第56話「新たな一人目の仲間」
次の日、皆は旅支度を終えて外に出た。
たけぞうはてっきり八幡大菩薩が三河まで連れて行ってくれるものと思っていたが
「私は他の者を迎えに行く。お主達はもうじき来る者が連れて行く手筈になっているぞ」
八幡大菩薩がそう言った。
「へえ、という事は妖怪ですか?」
「そうだ。ああ、来たようだな」
「あれ、なんだろ?」
「布切れが飛んでるー」
子供達が空を指さしながら言う。
そこにはたしかに風もないのに、布切れがこちらに向かって飛んでいた。
そして、その布切れがたけぞう達の前に落ちると
「へ?」
白髪のおかっぱ頭で、顔つきも子供っぽく、着ている着物も真っ白な十三、四歳くらいの少女の姿になった。
「えと、あんたが?」
たけぞうがその少女に尋ねると
「そうじゃ。おいは一反木綿のキヌ。薩摩から来たでもす」
少女、キヌがやや訛りのある言葉で自己紹介した。
「薩摩からですか。遠い所からご苦労様です」
香菜が会釈しながら言い
「よろしくな。しかし一反木綿が人の姿にもなれるなど、聞いた事がないが?」
彦右衛門が首を傾げると
「妖力が高い妖怪は人の姿にもなれるのですよ」
お鈴がそう説明する。
「ほう、では相当な使い手という事だな」
「でもさあ、あんま強そうな気がしないんだけど」
たけぞうがそう言った時
「むう、それなら試してみると?」
「え、うわあっ!」
キヌはたけぞうに足払いをかけ、そして
「うりゃあっ!」
「ぬおっ!?」
素早く上四方固めに押さえ込んだ。
「どうじゃ?」
「ち、ちょ、苦し」
たけぞうが足をジタバタさせて藻掻いていると
「こらあ! 父上から離れろー!」
松之助がキヌの袖を引っ張って叫ぶと
「んにゃ。子供に言われちゃしょうがなか」
キヌはあっさり固めを解いた。
「ゲホゲホ。ふう、苦しかった」
たけぞうが咳き込みながら言う。
「というか、お主ならあれしき振り払えただろ?」
彦右衛門が首を傾げながら尋ねる。
「いや、あれ結構キツかったよ。それに胸が当たって息できなか」
「貴様、本当は感触を楽しんでいたのでは?」
お鈴が刀を抜き、たけぞうを睨むと
「あ、あのねえ、全力でやればどかせたけど、怪我させちゃうと思ったんだよ」
慌てて否定するたけぞうだったが、少しだけお鈴の言うとおりだった。
「やはりか。たけぞうさあがこげん弱い訳なかしね」
キヌが頷きながら言った。
「あれ、あんたおれの事知ってたの?」
「おう、たけぞうさあ達が第六天魔王を倒したって聞いちょる。そげん人達と一緒に戦えるなんて、おいは嬉しか」
「はは。じゃあよろしくね」
「おうとも。こっちこそよろしゅうな」
「さて、そちらは途中で傳右衛門とあと二人を連れてきてくれ」
八幡大菩薩はそう言った後、姿を消した。
「でもさ、おキヌさんじゃおれ達全員乗せられないだろ?」
「大丈夫じゃ。ほれ」
次の瞬間、キヌは畳十畳分はありそうな一反木綿の姿になった。
「ひゃああ、でっかくもなれるんだね」
「この十倍くらいまでなれっじゃ。さ、皆乗ってたもんせ」
そして一行はキヌに乗り、一路東へと向かった。
「あ、鳥が下を飛んでるよ」
「え、どこ?」
藤次郎と松之助が下を見ようとすると
「こら、危ないからもうちょっと下がりなさい」
香菜が二人を支えながら言う。
「……二人共順応力が高いな。私が同じ歳の頃なら、目を回していたぞ」
お鈴がボソッと呟いた。
そして、傳右衛門が療養している河内国の寺の前に着いた。
「歩いたら何日もかかるところを一時でなんて、すっごいよ」
たけぞうがおキヌに言うと
「んにゃ、本気出せば薩摩から陸奥まで四半時で飛べっじゃ。でもそれじゃ皆落ちてしまうから、加減したど」
「そんなになんだ……」
「あ、お待ちしてましたよ」
傳右衛門が寺から出てきた。
そして、それぞれ軽く自己紹介した後
「それとね、もう知ってるだろけどさ」
「ええ。拙者もまた腕を振るわせてもらいますよ。これでね」
傳右衛門は持っていた包みを解き、愛用の鉄砲を見せた。
すると
「うわあ、鉄砲だ!」
少年達が傳右衛門に駆け寄った。
それに興奮のあまりか、二人共口調が歳相応の子供らしくなっている。
「ははは、元気なお子様達ですね」
傳右衛門が笑みを浮かべ、少年達を見つめた。
「すまないな。こら、困っておられるだろ」
彦右衛門が二人の肩を掴んで言うと
「構いませんよ。そうだ、撃つ所見せましょうか? ちょうど肩慣らしもしたかったですし」
そう言って空を見上げて鉄砲を構え
「あ、耳を塞いでくださいね……はっ!」
ちょうど飛んでいたカラスをあっという間に撃ち落とした。
「うわあ、すっごーい!」
「傳右衛門さん、格好良い!」
少年達は目をキラキラ輝かせ、傳右衛門を見つめていた。
「むう、松之助はおれの事なんかもう、どうでもいいんだ」
たけぞうが膨れっ面になって言うと
「ははは。子供はあんなものだぞ」
彦右衛門が笑いながら言った。
「ところであれ、妖魔じゃったな」
キヌが傳右衛門に話しかけた。
「ええ、探りを入れに来たってとこで、え?」
傳右衛門が振り返るが、何故か驚きの表情を浮かべていた。
「んにゃ、どげんした?」
「え、いや、その、おキヌさんって、こんな可愛いらしいんだ、と」
キヌは人の姿になっていた。
「あ、あいがとな。あとおいはこれでも、人間の歳で二十歳じゃ」
キヌが照れながら言うと
「で、では拙者と同い年ですね」
顔を真っ赤にして答える傳右衛門だった。
「え? 傳右衛門さんってわたしやお鈴さんより年下だったのですか?」
「てっきりたけぞうや彦右衛門殿と同じくらいかと思っていた」
香菜とお鈴が意外そうに言い
「傳右衛門さんはしっかりしてるけど、あがり症は治ってないんだね。だって今も」
「おい、それはちょっと違うだろ」
彦右衛門がたけぞうにツッコミを入れた。
そしてまた一時後。
着いた場所は尾張名古屋。
三河までもう一息のところである。
一行は名古屋の町から少し外れた、人通りのない道を歩いていた。
「ここらに仲間が二人いって、八幡大菩薩様が仰っちょった」
キヌがそう言う。
「そうか。それでどのような者か聞いているのか?」
彦右衛門が尋ねると
「男女二人で、おなごん方はどう見ても異形の者じゃっですぐ分かるって。それなら」
「その前にさ、敵が来たよ」
たけぞうが上を指して言うと
そこには黒い大鷲が飛んでいた。
「香菜、お鈴殿。子供達を」
「はい!」
母親達が子供達を守り
「あれも影だね。おれ達も強くなってるし、一つ腕試しといくかな」
たけぞう達が身構えた。
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