第44話「山姥と変わった少女との旅 後編」

 そして、山奥の廃寺前に着いたたけぞう達。


「ここに住んでるのー?」

 アサミが寺を指さしながら言うと

「そうだよ。なんでも知ってる人だよ」

 たけぞうが答える。

「へー、どんな感じの人?」

「会えば分かるよ。えっと、いますかー?」

 たけぞうが奥に向かって呼びかけると


「はい~、待ってたわよ~」

 奥から出てきたのは可愛らしい顔つきで南蛮の眼鏡をかけていて、被衣を被っていて紫色の着物を着ている若い女性だった。

 そして


「うわ、負けたわー」

「すごく大きいですー」

 アサミとヤマちゃんが目を丸くして呟いた。


 何故なら彼女は二人を上回る大きなお胸をお持ちだった。


「ふふ、あと数年したら私より大きくなるわよ」

 その女性が笑みを浮かべて言う。


「そうかなー? あ、この人がそうなの?」

 アサミがたけぞうに尋ねる。

「うん。文車妖妃っていうんだけど、聞いた事ない?」

「知らなーい」

 アサミは頭を振るが、

「え、この方があの文車妖妃様? 結構お若い方だったんだー」

 ヤマちゃんは聞いた事があるようだった。

「ふふ、ありがと。さ、中へどうぞ」

 文車妖妃に案内され、客間へと通された。




 そして、軽く自己紹介した後

「さて、用件は分かってるわよ。アサミさんを未来に帰すんでしょ」

 文車妖妃が先に言った。

「え、なんで分かるのー?」

 アサミが驚き戸惑っていると

「文車妖妃様はこの世のあらゆる事が分かるんだよー」

 ヤマちゃんがそう言う。

「えー、それって神様じゃないのー?」

「あ、うーん? 言われてみればそうねー」


「ま、それは横に置いて帰り道はね、ここからだとここが近いわね」

 地図を取り出して、とある場所を指さす。

 

