第45話「くらっ子鳥と鬼子母神 前編」

「ところで父上。先程の話にあった龍神様とは何処でお知り合いに?」

 松之助が尋ねると


「それを話す前に、この話をしようかの」

 そう言ってたけぞうがまた話し出した。


――――――


 若き日のたけぞうが上総のとある村に着いた時だった。


「なんとかしてくだせえ、お願いしますだ!」

 大勢の百姓が道の真中で若い男に何かを訴えている。


「ん? なんかあったのかな?」

 たけぞうは様子を見る事にした。




「皆さん落ち着いて。必ず探すから」

 男が慌てることなく、ゆっくり百姓達を説得し続ける。


「……分かりました。庄屋様がそこまで仰るなら」

 百姓達は落ち着きを取り戻し、それぞれの家に帰っていった。

 それとどうやら男は庄屋のようだった。


「あの、えらい騒ぎだったけど何があったの?」

 たけぞうが庄屋に話しかけるが

「いや、旅の方には関係のない事ですよ」

 そう言って庄屋が首を振る。

「そんな事言わないで話してみてよ。何か力になれるかもしれないしさ」

「そう言われましても、ん?」

「どったの?」

「金色の髪で美丈夫の侍。あの、もしやあなたは池免武蔵殿では?」

 庄屋はたけぞうの顔をじっと見た後、そう尋ねた。

「あれ、おれの事知ってるの?」

 たけぞうが首を傾げると

「ええ、対妖魔隠密頭領・岡崎三郎様から特徴を知らされていたので。もし出会ったならよしなに、と」


「え、じゃああんたも?」

「いいえ、私は隠密ではありません。与力といったところです」

「へえ、そういう人もいるんだね」

「ええ。普通の人よりそういう事を感じられる者に声をかけては、協力を願っているそうです」

「なるほどね。ところでさ」


「実は、この村の男の子達が一斉に神隠しにあったのです」

 庄屋が暗い顔で俯きがちになって言う。

「え、それ、もしかすると」


「ええ。ですので隠密の応援を江戸表にお願いしたのですが、返事が未だ来なくて」


「そっか。じゃあおれが探ってみるよ。もし妖魔じゃないにしても、ほっとけないしね」


「申し訳ありません、どうかお願いします」

 そう言って庄屋は頭を下げた。




 そしてたけぞうは村のあちこちを見て回り、何か怪しい気配がないか調べたが、何も見つけられなかった。

「聞けばやはり逢魔時で、消えたのは十歳以下の男子だけかあ、うーん」

 たけぞうが道端に座り込んでブツブツ言ってると


「あの、あなた池免武蔵さんよね?」

 声をかけられたので顔をあげてみると


「そうだけど、あんた……いえ、あなたは?」

 そこにいたのはいかにも町娘といった服装の女性だったが、たけぞうはその女性から高貴なものを感じ、口調を少し改めた。


「あなたなら分かるわよね。ええ、私は神。日ノ本では鬼子母神と呼ばれているわ」

 その女性、鬼子母神が名乗った。


「え? へえ、こんな綺麗な方だったんだ」

 たけぞうがそう言いながら立ち上がる。

「あら、ありがとね。でも私は知っての通り夫と千人の子がいるから、口説いちゃだめよ」

 鬼子母神は口元を押さえて微笑んだ。

「しませんって。ところで」

「村の子供達を攫ったのは大妖魔よ。あいつは手先を使ってこの村の、いえ日ノ本のあちこちで子供達を攫っていったり、騒ぎを起こしているのよ」


「え、そんなにですか!?」

「ええ。だから隠密達も手一杯で、ここへ人を回せなかったの。それで私がここにやって来たんだけど、たけぞうさんも手伝ってくれない?」

「はい。でも神様って、この世の事にあまり手出ししちゃダメなんじゃ?」


「そうだけどね、あれを放っといたら世界中から子供がいなくなるわ。だから許可を貰ったの。それに」

 鬼子母神が悲しげな表情を浮かべる。

「ん?」

「いえ、これは終わってから言うわね」

「……分かりました。ところで妖魔の居所とか分かりますか?」


「まだ分からないわ。僅かに残った気を探っていたんだけど流石大妖魔、一筋縄ではいかないわ」


