第89話「元の姿」
「え、えええ!?」
「嘘!?」
大妖魔の正体を聞いた皆が驚き叫び
「そうよ。あの方は守護神様で、その名はあの方を生み出した方の一人、聖武の帝の別名『
文車妖妃が皆に説明するように言うと
「そうだよ。そして僕はあんたらが八幡大菩薩と呼ぶ守護神の弟だよ」
勝満がさらっと衝撃の事実を語ると
「えええ!?」
皆がまた驚きの声をあげた。
「神様というだけでも驚きなのに、八幡大菩薩様の弟君だったとは」
「そ、そんな方が何故大妖魔になられたのだ?」
三郎と彦右衛門が震えながら言う。
「ところで兄上を討つとは、どういうつもりですか?」
文車妖妃が尋ねると
「ん? あいつがいたら滅茶苦茶に出来ないだろ」
勝満は首を傾げる。
「あなた達はとても仲の良い兄弟だったと聞いたわ。それなのに」
「そうだね、あいつは本当に僕の事を心配してくれたよ。けどそれだけだったね」
「え?」
「気にしすぎだとかだけで、何の解決にもならない事を延々と言うだけだった。そんな奴が神でいいの?」
「う、それは」
「そ、そうだ。あんたは聞く所によると」
たけぞうが尋ねようとすると
「うん。前世の僕は自ら命を絶ったけど、何故かすぐに生まれ変わったんだ」
「それは八幡大菩薩様も分からないと仰ってたし、私にも何故なのか見えないわ」
文車妖妃が言う。
「そうなんだね。まあそれはいいとして、生まれ変わった僕は人間の父と妖怪の母の間に生まれ、山奥の家で貧しくも幸せに暮らしていたよ」
そして、一呼吸置き
「けどさ、両親は人間達に殺されちゃったよ」
ほんの少しだが悲しげに言った。
「そうか、その生まれで」
お鈴も悲しげな表情で言うと
「うん。妖怪からは無視されるだけだったけど、人間には迫害されたよ」
それで両親は僕を連れて山奥に移り住んだんだけどさ、人間達はわざわざ僕達を探しに来た。
そして、両親を捕まえて火炙りにしちゃったんだ。
僕もそうなる寸前だったけど、その時に前世の記憶と力が目覚めてね、奴らを全員始末したんだ。
その後、目覚めた力で両親を生き返らせようとしたんだけど、ダメだった。
あの時も前世のように自分の無力さを嘆いた……けどさ。
こんな奴らを救えず悩んで死んだ前世はなんだったんだ。
なんかもう、馬鹿らしくなった。
「だからさ、世界を滅茶苦茶にして、未来永劫苦しめてやろうと思った」
「それをこちらの世界でもか?」
お鈴が勝満を睨みながら言う。
「うん。表裏一体の世界なんだから、そっちも同じようにね」
「そんな事をしても、ご両親が」
「罪のない者が死んで、罪深い奴らがのうのうと生きてていいの?」
それを聞いたお鈴は言葉に詰まった。
「ねえ、世界が乱れたら罪の無い人まで苦しむだろ」
たけぞうがそう言うと
「苦しむだけで何もしないのかよ? 自分達で力を合わせてなんとかすればいいだろ」
「え?」
「あの大妖怪は世界を平和にしようと思って僕と戦い、深手を負わせた。敵ながら見事だったよ」
「もしかして、妖怪さんに敬意を払ってわざと逃した?」
「そんな事よりどうするんだよ? 僕と戦うの?」
勝満がそれに答えず言った時
「待ってください。あなたは以前私に『平和な世界を共に作ろう』と仰ってくれたではありませんか」
明香が前に出て言うと
「ん? あんた誰?」
勝満が首を傾げる。
「え? 私です、明香です」
「うーん、知らないなあ?」
勝満はまた首を傾げた。
「そ、そんな」
「あ、たくさんの女と遊んだから、その誰かかな?」
「……ナニ、ソレ?」
明香の顔が蛇女と化し
「うわあっ!?」
それを見たたけぞう達は思わず後ずさった。
「たクサんだナンて、なニ? ワたシダけジャなカッたノ?」
明香の声がまた濁ったりしていた。
「え、えと。あのさ、落ち着いて」
流石にこれはヤバいと思ったのだろうか、勝満は明らかに狼狽えていた。
「ユルさナい……しネええエエ!」
明香の髪の毛から無数の刃が放たれ
「ギャアアーーー!?」
勝満はそれを避けきれず、たちまち傷だらけになった。
「な、なんですかあの人は!?」
香菜が明香を指差して叫ぶと
「どうも心の力のせいで、ああなるらしい」
お鈴が真っ青な顔で言う。
「あ、あれって妖魔か悪しき縁に取り憑かれているのですか?」
三郎が震えながら言うが
「残念ながらあれ、素みたいよ」
文車妖妃が首を横に振った。
「ユルさナい……ソウダ、コロシチャエバワタシだけのモノ、ダレにモトラれない、ふフフふふ」
明香が妖しげな笑みを浮かべて言った。
「あれやんでれだきゅ。悠、治してあげるきゅ」
「無理。というかそんな言葉ここで使わないで」
求愛と悠が何か話していた。
「え、えと。どうする?」
たけぞうが誰にともなく尋ねるが
「どうするもこうするも、あれには手出しできぬであろうが」
彦右衛門がそう言うと、全員がコクコクと頷いた。
「シネ、しね、シねえエエ!」
「く、く、僕が反撃出来ないだなんて、なんて強さだよ」
明香の連続攻撃を受け、勝満は防戦一方だった。
「だ、大妖魔があれ程押されているのは、やはり力が不安定だから?」
お鈴が震えながら言うと
「ええ、明香さんが強すぎなのもあるけどね」
文車妖妃が答えた。
「う、う」
「サア、トドめ」
明香が力尽きた勝満の首に手をかけた時
「……ごめんね」
「エ?」
「やり方はアレだけど、すっごく愛してくれているって分かったよ」
勝満が痛そうにしながらも、笑みを浮かべて言った。
「え、あ……勝満様」
明香の顔つきが元に戻る。
「さ、首を刎ねてよ」
「……いえ。やはり私は、あなたを殺せません」
明香は目に涙を浮かべ、首を振った。
「それでいいの?」
「はい、私はあなたを……愛しています」
「……ありがと。愛されるって、いいものだね」
勝満はそう言って俯いた。
「あの方、愛を思い出したのでしょうね」
「じゃっどん、あげんでよかと?」
傳右衛門とおキヌがそう話していた。
「そうだ。何かお詫びしないと」
勝満が顔を上げて言う。
「いえそんな、お気持ちだけで」
「そう言わずにさ。えっと、とりあえず接吻していい?」
「はああ!?」
大半の者が驚きの声をあげ
「ねえそれ、お詫びになるの?」
たけぞうが首を傾げると
「なるだろ。あれを見ればいくら拙者が鈍くても分かる」
彦右衛門の言う通り、明香は目を輝かせて涎を垂らしていた。
「えと、えと、皆さん目を閉じましょう」
「そ、そうだな。見るなんて野暮だ」
香菜とお鈴が顔を真っ赤にして言うと
「いや、見ていてよ」
「ええ。ぜひ見届けてください」
二人はそう言って唇を重ね合わせた。
すると、勝満の体が光輝き出し……。
「ああっ!?」
明香の体が痩せ細り、髪も白くなっていた。
「そ、そんな」
そして、塵となって消えた。
「ふふ、おかげで元の姿に戻れたよ」
そこにいたのは八幡大菩薩と同じ顔つきで、武者姿の青年となった勝満だった。
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