第54話「帰還後」

 たけぞう達は別の世界から戻った後、彦右衛門の家でこれまでの事を話していた。

(三十七話から別世界へ行って帰ってきた頃の話である)



「ふう、長い戦いだったな」

 彦右衛門が胸を撫で下ろして言う。

「うん、でも楽しかったよね。ああ、この事は他の物語でね」

「たけぞう、何を言ってるのだ?」

「気にしないで」



「何度も言うが、香菜殿があれ程強かったとはな」

 お鈴が香菜に話しかける。

 どうやら香菜もその別世界に行ったようだ。


「ええ。わたしもまだ少しはいけますね」

 香菜が笑みを浮かべて言うと


「少しどころじゃないよ。復活した第六天魔王をメッタ斬りにした後、忍術で雷呼んで黒焦げにしたんだもん。めちゃくちゃ強いよ」

「もし夫婦喧嘩したら、拙者は死ぬな」

 たけぞうと彦右衛門が苦笑いしながら言った。



「あ、そういや香菜さんとお鈴さんは以前会ってたんだよね」

「ああ。旅の途中で偶然ここに寄ったのだ」

 お鈴はもうたけぞうに対して丁寧な口調をやめていた。

 たけぞうはまだお鈴をさん付けで呼んでいるが。

 

「お鈴さんは体調を崩されて、道端で蹲ってたんですよ。それをわたしが家まで運んだんです」

「その節はお世話になりました。あの時は悪阻が酷くて」

 お鈴が頭を下げて言う。


「ええ、だからわたしは子供が生まれて大きくなるまで宇和島にいて、それから旅に出ればとも言ったのですけどね」

「ここにいたらたけぞうに見つかると思ったのだ。あの時はまだ会いたくなくて」

「もう……でも、無事に生まれたようで何よりです」

 

「ありがと香菜さん。本当ならおれが」

「これからしてください、ね」

 香菜は笑顔だったが、目が笑ってなかった。

「う、うん」

 たけぞうは震えながら頭をコクコクと何度も下げた。




「さて大妖魔だけど、今のおれ達なら倒せるからさっさと封印解いてやっつけようか?」

 たけぞうはそう言える程力が上がったようだ。


「いや、ちょっと待ってくれ」

 だが、お鈴がそれを止めた。

「ん、どうしたの?」

「話を聞いて思ったのだが、いくら龍神様の力でとはいえ大妖魔ともあろうものがそんなあっさり封印されるだろうか? だからもしかすると、それは本体を騙っていた影だったとかではないか?」


- 彼女の言うとおり、あれもまた影だ - 


 何処からともなく声が聞こえたかと思うと、そこに神々しい雰囲気の武将のような男性が現れた。

 それは


「あ、八幡大菩薩様じゃないですか」

 たけぞうがその男性に話しかけると

「え、ええ!?」

 それを聞いたお鈴が驚きの声をあげた。


「皆久しいな。それとお鈴は初めてだな」

 八幡大菩薩は皆を見渡した後、お鈴に話しかけた。

 たけぞうは本編中では語られていないが、以前会っていた。


「あ、あの、私の事もご存知で?」

「一応は神だからな。さて話の続きだが、あれは本体の代わりに妖魔や他の影を指揮する者だったのだ」


「そうなんですね。あの、本体は何処に?」

 たけぞうが尋ねると、

「異界にいるが、奴はまだこちらには来れん。だからもし攻め込むつもりならもう少し仲間を集めた方がいいぞ」


「どうする?」

 たけぞうが皆の方を向いて聞く。

「そうだな。依代となる者に憑かれては倒せぬかもしれぬしな」

 彦右衛門が頷きながら言うと、香菜も続いて頷いた。


「そうだ。八幡大菩薩様なら、大妖魔の依代となる者が何処にいるかご存知では?」

 お鈴が尋ねる。

「ああ、それならここにいるぞ」

 いつの間にか八幡大菩薩の腕の中に、三歳くらいの童児がいた。

 すると


「え? ま、松之助!?」

 お鈴が我が子の名を呼び


「なんと!?」

「えええ!?」

 彦右衛門と香菜が驚きの声をあげた。


「勝手に連れてきてすまなかった。モタモタしていると妖魔に先を越されると思ったのだ」

 八幡大菩薩はお鈴に詫び、松之助を降ろした。

「い、いえ。連れてきてくださり、ありがとうございます」

 お鈴は慌てて頭を下げた。


「あ、母上。おかえりなさいませ」

 松之助が母の側に寄って言う。

「ええ、ただいま。いい子にしてた?」

「はい!」


「この子が松之助……おれの子」

 たけぞうは松之助をジッと見つめた。

 すると

「母上、あの人が父上ですね」

 松之助はたけぞうの方を向き、そう言った。


「え、分かるの?」

 お鈴が戸惑いながら言う。

 どうやらまだちゃんと話していないようだった。

「はい」 

「そう。さ、父上に挨拶しましょうね」


「父上、松之助です!」

 松之助は元気よく名乗った後、たけぞうに抱きついた。


「うん。松之助……放っておいてごめんね」

 たけぞうは我が子を抱きしめ、声を殺して泣いた。


 皆も目に涙を浮かべ、黙って二人を見つめていた。



 しばらくして、お鈴が八幡大菩薩に尋ねた。

「あの、松之助が依代なのは私のというか、妖狐の血を引いているからですか?」

「それとたけぞうの血を引いていて、炎と水の力を両方使える素質があるからだ。もしそれを駆使されたら私はおろか、天照大御神様ですら敵わんかもしれん」

「そんなに強大なものを……」

「ああ。だから私が松之助を、そして藤次郎を守ろうと思うのだ」


「え、うちの倅もですか?」

 彦右衛門が首を傾げる。


「そうだ。藤次郎もまたかなりの力を持っているので、攫われて手先にされるやもしれん。それに、もう知っているのだろ?」

 八幡大菩薩が何か含むように尋ねると


「え? ああ、そういう事ですか。迂闊でした」

 彦右衛門はそれに思い当たったようだ。


「構わん。今の世を生きる者に、それを理解しろと言うのは無茶だからな」

「そうですな、拙者達とてあの世界に行かなければ……あ、それならば」

「もちろん岡崎三郎の子も守るぞ。この三人のうち一人でも抜けたら、が大幅に狂ってしまうからな。それで相談だが、藤次郎と松之助を彼の家に預けたいのだが」

「ああ、三郎殿と阿国殿の子は生まれたばかり、そんな赤子と母親を何処かへ移動させるのは、ちとあれですからな」

「そのとおりだ。では、いいか?」

「ええ、拙者達に異存はありません」


「あ、藤次郎を迎えに行かなきゃ。すみません、ちょっと失礼します」

 香菜が慌てて外へ出て行った。


「そういや藤次郎は何処にいるの?」

 たけぞうが彦右衛門に尋ねる。

「近所の老夫婦の家だ。お二人は自分達に子がいないからと、よく世話を焼いてくれるのだ。藤次郎もじじ様ばば様と呼んで慕っている」


「うちもお隣のご夫婦がよくしてくれます。ちょうど松之助と同い年の娘さんがいて、よく一緒に遊んでいますよ」

 お鈴がそう言うと

「その娘、松之助の嫁にどうかなあ?」

 たけぞうがそんな事を言った。

「まだ三つだし先は分からんが、そうだといいな」


 本当にそうなるが、それはまだ先の話。

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