「うーん、なんか手がかりがあれば……あ、そうだ」

 たけぞうが手をポンと叩く。

「何かいい手が浮かんだの?」

「ええ。あの、鬼子母神様は子供に化けたり出来ます?」

「それでおびき出すという事でしょ。既にやったけどダメだったわ」

 そう言って鬼子母神が首を横に振る。

「ありゃ、敵は結構鋭いですね」

「ええ。やはり大妖魔、私の気配を感じるのか近寄って来ないのよ。あと童顔で小柄の隠密が子供に化けて誘い出そうとしたみたいだけど、それもね」


「そうですか。うーん、本当の子供連れてくる訳にもいかないしなあ」

 たけぞうがそう言って考え込むと


「あれ、たけぞうさんじゃないかチュー?」

「え?」

 そこにいたのは大鼠の妖怪だった。


「鼠之助じゃん。久しぶりだね」

 彼は以前たけぞう達と共に第六天魔王と戦った、拳法使いの鼠之助だった。


「久しぶりだチュー。たけぞうさんもまた強くなってるチュー」

「鼠之助もね。ここへはやはり修行の旅の途中で?」

「そうだチュー。たけぞうさんは何してるんだチュー?」

「えっとね、実は」


 たけぞうは鼠之助に事情を話した。

 すると


「それならおいらに任せるだチュー!」

 鼠之助が胸をどんと叩いて言った。


「え、何か手があるの?」

「うん。おいら人間の姿になれる術を身につけたんだチュー」

「そうなの? ねえ、ちょっとやってみてよ」


「わかったチュー。じゃ、ブツブツ、チュー!」

 鼠之助の周りを煙が覆ったかと思うと、次の瞬間には


「こんなのでどうだチュー?」

 何処にでもいるような村の少年といった姿になった。


「上出来ね。それにあなたは人間の歳にすると十五・六歳くらいなのに、人間の幼子と変わらない気配だわ」

 鬼子母神が言うと


「この術は模した人の雰囲気も真似出来るんだチュー」

「そんなものがあったのね。私も知らないなんて、まだまだだわ」


「ねえ、誰からそんな術習ったの? 狸や狐の变化とは違うよね?」

 たけぞうが尋ねると

「行き倒れで弱っていた妖怪を助けたら、お礼だと言って教えてくれたチュー」

「へえ、どんな妖怪?」

「なんか目と口がある黄緑色の人魂みたいな奴で、物真似が得意だって言ってたチュー」

「……鼠之助って、よその世界と縁があるのかなあ?」

 たけぞうは顔に縦線を走らせていた。




 そして夕方。

 鼠之助は村の外れで遊んでいるフリをし、たけぞうと鬼子母神は物陰で気配を殺してジッと待っていた。


 しばらくして

「来た!」


 鼠之助の前に黒い魔物が現れた。


「ほう、まだ残っていたか? どれ」

 魔物が鼠之助を捕まえようとしたが 


「あちゅー!」

「グフォッ!?」

 鼠之助がすかさず变化を解き、妖魔に頭突きをくらわせ

「でりゃあああ!」

 ズバッ!

「ギャアアアーー!」

 物陰から飛び出したたけぞうが魔物を斬った。



「お、おのれ、ぐ」

 魔物はまだ息があった。というより手加減していた。


「おい、あんたらの親玉は何処だよ?」

 たけぞうが尋ねると

「う、ぐ、教えると、思うか?」

 魔物が息も絶え絶えで言うが


「言わなくていいわよ。あなたが出てきてくれたおかげで、場所を辿れるようになったからね」

 鬼子母神が言った。


「!? ……ぐ、お許しを、グフッ!」

 魔物は消え去った。


「さて、大妖魔の所へ行きましょうか」

 鬼子母神が手をかざすと、宙に黒い穴が開いた。


「そこを潜ればいいんですね」

「ええ、どうやら今は異界にいるようよ」

「分かりました。じゃあ」


「たけぞうさん、鬼子母神様。おいらも着いて行くチュー!」

 鼠之助が言う。

「うん、鼠之助がいてくれれば百人力だよ」




 たけぞう達はその穴を潜り、異界へと向かった。

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