゃ、あたしもそろそろ帰るわね」

 琉香がそう言って挨拶する。


「ありがとうね。それとお父さんとお母さんによろしく」

「ええ。そうだ、流れに影響ないから言わせて欲しいんだけど、いいかしら?」

「うん、何を?」

「たけぞうさん、皆を見守ってくれてありがとう」

 琉香はそう言って深々と頭を下げた。


「んと、よく分からないけど、どういたしまして」

「ええ。それじゃ、また」


 琉香はその後、元の世界へと帰っていった。

 そして両親や兄と共に家業に励みつつ修行を重ね、やがて父に劣らぬ弓使いとなったとか。

 そのせいか恋人が出来ないとボヤいているそうだが……どうなったかは、いずれ分かる日が来るかもしれない。



「じゃあ、僕達もこれで」

「お世話になりましたきゅ」

 悠と求愛が頭を下げて言う。

「こちらこそ。けどさ、彦右衛門さん達に言わなくてよかったの?」

 どうやら二人は彦右衛門達には自分達の事を話していないようだ。


「香菜様なら気づいているでしょうから、いいです」


「そうなんだね。ねえ、またここに来れる?」


「なんとも言えません。今回は道があったから来れましたけど」

 悠はそう言って頭を振る。

「そっか……もう会えないかもしれないけど、元気でね」


「はい」

「きゅ」

(たけぞうお爺ちゃんはボク達の時代でも生きてるきゅ。てかボクのお尻何度も触るなきゅ)

 求愛は心の中でそう言った。


 悠と求愛も元の世界というか、元の時代に帰った。

 二人は数年後に夫婦となり、世界中を飛び回って難病を治していき、世界一の医者と看護師として有名になった。

 だが二人は子が長じて医者になった頃、歴史の表舞台から姿を消した。

 その後どうなったかは、一部の者を除き誰も知らない。




「では我々もこれで。また会おう」

 龍之介がたけぞうに話しかける。

「うん、それと無事に子供が生まれるのを祈るよ」

 たけぞうが笑みを浮かべて言うと、

「ああ。出来れば我が子が松之助殿や藤次郎殿、源三郎殿達と友になってほしいものだ」

「なれるよ、きっと」


「ええ。私もお鈴さんと義姉妹の契を結びましたから、子供達だって」

 ジャンヌが嬉しそうに言う。

「ねえ、違う世界に行かないでね」

「え、既に異世界に行ってますけど?」

「……まあいいや。体に気をつけてね」

「はい」


 その後、龍之介とジャンヌの間には男と女の双子が生まれた。

 子供達は親達の願い通り、友となった。

 そして娘は長じて源三郎の妻となり、その子孫が現代、その先まで続いている。


 それを知ったとある子孫が、

「そうだったの!? 私知らずにご先祖様を助けてたのー!?」と仰天したとか。



「黒羽もありがとね」

 たけぞうが黒羽に話しかける。

「こちらこそ。俺は兄者と姉者と出会えてよかったと思っているぞ」

 黒羽が笑みを浮かべて言うと


「源右衛門さんにもだろ。しかし最初はどうしようかと思ったよ」

「う、言わないで。源右衛門殿に嫌われる」

「大丈夫だよ。そんなんで嫌う人じゃないだろ」

「あ、ああ」


「たけぞう殿。俺はあなたにも感謝しています。本当に」

 源右衛門がそう言って頭を下げる。

「え、そうなの? 俺何かしたっけ?」

「あなたがいなかったら、この縁は無かったかもしれないからな」

 そう言って黒羽を見つめる源右衛門だった。


「ん、それでいつ祝言するの?」


「いや、その、兄上方はいいと仰っているが、お父上にご挨拶せねば」

 源右衛門が不安気に言うと

「心配ないですよ。父はもう誰でもいいから早く婿を連れてこいと言ってたので」

 黒羽が苦笑いしながら言った。


「誰でもって、そんなに縁が無かったの?」

 たけぞうが首を傾げる。

「縁談はあったが、俺より弱い男など嫌だったのだ」

「あ、そういう事ね。とにかくお幸せに」



 黒羽はその後すぐに源右衛門と祝言をあげ、三郎達の里に移り住んだ。

 最初はぎこちない二人だったが、徐々に慣れ……というか、黒羽が夫を尻に敷いていたとも言われている。


 なお、二人の間に出来た子供達は源三郎と実の兄弟のように育ち、共に妖魔と戦い続けたとある。




「鮫蔵、気が向いたらまた戻ってきてね」

 今度は鮫蔵に話しかけるたけぞう。

「ええ。今度は嫁と子供も連れてきますよ」

「うん、そっちも無事に生まれる事を祈ってるよ」


 鮫蔵は異界に戻り、妻と生まれた娘と幸せに暮らした。

 そして、その異界の女王に仕えて重臣の一人となったとも言われている。

 


「志賀之助さん、一学さんも達者でね」


「おお。また会おうでごんす」

「ではお達者で。それではまた」

 志賀之助と一学はそれぞれの場所へと帰っていった。


 明石志賀之助、清水一学のその後は以前述べた通りである。



「じゃ、私もそろそろ」

 帰り支度を済ませた文車妖妃が挨拶する。

「文車妖妃さん。本来の役目じゃないのに、ありがとね」

「いいのよ。また何かあったら訪ねて来てね」

「うん」


「あの、少しいいでしょうか?」

 香菜が文車妖妃に話しかける。

「ええ、何かしら?」

「いつ会いに行かれるのですか?」

 

「……なんで知ってるって、香菜さんは地獄耳だったわね」

 文車妖妃は苦笑いしていた。


「はい。宴会の時に求愛さんと話していたのが聞こえました」

「言いふらさないでね。それと、いつかはね」

「ええ。ところでその方、わたし達も知ってる人ですか?」

「そう、とだけ言っておくわね」


「分かりました。ご武運をお祈りしています」

「ありがとね(香菜さん、絶対誰だか分かってるわよね。もう神様と同じよ……)」



 文車妖妃はその後も山奥の廃寺に住み続け、時折たけぞうや他の者達の相談に乗ったりしていた。

 そして彼女も現代まで生き続けて妖怪達の纏め役となり、住まいを大阪の下町に移した。

 何故そこだったかと言うと、生まれ故郷に似ているからだとか。

 

 そして彼女が想い人に会い、それが叶ったかどうかは何処かで語られるかもしれない。



「さてと、おれ達もそろそろ」

「ええ」

 たけぞうとお鈴、松之助も帰り支度を済ませ、

「ふう、随分お勤めを休んでしまったな」

「そうですね。お父上とお母上のお墓参りはまた今度に」

 彦右衛門と香菜、藤次郎も


「皆様、またいつでもいらしてくださいね」

「ええ。待ってますからね」

 三郎と阿国が見送り


「皆、私に用があれば祈ってくれ。なるべく出るようにするからな」

 八幡大菩薩が腕を組んで言った。



「ええ。それじゃあ」


「待つのじゃ。皆の家はここから遠いから、儂が送っていってやろう」

 長老がたけぞう達に言う。


「え、いいのですか?」

「いいとも。先に帰った者達も龍神達が送り届けたのじゃしな」


「どうする?」

「ん、お言葉に甘えようではないか」

 たけぞうと彦右衛門が言うと、皆頷いた。



「では、しっかり掴まっておれよ」

 長老の背に乗ったたけぞう一家は長門へ、彦右衛門一家は伊予宇和島へと帰っていった。

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