第55話「旅立ちの前夜」

 その後、香菜が藤次郎を連れて戻ってきた。

 そして皆に挨拶させた後、藤次郎は松之助に話しかけた。

 

「はじめまして、私は藤次郎だよ」

「はじめまして藤次郎さん、松之助です」

 松之助は行儀よくお辞儀して答える。


「藤次郎でいいよ。さ、こっちで一緒に遊ぼ」

「はい!」

 二人は手を繋ぎ、奥の部屋へと駆けて行った。



「あら、すぐに仲良くなりましたね」

「まるで兄弟のようだな。しかし藤次郎ちゃんは五歳と聞いたが、お二人に似てしっかりした子だな」

「松之助ちゃんだって三歳にしては大きいし、賢そうですね。それと顔はお母さん似で可愛らしいですね」

 母親同士が互いの子を褒め合い

「おれ、彦右衛門さんが羨ましいと思った事もあったよ。でもね」

「今は松之助がいるからか?」

「うん。これからはいっぱい息子自慢してやるからね」

「ははは、受けて立つぞ」

 父親同士が笑いながらそんな事を話していた。



 そして、これからの事を話し合いだした。

「さて、我々四人以外だと、まずは三郎殿か」

 彦右衛門が皆に向かって言う。

「それと志賀之助さん、鼠之助、一学さん。傳右衛門さんがまだ本調子じゃないのは痛いなあ」

 たけぞうが指折り数えながら言う。

「果心居士殿はどうされているのだ?」

「分からないよ、あれから会ってないし」


「彼は先の戦いで体に相当負担がかかったようでな、今はとある山奥で養生しているのだ。もし話したら無理を押してでも来るだろうから、声をかけてはいない」

 八幡大菩薩がそう言った。


「それに果心居士さんは戦国の世から今までの間、仙人になってまで戦い続けてきた。もうゆっくりしてほしいですよ」

 たけぞうがそう言うと

 

「ああ。これからは静かに世を見守ってもらいたいと思っている。それと今名が上がった者のうち、明石志賀之助と清水一学は私と共に子供達を守ってもらうつもりだ」

「あれ、どうしてですか?」

「二人はかの異界とは魂の相性と言えばいいのか、とにかくそれが悪すぎてな。行っても実力を発揮出来ぬのだ」


「そういうのもあるんですか。てか、八幡大菩薩様が力を授けたとしても?」

「第六天魔王との戦いの時、既に授けてあるぞ」

「あ、そうだったんですね。それで駄目なんだ」

「ああ、こればかりは力を上げてもどうしようもないのだ」


「となると後は……龍之介殿とジャンヌ殿は向こうから離れられないだろうし、阿国殿は当然無理だから」

「全部で六人かあ。これで大丈夫かな?」

 彦右衛門とたけぞうが続けて言うと


「傳右衛門の傷は私が治したぞ。それと新たな強者を見つけてあるので、追々合流させるつもりだ」

 八幡大菩薩が言った。

「え、そこまでしていいんですか?」

「今回は相手が相手だしな。それに、かの異界も救って欲しいしな」

「どういう事です?」

「あそこは元々平和な場所だったが、大妖魔に滅茶苦茶にされたのだ。なんとかしたいのだが、あそこには私の力が届かんのだ」

 

「そうだったんですね。うん、分かりました」

「拙者達が必ず」

 皆が頷くと

「すまんが頼むぞ。私もあらゆる手を打つからな」

 八幡大菩薩は頭を下げて言った。




 その夜、皆で出陣式とか言ってささやかな宴を開いた。


「松之助と藤次郎、ずっと仲良くしてほしいね、ヒック」

 たけぞうは仲良く話しながら料理を食べている少年達を見つめ、酒を煽っていた。


「お主、今日はやけに飲んでるな?」

 彦右衛門が意外そうに言うと

「いやさ、嬉しくてつい……ヒック」


「この辺り一帯には結界を張っているから、気にせず飲めばいい」

 八幡大菩薩も酒を飲みながら言った。


 本人は最初この場は遠慮すると言ったが、「息子を守ってもらうのですから、せめてご馳走させてください」と香菜に請われ、そこまで言われてはとなった。


「ありがとうございます。しかし八幡大菩薩様を我が家にお迎えしておもてなしできるなんて、光栄です」

 彦右衛門が酌をしながら言い

「ふふ、そうか。そう言ってもらえて嬉しいぞ」

 八幡大菩薩は笑みを浮かべて言った。


「あの、八幡大菩薩様って世界を守られている守護神様でもあるんですよね? なんで最初に言わなかったのです?」

 たけぞうが尋ねると


「私は実のところ、あまりそう呼ばれたくないのだ。いや神仏と呼ばれるのもな」

 八幡大菩薩が顔をしかめる。

「え、何故ですか?」

「私は幾人かの英傑や神の力が合わさって生まれた者。ようは初めから神だったが、それが嫌でな」

「もしかして、何かをして神様になった訳じゃないからですか?」

 たけぞうが尋ねると


「そうだ。他の神仏は修行を重ねてなったのに、私にはそういう経験が無い。だから一度人間になって色々な事を学びたいのだが、私の跡を継ぐ者がいないのだ」

「そうなのですか? 日ノ本には八百万の神がいるのに?」

「神仏にはそれぞれ別の役目があるからな。人間にも後継者と成り得る者はいたが、自分には荷が重いと尽く断られた」


「そりゃそうかも。あ、そうだ。彦右衛門さんはどうです?」

 

「そうだな。どうだ、天寿を全うした後で継いでくれないか?」

 八幡大菩薩が彦右衛門の方を向いて言う。


「いえ、拙者などには無理ですって」

 苦笑いして拒否する彦右衛門だった。



 そして

「ふう、飲んだ飲んだ」

 たけぞうはもうフラフラになっていた。


「松之助は藤次郎ちゃんと一緒に寝るそうだ」

 お鈴がたけぞうを支えながら言う。

「そっか。っておれが一緒に寝たかったよ~」

「まあこの次にな。それより私と……ね」

 お鈴が頬を染めて言う。

「あ~、いいよ~」

 そして二人は寝室へと消えていった。 



「そのうち二人目ができそうだな、あやつら」

 彦右衛門が苦笑いしながら言うと

「あなた、わたし達ももう一人。今度は女の子がいいな」

 香菜が彦右衛門にしなだれかかり

「う、うむ。そうだな」

 顔を真っ赤にした彦右衛門は、香菜と寝室へと向かった。




「ふふ、皆私を忘れているようだな。まあいい、ここはしっかり守らせてもらうぞ」

 一人残った八幡大菩薩が盃を傾けながら呟いた。

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