「ここにあるの?」

 たけぞうが聞くと

「ええ。でもね、道は満月の夜にならないと出てこないの。明日はちょうど満月だし、よかったわね」

「え、なんでー?」


「そういうのは簡単に見つからないようになってるのよ」

「うん。悪用して世界を滅ぼすやつがいないとも限らないしね」

 文車妖妃とたけぞうが続けて言った。


「うんそっか、分かったよー」


「ええ。さて、今日は泊まってって。明日の朝に出れば、夕方にはそこに着くでしょうからね」


「はーい。あ、ひとつ質問いいー?」

 アサミが文車妖妃に言う。 

「ええ、何かしら?」

「文車妖妃さんもたけぞうさんが好」


「コラー! 少しは懲りろー!」

 ヤマちゃんが慌ててアサミの口を押さえると

「ふふふ。私の好きな人は別にいるわよ」

 文車妖妃が口元を押さえて言う。

「え、誰ー?」

「あのねって、アタシも興味あるなー」

 アサミとヤマちゃんが目を輝かせ


「へえ、好きな人いたんだね。もしかしておれも知ってる人?」

 たけぞうがそう言うと

「そうよ。年下だけどいい男性よ」

「誰だろって、言えるなら言ってるよね」

「ええ、ごめんなさいね」




 翌日の夜。

 たけぞう達は文車妖妃が示した場所、京の南側で中心部から外れた通りにいた。


「ここで待ってればいいんだよねー?」

「そうみたいだけど、何が出てくるんだろ?」

 アサミとヤマちゃんが話していて


「ん? 来たようだよ」

 たけぞうが二人に言った時


 幾つもの車輪が付いた鉄の車みたいなものが音を立ててそこに現れた。

 先端の上部に筒があり、そこから煙が出ている。

 その後ろには窓と車輪のついた箱があった。


「うわ、あれ何!?」

 ヤマちゃんが驚きの声をあげ

「あ、あれって汽車だよー!」

 アサミがそれを指さしながら言った。


「後の世にあるやつなんだね、お、誰か出てきたよ?」


 それはヤマちゃんやアサミと同じ年頃で、紺色の洋服に帽子を被り、茶色の長い髪を後ろで束ねている少女だった。


「アサミさんですね。お話は聞いてますよ。さ、どうぞ乗ってください」

 少女がアサミに話しかける。


「ねー、これってタイムマシンなのー?」

 アサミが少女に尋ねると

「似たようなものですね。でもまだ狙った時代に行けないのです」

 少女が答える。


「あの、それで大丈夫なの?」

 たけぞうが不安気に言うと、

「ええ。今回は上手くアサミさんの時代とここが繋がりましたから」


「ねー、アタシも一緒に行っちゃダメ?」

 ヤマちゃんが自分を指さしながら言うが

「申し訳ありませんが、予定外の方を乗せるのは禁じられているのです」


「うーん。じゃあさ、この次に乗っていい?」

「いいですが、次がいつになるか分かりません」


「……そっかー、後の世って見てみたかったんだけどな」

 ヤマちゃんがガッカリしていると

「未来でまた会おうよ。ヤマちゃんは妖怪だし、三百年後も生きてるんでしょー?」


「うん。その頃にはもうおばあちゃんだけどね、待ってるよ」

 そう言った後、ヤマちゃんはそうっとアサミを抱きしめ


「アサミ。あんたはアタシの一番の友達だよ」

「うん、あたしもヤマちゃんが一番だよ」

「短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとね」

「こっちこそありがとー……ふぇ」

 二人共泣きながら、ずっと抱き合っていた。



「ねえ、少し聞いていい?」

 たけぞうが少女に話しかけた。

「はい、何でしょう?」

「あんたも後の世から来たんだよね。で、もしかして」

「おそらくご想像通り、とだけ申しておきます」

 少女は笑みを浮かべた後、被っていた帽子を少し上げてすぐに戻した。


「うん、分かったよ。よろしく伝えてね」

「ええ」



「アサミさん。そろそろ出発の時間です」

 少女が声をかけると

「……うん」

 アサミが名残惜しげにヤマちゃんから離れ、頷いた。



 そしてアサミと少女が汽車に乗ると、音を立てて動き出した。


「アサミー! またねー!」

 ヤマちゃんが汽車に向かって手を振って叫ぶと


「うん、またねー!」

 アサミも窓から手を振り、大きな声で返した。


 ヤマちゃんとたけぞうは汽車が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。



――――――



 昔の話をしているうちに、すっかり夜になっていた。

 空にはあの時と同じ満月が浮かんでいる。


「たけぞうさん、楽しかったねえ」

 ヤマちゃんが満月を見上げ、懐かしげに言う。


「おお。あんな賑やかで楽しい旅は、そうそうなかったわい」

 たけぞうは笑みを浮かべて言った。


「うん、思えばあの時が一番楽しかったわ……ケホケホ」

 ヤマちゃんが急に咳き込みだした。


「ん、どうした?」

 たけぞうがヤマちゃんの背を擦ってやると

「アタシ、どうやら三百年も生きられないようじゃ」

「病か?」

「そうじゃよ。あとどの位かねえ。ああ、もう一度アサミに会いたかったよ」

 ヤマちゃんが目を閉じて俯くと


「ん、どうやら会えるみたいじゃぞ。ほれ、あそこ見てみい」


「え? ……あ」


 あの汽車がそこにあった。

 そして少し歳を重ねた、あの時の少女が降りてきた。


「お待たせしてすみません。やっと繋がりました」

 少女がヤマちゃんに話しかける。


「あ、あ。じゃあ、アサミがいる時代に行けるんだね」

 ヤマちゃんの目に涙が浮かんでいた。


「ええ。アサミさんも向こうでは山姥さんと同じくらいお年を召されてますよ」

 少女が笑みを浮かべて言うと


「構わんさ。アタシだけババアってのも癪に障るしねえ」

「ふふ。それともうここへ戻って来られないかもしれませんが、よろしいですか?」

「いいともさ。最後は友達のところで終わりたいさ」

「……では、どうぞ乗ってください」




「久しいのう。わしから見れば数十年ぶりじゃが、そっちから見ると……言えぬわな」

 たけぞうが少女に話しかける。

「ええ、すみません」

「いやいや。そうじゃ、これなら言えるかの? この汽車とやらをこしらえたのは、あんたのお身内か?」

「……はい」

 少女は少し間を置いて頷いた。


「そうか、それで充分じゃ。ではこの山姥、ヤマちゃんを頼んだぞい」

「分かりました。必ずお送りします」


(顔は母親そっくりじゃし、髪の色とあの時少し見えた頭のは、父親の血なのじゃな)

 たけぞうは心の中でそう言った。


 そして、ヤマちゃんの方を向き

「アサミちゃんによろしゅうな」

「ああ。たけぞうさん、達者でな」



 汽車が動き出すと、ヤマちゃんはたけぞうに向かって窓から手を振った。


 見えなくなるまで、ずっと。


 たけぞうも見えなくなるまで、ずっと振り続けた。


――――――

 

「父上から聞かなければホラ話だと思うくらい、不思議な話でしたね」

 松之助がそう言うと

「そうじゃな。わしとて自分の目で見てなければどう思うかの」


「……山姥さん、会えましたよね」

 松之助が目を潤ませながら言い

「会えたじゃろの。きっとな」

 たけぞうは目を閉じ、頷いた。




 あー、やっと会えたー。ねえヤマちゃん、あたしもすっかりおばーちゃんだよー。


 年取ったくせに中身は変わっとらんのう。と、アタシもあの頃に戻ろうかなー!


 さ、あたしの時代を案内するよー!

 うん、どんなふうになってるのかなー!

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