第46話「くらっ子鳥と鬼子母神 中編」

 たけぞう達が着いた場所は、石ころだらけの大きな河原だった。


「ここにいるのですか?」

「そのはずよ」

 たけぞうと鬼子母神が辺りを見ながら言う。


「あ、あそこ見てだチュー!」

 鼠之助が指さした場所には、大勢の子供が倒れていた。

 そしてその子供達の顔を見ては嘆き悲しんでいる、見たところ二十代くらいの女性がいた。


「あの人は? 妖魔には見えませんが」

 たけぞうが尋ねると

「彼女もまた手先であり、犠牲者よ」 

「え?」


「彼女の名は『くら』と言ってね。その昔まだ赤子だった自分の息子を大鷲に攫われたの。そしてそれを追いかけているうちに、鳥になったの」


「それ、昔話の『くらっ子鳥』じゃないですか?」

「そうよ、彼女がその鳥よ」


「おいらもちっちゃい頃、長老に聞いた事あるチュー。そして長老は『くらさんは何者かに呪いをかけられたのかもしれん』って言ってたチュー」


「え、まさか?」

 たけぞうが鬼子母神の方を見ると

「そのとおりよ、彼女は妖魔に魅入られてしまったの」



 彼女は鳥になった後、くらっ子、くらっ子と鳴きながら子供を探していた。

 何年も、ずっと。

 でも見つからなかった。


 そしてとうとう正気を失い、子供達を連れ去ったのよ。

 自分の子だと思って。


「くっそ、妖魔め」

 たけぞうは拳を握り締め、




「この子でもない。この子も違う。わたしの子どこだべ」

 くらは涙を流しながら、また一人、また一人と顔を見ていた。


「くら、その子達を親元に帰してあげて」

 鬼子母神が近づきつつ話しかけるが


「何処だべ、何処だべ」

 聞こえていないのか、同じ事を繰り返し呟いていた。


「ねえ、話を聞いて」

 鬼子母神がくらの肩に手をかけようとした時、


「そうか、あんたらが大鷲を操って隠しただな!」

 振り返ってそう叫んだ途端、くらはたけぞうの数倍はあろう大きな黒鳥になった。


「うわあっ!?」


「けえせ! 子供けえせ!」

 彼女は飛び上がり、たけぞう達を嘴で攻撃しだした。


「落ち着いて、あなたは妖魔に操られてるのよ!」

 鬼子母神が叫ぶが、攻撃は止まらなかった。


「ダメだチュー! 聞こえてないチュー!」

 

