第99話「家族団欒、そして長い旅へ」

「こんなところかの、ふう」

 昔の事を話し終えたたけぞうは、一息ついて茶を飲んだ。


「そんな事があったのですか。というより、聞いている間に思い出してきましたよ」

 松之助が空笑いしながら言う。


「いずれ大人になって話した時に思い出せるよう、八幡大菩薩様が術を施したのじゃ」

 たけぞうが頷いて言う。


「そうでしたか。しかし私って無茶してたのですね」

「ええ。いつ大怪我するかとヒヤヒヤしたわよ」

 お鈴が言うと

「その気持ち、今なら分かります。私も子供達がはしゃぎ回っているのを見ては怪我しないかとビクビクしていますよ」


「私もそうだったわ。鈴は男勝りだし」

 お琴が笑みを浮かべて言うと

「母上、もう」

 お鈴がふくれていると


「只今戻りました。あら、義父上様もおいででしたか」

 松之助の幼馴染で妻となった瀬奈せなが子達を連れて帰ってきた。


「あ、じじ様だ!」

 息子の方はたけぞうに駆け寄っていくが

「うわーん! すけべじじいがいるー!」

 娘は母の後ろに隠れて泣き喚いていた。


「まだ五つだからと思うて、一緒に風呂に入ろうと誘ったらあの調子じゃわい。とほほほ」

 たけぞうがしょぼくれていると


「いえ、義父上様は私にも一緒に入ろうと言われましたが」

 瀬奈が苦笑いしながら言うと


「ほう?」

「父上、辞世の句をどうぞ」

 お鈴と松之助が額に青筋を立てて、刀を構えた。


「冗談で言っただけじゃわい! 誰が息子の妻に手を出すかあ!」

 たけぞうが心外とばかりに叫ぶが

「私、お尻触られましたよ」

 瀬奈がそう言うと



「あ、が」

 たけぞうはズタボロにされてしまった。


「全く、そりゃ私ももう若くはないが」

 お鈴がやや寂しそうに言い

「いえ、母上はまだお若く見えますよ」

「はい。羨ましすぎます」

 松之助と瀬奈が続けて言うと

「それより折角皆揃ったのだから、夕飯食べながらお話しましょ」

 お琴がひ孫達を抱きながら言った。




「ふう、松之助も強うなったわ」

 たけぞうはあちこちさすりつつ、きゅうりをかじっていた。

「まだまだですよ。ところで父上、詩織は今回来てませんが、どうしてですか?」

 松之助はきゅうりの漬物を食べ、一杯やりながら尋ねる。

「文車妖妃さんが詩織と何やら話したいと言うのでな、預けてきたのじゃ」


「なるほど。あの、詩織は今たしか十五歳でしたよね?」

「ん? そうじゃが?」


「……あ!? そ、そうか!」

 お鈴が何か思い出して叫ぶ。

「ああ、あの時のわし等を助けに行くのが、今なのじゃな」

 たけぞうも思い出したようだ。

「そういう事です。しかし父上、何故詩織をうちに預けてくれないのですか?」

「出来ればそうしたいが、それだと流れが大幅に乱れるそうなのじゃ」

「そうですか……」


「あなたは詩織さんを妹当然に思ってますもんね」

 瀬奈が笑みを浮かべて言う。

「ああ。最初に父上が彼女を連れてきた時は、自分にも妹が出来たと喜んだよ」


「松之助がそう言うものだから、詩織はたけぞうが何処かで浮気して出来た子ではないかとたまに思うのだが」

 お鈴がたけぞうを睨みながら言う。

「だからそんな事せんわ。あの娘は旅の途中で拾った子で、弟子にしたと何度も言うとろうが」

「分かっているが、彼女だけ連れ回すのは正直嫉妬する」

 お鈴がむくれていると

「そう言うな。今夜はたんと、な」

「あ、ああ。私も妙技を見せてやろう」


「たく、そんな事を子や孫達の前で言うな」

 松之助が盃を傾けながらボヤいた。




「そういえば、藤次郎や源三郎とは付き合いがあるのか?」

 たけぞうが松之助に尋ねる。

「ええ。文のやり取りはしていますし、たまに会ってますよ」

 

「源三郎殿は先頃、対妖魔隠密頭領の座を継いだそうだな」

 お鈴が尋ねる。

「はい。そしてやっと長い間思い続けた方を妻に出来たと、文を寄越してきやがりました」


「そうかそうか。わしも二人が幼い頃に会った事があるが、あれが更に美男美女となっておるのじゃろうなあ」

「龍之介殿とジャンヌ殿の娘御だろ。よく許してもらえたものだ」

 お鈴が苦笑いしながら言うと


「源三郎殿が龍之介様に勝って奪ったとか」

「な、なんと。龍之介さんを倒しただと?」

 たけぞうは驚き呆けた。


「『何度も挑戦しては負けていたが、やっと勝てた』だそうです」

「そ、そうか。流石三郎さんの倅じゃな」



「藤次郎殿もお父上と共に藩主様にお仕えしていて、たまに幕府から合力を頼まれているそうだな」

 お鈴がまた尋ねる。

「はい。私では全然敵いませんよ」

「そんな事はないだろ。火水波を使えば藤次郎殿や源三郎殿など」

「あんな危ない技、稽古で使えません!」

 松之助は火と水の力を両方同時に使えるようになっていた。

 それは言ってみれば水蒸気爆発を起こすものである。

 


「藤次郎も既に嫁を貰っているそうじゃが、どんなおなごなのじゃ?」

 たけぞうが尋ねると

「私もまだよく知らないのですが、どうも異界の方だそうです」

「そうか。うむ、誰じゃろなあ?」

「今度会った時に聞きますよ」



「ねえたけぞうさん。詩織ちゃんには縁談は無いの?」

 お琴がそう言うと

「いや、本人がまだしとうないと言うてますからな。まあいずれ、いい男と出会うでしょうな」

 

 詩織はこの八年後、なんと鬼の王と夫婦となる。

 その鬼王はたけぞうが一騎打ちの末に倒し、その後友誼を結んだ者であった。


 そして後の世では松之助の子孫と詩織の子孫が知らずに出会い結ばれた。


 やがてその子が藤次郎の子孫や源三郎の子孫と共に遠き空から来た脅威と戦う事になるが、それはまた別のお話。




 そして、数日後

「さて、そろそろまた旅に出ようかの」

 たけぞうが旅支度を整えながら言う。


「父上、今度はいつお戻りで?」

 松之助が尋ねる。

「ひょっひょ、さあの。まあ孫達に忘れられないようにはするわい」

 たけぞうは妙な笑い声を出して答えた。


「たけぞう、もうしばらく居たらどうだ?」

 お鈴が寂しそうに言うが

「心配せんでも、その気になればすぐに帰ってくるわい」

 たけぞうはそう言って懐から御守袋を取り出した。


「そうだな。私も会いたくなったら行くから」

 お鈴も同じ御守袋を見せて言う。


「そうしてくれ。では」

「ええ。いってらっしゃいませ」



 

 たけぞうはまた旅に出た。

 その心と技で人と人、異形の者達との仲を取り持つ為に。




 そして、時が過ぎ……。

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