第95話「宴」

 その後、皆を労うのと幾人かの祝いという名目の宴が始まった。


「さあ皆様、思う存分飲んで食べてください」

 屋敷の主である三郎が音頭を取った。


 ちなみに広間に全員入りきらないので庭に畳を敷いて膳を置き、そこに忍び達や隠密達、妖怪達がいた。


「松之助、これ美味いだろ?」

「はい、美味しいです」

 たけぞうと松之助が揃ってきゅうりをかじっていた。


「こうして見るとやはり親子ね。よく似ているわ」

 お鈴が笑みを浮かべて言った。


「うわあ、美味しい魚」

「母上、これも美味しいです」

「ふう、美味い酒だ」

 香菜と藤次郎は新鮮な魚料理を食べ、彦右衛門は地酒を味わっていた。



「源右衛門、改めて礼を言うぞ。さ」

 三郎が酌をすると

「うう、勿体のうございます」

 源右衛門はそれをゆっくり飲んだ後、涙を流した。


「そうそう源右衛門さん、この子が私達の息子ですよ」

 阿国が我が子を見せると


「は、ははっ! 御尊顔を拝し、恐悦至極にございます!」

 赤子に向かって礼を取る源右衛門だった。


「それとね、この子の名前は『源三郎げんざぶろう』よ。あなたの一文字を戴いたのよね」

「ああ。いつか息子が出来たらと思っていたんだ」

 阿国と三郎が続けて言うと


「うううう。もうなんと言えばよいのか」

 滝のように涙を流す源右衛門だった。



「源右衛門さんは泣きっぱなしだねえ」

「そうだな。そしてこれからもっと泣くかもな」

 お鈴がややニヤつきながら言う。

「は?」



「あの、おひとつどうぞ」

 そこに藍色の着物姿でやや短めの髪を結っている、それは見目麗しい女性がやって来て源右衛門に酌をした。


「か、かたじけな……え、もしや黒羽殿?」

 源右衛門が目を丸くすると


「え、えええ!?」

 それを聞いたたけぞうが驚き叫び

「ぶっ!? な、なんと!?」

 彦右衛門が飲んでいた酒を吹き出し

「……は?」

 三郎は驚きのあまり固まった。



「このような格好をするのは初めてです。似合わないでしょ」

 黒羽が頬を赤く染めて言う。


「と、とんでもない。三国一の美女で、あ」

 源右衛門が気まずそうに阿国の方を向く。

「変な遠慮なんていいから、早く黒羽さんとお話しなさいな」

 阿国がニヤニヤしながら言った。


「あ、あのその、も、申し訳無い。俺はその、なんだ」

 物凄くしどろもどろに話す源右衛門と

「ふふ、取り繕わず話しますね。俺は、えと、その」

 更に顔を真っ赤にしている黒羽は、なかなか会話が弾まなかった。

 