「く、それならこれで」

 たけぞうは懐から翡翠の人形を取り出し

「雨風と戯れ土木と語らい天地水流の力を従えし我が力よ、悪しき縁を洗い流せ!」


 たけぞうの体から清き水があふれ出し、彼女を飲み込んだ。

「これで、え!?」


 彼女は元に戻らず、たけぞう達にまた襲いかかり


「うわあっ!?」

「チュー!」

 たけぞうと鼠之助が耐え切れずに倒れた。


「ど、どういう事!? あれでも駄目だなんて!?」

 鬼子母神が驚きの声をあげると


- フハハハ、其奴はもう戻らんわ -

 そう言いながら宙に現れたのは、黒い大鷲。

 それは


「現れたわね、大妖魔」

 鬼子母神がその大鷲を睨みながら言う。


- そうだ。と言ってもここにいる儂は影だがな -


「え、あなたが本体じゃなかったの?」


- ふん、貴様如きに我が本体を見つけられるか -


「そ、そんな、影ですらその強さなの?」

「鬼子母神様。もしかしてあいつ、相当強いのですか?」

 たけぞうが立ち上がって尋ねると

「ええ。雑魚妖魔の千倍以上よ」

「それじゃあ、本体は更に?」

「そうなるわね」


「おい大妖魔、くらさんを元に戻せチュー!」

 鼠之助がよろけながらも立ち上がって言うと、


- だから戻らんと言っただろうが。其奴はもうじき魔鳥となって永遠に子供を探し彷徨い、その瘴気でこの世を焼きつくすであろう -


「な、何だって!?」

 たけぞうが驚き

「永遠にって、子供はお前が隠したんだろがチュー!」

 鼠之助がまた怒鳴るが、


- 儂は知らぬわ。其奴の子は別の影が連れ去ったのだが、その影は何者かに討たれたのか、消えてしまったからな -


「何だと? じゃあお子さんは?」


- さてな。よしんば生きていたとしても、ロクな目にあってないだろうな。それもまた我らの糧となるが -


「く、このやろう」

 たけぞうが身構えながら歯軋りした時


- さて、くらよ。儂の力をやろう。それで粗奴らを消すがいい -

 大鷲の姿が黒い霧に変わっていき、それがくらの中へ入っていったと思うと


「クアアアアーー!」


 先程よりも十倍の大きさで、全身が真っ黒の魔鳥と化した。


「くっそ、どうしようか」

「たけぞうさん、一時撤退するかチュー?」

「いや、くらさんが何処へ行くか分からないから、ここで押さえないと」

「そうは言ってもチュー、もう手加減出来そうもないから、倒すしかないかもチュー……」

「それは最後の手段だよ」

 たけぞうと鼠之助が話していると

 

「彼女はまだ完全に魔鳥になってないわ」

「え?」

「ほら、あそこを見て」

 鬼子母神の指さした方を見ると、魔鳥の片足がほんの少し白かった。


「あそこに私の気をぶつけたら、元に戻せるかもしれないわ。でも、気を貯めるのには少し時が必要なの」

「分かりました。おれと鼠之助が時を稼ぎます」

「チュー!」


 そしてたけぞうと鼠之助が鳥を引きつけ、攻撃をかわしていくが



「くっそ、早い!」

「痛いチュー!」

 二人は徐々に傷つき、体力が減っていった。


 

 そして鬼子母神は気を溜めつつ魔鳥を見つめて、心の中でこう思っていた。




 私は元々多くの子供を攫って食べた鬼女だった。

 それもこれも、自分の子供達を育てる為だったわ。

 千人もの子供を育てるには、ちょっとやそっとじゃ足りなかった。

 だからあちこちで子供を攫ってたわ。 


 そんなある日、末の子がいない事に気づいた。

 私はすぐに子供を探した。

 けど何処を探しても、七日七夜世界中を探しても。


 もう永遠に見つからないのかと泣いていた時、お釈迦様が現れた。

 お釈迦様は私を諭す為に子供を隠していたのよね。

 ええ、そのおかげで己が罪に気づいた。

 子を攫われた親の悲しみ、苦しみが身に染みて分かった。


 その後私はお釈迦様のおかげで仏法の守護神となり、多くの子供達を守る神となった。

 今は子供達も大きくなり、天界で平穏に暮らせている。


 

 対してあなたは元々働き者で気立てがよく、心の綺麗な娘だった。

 けど両親に相次いで死なれた。良い人に出会えて子も生まれたのに、その良い人にもすぐ死なれ、不幸ばかり。

 一生懸命働いて、一人で子供を育ててた。

 子供が早く大きくなって、立派になってほしいと願いながら。

 でも、その子供を攫われてしまい、追いかけているうちに鳥になってしまい、

 その後も子供を探し、空を飛んで鳴きながら彷徨い続けた。


 そして……



「あなたに罪は無い。なのに何故、あなたが苦しまなければいけないのよ?」

 鬼子母神の体がだんだんと白く輝き出していく。


「あなたの事を知った時、あれはもしかするとあったかもしれない、私の姿じゃないかと思った。だから何年もかけてやっと許可をもらい、あなたの元へ来れたわ」

 そう言って手をかざし


「長い間待たせてごめんなさい……今、助けるからね!」

 彼女の片足に向けて光を放つと



「く、クアアアアーー!」

 その光が足から体全体を包み込むように広がっていき、やがて、

 

「あ……あ」

 彼女、くらは最初見た時より二十年程歳を重ねた人間の姿になり、その場に倒れた。



「も、戻ったんですね?」

 たけぞうが息を切らしながら尋ねると

「ええ、上手くいったわ」

 鬼子母神が安堵の表情を浮かべた。


「ん? あ、子供達が連れてかれるチュー!」

「え!?」

 鼠之助が指さした方を見ると、攫われていた子供達が光に包まれて消えていく所だったが


「大丈夫よ、あれは私の子供達がやってるの。皆で手分けしてそれぞれの親元に帰してくれるわ」

 鬼子母神が頷きながら言った。


「そうでしたか。ところで大妖魔は?」

「さっきので消えたわ、でもあれは所詮影。本体はまだ」

「いつかは戦わないといけないのですね」


「鬼子母神様、たけぞうさん。くらさんを連れて戻ろうだチュー」

 鼠之助がくらを抱きかかえながら言うと


「そうだね。庄屋さんにも報告しないと」

「ええ」


 その後たけぞう達は村へ戻り、庄屋の家に行った。

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