「ま、そのうち慣れるでしょうね」

 阿国が頷きながら言うと


「うう、源右衛門様にやっと春が来たああ!」

「ああ、ああ」

 源右衛門一党のある者は男泣きに泣き、ある者達は抱き合いながら喜びを分かち合っていた。



「あらら、あちらも大泣きですねえ」

「きっと色々な思いが合わさっているのだろうな」

 香菜とお鈴が笑みを浮かべて言い


「しっかし黒羽があんな美人に化けちゃうなんて」

「ああ。おなごは恐ろしいものだな」

 たけぞうと彦右衛門は苦笑いしていた。



「うう、いいわねえ。私なんか……」

 文車妖妃が手酌酒をしていると

「あの、大丈夫だとは思いますが、飲みすぎないように」

 悠が心配そうに声をかけた。

「ええ。まだ御役目が残ってるもんね」


「文車妖妃さんは会いに行かないのかきゅ?」

 求愛が何か尋ねる。

「あら、あなたも知っていたの?」

 文車妖妃が首を傾げると


「たまたま文車妖妃さんのお友達から聞いたきゅ」

「そう。でもまだね」

「ボクもあの人に会った事あるけど、まだ独り身だったきゅ」

「言わないでよ。突撃したくなるじゃない」

「すればいいのにきゅ。狙ってる人結構いるから、攻めないとやばいきゅ」

「うう、どうしよ。……とりあえずもう一杯」

 文車妖妃は飲みながら悩んでいた。



「そうだ、ご懐妊おめでとうございます」

 一学が龍之介とジャンヌに言う。


「ありがとう。しかしジャンヌ、そういう事は早く言ってくれ」

「ごめんなさい。言えば置いていかれると思って」

「止めても無駄なのは分かっている。それより母上にお願いすれば、腹に気を張り巡らせて子供を守れたのだぞ」

「え、それこそ早く言ってください」

「だから言わないと分からないだろ」

「いいえ、そもそもいつもと違う私に気づいてくれれば」

「違うのは分かっていたが、子が出来たとまでは思わなかった。すまない」

「いえ許しません、後で思いっきりして」

「こら、懐妊したのだからダメだろが」

「じゃあ、口づけだけでも」

「ん、それならな」

「ええ」

 二人は一学を放っていちゃつき出した。


「はは、てめえら爆発しろ」

 一学が口調を荒くして呟くと

「お前さん、何かに憑かれてやせんでごんすか?」

 それを聞いた志賀之助は不安になった。



「鮫蔵は奥さん置いて来たんだよね」

 たけぞうが話しかけると

「ええ。こっちも実は懐妊していて」


「あ、そうなんだね。おめでとう」

「ありがとうございます。しかし俺が親になれるなんて、ちっとも思っていませんでしたよ」

「おれだってそうだよ。てかこっちはいきなりみたいなもんだしね」

「はは。俺もたけぞうさんに奥さんと子供がいたと知って、驚きました」


「奥方は水の精と聞いたが、それでも子が出来るものなのだな」

 彦右衛門が言うと

「それはあの方のおかげですよ。お二人もご存知の」


「ああ、おれ達の総大将だね」

「あの方ならそのくらい出来るな」

 二人が頷いた。



「うわ、格好よか」

「こん人が天下一の鉄砲使いか」

 一反木綿族の娘達が人の姿となって傳右衛門に言い寄っていた。

 

「こら、おいの傳右衛門さあに近づくな」

 おキヌが額に青筋立てて言うと

「ケチ。話すくれよかやろうに」

「そうだそうだ。それに傳右衛門さあも嬉しそうじゃぞ」

 娘達が口々に言うが、彼はどうすればいいのか分からず固まっているだけだった。



 一方では

「鼠之助殿、いつうちの娘と祝言するのだ?」

 やや太った狸親父、かすみの父がいきなりそんな事を言った。


「お父、酔ってるのかポコ?」

 かすみが冷や汗かきながら尋ねる。

「酔っとりゃせんわ、ヒック」

 いや、明らかに酔っていた。

 

「あの、おいら鼠だけどいいのですかチュー?」

 やはり鼠之助はそこが不安だったようだ。

「そんな事気にせんわ。そもそも儂の妻も狸ではないのだし」


「えええ!? じゃあお母って何ポコ!?」

 かすみはどうやら知らなかったようで、盛大に驚いていた。

「言ってなかったか? アライグマだぞ」

「ポコー!?」

 

「えと、お母さんは来てないみたいですけどチュー?」

「あいつは里のおなご達をまとめ、留守を守っているぞ」

「そうなんだチュー。あの、今度会いに言ってもいいですかチュー?」

 鼠之助が両手をついて言うと

「いいとも。というより早く祝言あげてくれ、儂の気が変わらんうちにな」


「ポコ……」

 かすみは顔を真っ赤にしていた。


「お、あっちも目出度いね」

 たけぞうがニヤニヤしながら言う。


「あ、どうしよう。鼠之助さんとお見合いしたい人がいたんだった」

「仕方ないだろ。後で龍之介殿とジャンヌ殿に言伝をお願いしよう」

 香菜とお鈴が何やら話していた。



 また一方では

「えとお兄さん達、何でそんなに親切にしてくれるの?」

 琉香が困り顔でそこにいた者達に尋ねる。


「いや、妹がお世話になったし」

「そうですよ。あなたがいなかったらあいつ死んでましたよ」


「あの、あたしが黒羽さんに危ないところを助けられたんだけど」

 琉香の前にいたのは黒羽の兄達だった。


「それはそれです。さ、この煮物美味しいですから、どうぞ」

「お茶もありますよ」

 兄達が口々に言うと

「う~って、こんな美男子達に囲まれる機会なんてないし、開き直ろ」

 琉香は気持ちを切り替え、まるで逆大奥のように調子に乗り出した。


「さて、肩をお揉みしましょうか」

「兄貴、どさくさ紛れに琉香さんに触ろうとするな」


「なあ、兄上達は琉香さんと歳が離れすぎだろ。だから一番近い俺が」

 黒羽のすぐ上の兄が言うと

「貴様はまだ十九歳だろ、ここは俺達に譲れ」

「そうだ。俺達はもう二十代、そろそろやばいんだよ」

「ああ、妖術使いになる前に」

 三兄、四兄、五兄が続けて言った。


「ふう。黒羽に先を越されたからって見境ないな」

「だよな。琉香殿は美女だが、歳を考えろ」

 黒羽の長兄と次兄が呆れていた。

 ちなみにこの二人には既に妻がいる。



「ねえ、あれどうする?」

「放っておけ。黒羽の兄上達も無理やりはしまい」

「それもそうだね。さて、こっちはこっちでゆっくりしようか」

「そうだな」

 その後、たけぞうとお鈴、松之助、琴と村長の一家で料理を食べながら色々と話し出した。

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