第94話「凱旋」
その後、たけぞう達が三郎の屋敷へ戻ると
「父上、母上、おかえりなさいませ!」
松之助が両親の側に駆け寄る。
「ただいま。って見てたけど危ない事しないでよ」
たけぞうが松之助の頭を撫で
「そうよ。胸が潰れるかと思ったわ」
お鈴は松之助を抱きしめながら言う。
「そう言ってやるなでごんす。無事だったのだしな」
「ええ。しかし松之助殿も藤次郎殿も幼いですが、もう立派な武士ですね」
志賀之助と一学が言う。
「うん。そうだ、二人共ありがとね」
たけぞうが頭を下げて言う。
「いえいえ。こう言ってはなんですが、それがし達も思う存分腕を振るえましたしね」
「そうでごんす。それに駆けつけてくれた皆のおかげで、ワシは死なんで済んだでごんす」
「そうだよね、よかった」
「あなた、おかえりなさい」
阿国が三郎に駆け寄り、静かに抱きついた。
「まき(阿国の本名)、心配かけたな」
三郎が抱きしめ返しながら言うと
「いえ、うう……」
阿国はそのまま嬉し涙を流していた。
「三郎様。ご無事のお帰り、何よりでございます」
源右衛門がその一党と共に膝をつき、顔を上げて言うと
「皆、拙者達をずっと守っていてくれた事、礼を言うぞ」
三郎が源右衛門の手を取って頭を下げる。
「も、勿体無きお言葉。うう」
源右衛門は俯き、大粒の涙を流した。
「あ、あの。これを」
いつの間にか側にいた黒羽が懐紙を差し出した。
「ああ、え?」
源右衛門は黒羽を見た途端、驚きの表情となった。
「ど、どうかされましたか?」
「いや、その。か、かたじけない、使わせてもらう」
そう言って懐紙を手に取り、顔を隠すように涙を拭った。
「あ、あの人も一目惚れしたみたいね」
「よかったじゃなあ」
琉香とおキヌが続け様に言う。
「あららら。こちらにはお兄様方がいらっしゃるのに」
香菜が口元を押さえ、ころころ笑いながら言うと
「いえいえ、あのじゃじゃ馬を貰ってくれるなら大歓迎ですよ」
「苦労するだろうな、あのお方。南無……」
そこに来た黒羽の兄達が口々に言った。
「龍之介殿、ジャンヌ殿。鮫蔵も来てくれたのだな」
彦右衛門が話しかける。
「ああ。皆が無事でよかったぞ」
「ええ、もうどうなるかと思いましたよ」
龍之介とジャンヌが笑みを浮かべて言い
「うむ。それと遅くなったが、ご婚礼お祝い申し上げる」
彦右衛門がそう言って頭を下げると
「ありがとう。そしてすまない、こちら側の都合で皆を呼べなかった」
龍之介も同じく頭を下げた。
「いや構まんぞ。こうして会いに来てくれたのだし、後でまた語り合おう」
「ああ」
「俺も皆さんのお役に立てて嬉しいですよ」
鮫蔵が頭を掻きながら言うと
「ああ。そうだ鮫蔵、落ち着いたら手合わせせぬか?」
「ええ。俺も彦右衛門さんやたけぞうさんと一勝負したいです」
「皆。此度の事、厚く厚く礼を申す」
八幡大菩薩が頭を下げて言う。
「いえ。結局勝満様は」
たけぞうが首を横に振ると
「いいのだ。天に帰れたのなら、また生まれ変われるのだからな」
「そうなんですね。じゃあ今度は」
「ああ。天一と春菜が作った平和な世界で、明香と二人幸せに暮らしてくれる事を願おう」
「そうだわ、あのね」
阿国が皆に詩織の事を尋ねるが、文車妖妃以外の全員が知らないと言う。
「あれ? あの子って誰かの知り合いみたいだったんだけど」
阿国が首を傾げる。
「そうなんだね。でも心当たりないなあ?」
「おそらくまだ会っていないのだろう。もしくはまだ生まれていないのかもな」
龍之介がそう言うと
「ああなるほど、その娘も後の世から来たんだね。琉香や悠、求愛みたいに」
たけぞうがニヤリと笑みを浮かべて言う。
「う、僕達の事もバレてるって、琉香ちゃんの事が分かればそうなりますね」
悠がやや焦りながら言った。
「そうだ、文車妖妃殿はその娘の事をご存知なのでしょう?」
お鈴が尋ねる。
「ええ。あまり言えないけど、たけぞうさんに縁のある子とだけ言っておくわね」
「たけぞうに? 私には無いのですか?」
「え、うーん」
文車妖妃が言い辛そうにしていたので、お鈴はそれ以上尋ねなかった。
「ささ、皆様お疲れでしょうし、湯にでも浸かってゆっくりなさってくださいませ」
与七がそう言うので、一同は小休止した後、湯殿へ向かった。
「ふう、いい湯だ」
「この家には温泉があっていいですねえ」
お鈴と香菜が湯に浸かりながら言う。
そこは露天風呂で、壁で囲っている広々とした所だった。
ちなみに男湯と女湯に分かれている。
「これは八幡大菩薩様が作ってくださったのですよ。自分の宿代だと言って」
阿国も湯に浸かっていた。
「宿代どころかご褒美ですね」
ジャンヌが言うと
「ええ。って、今頃気づいたけど火傷の痕は?」
阿国がジャンヌの体を見つめ、小声で言う。
どうやら彼女も火傷の事は知っていたようだ。
「向こうで龍之介のお母様に治してもらいました」
ジャンヌも小声で返す。
「あらそうなのね。ってどんな方よ、お母様って?」
「お母様はこちらで言う所の妖術使いで、お医者様でもあるのですよ」
「ほええ、また凄いお母様ねえ」
「ええ。私の火傷を見た途端、泣いて抱きしめてくださいました。そこから本当の娘のように可愛がってもらってます」
「いいわね。私の両親はとうの昔に亡くなっているし、うちの人のご両親も私達が出会う前に亡くなっていたからねえ。せめてあの子の顔を見せてあげたかったわ」
阿国は空を見上げて言った。
「……はあ」
「黒羽さあ、どした?」
おキヌが何やらため息をついている黒羽に話しかける。
「いや、改めて見たら求愛や琉香やかすみよりも無いなんて。皆俺より年下なのに、ううう」
自分の胸に手をやって涙する黒羽だった。
「あれ? かすみは化けてるんじゃないの?」
「これも本当の姿ポコ。しかし黒羽さん、なんであんなに無いポコ?」
「たぶん修行のし過ぎだきゅ」
「うう、こんなので源右衛門殿を落とせるだろうか」
「そんなの関係ありませんよ。あの方はあなたに惹かれてますよ」
「後でゆっくり話してみたらどうだ? それとな」
香菜とお鈴が黒羽に何やら話すと
「ありがとう姉さん、姉者。やってみる」
黒羽は一転して笑顔になって頷いた。
「いいお湯……ん? 何か変な気配がするわね?」
文車妖妃が辺りを見渡す。
「え、まさか覗き?」
「そんな馬鹿な。ここには八幡大菩薩様の結界が張られているのだぞ?」
香菜とお鈴も辺りを見渡して言うと
いつの間にか大きな壺、いやエロジジイもとい長老が湯に浮かんでいた。
「いい眺めじゃのう、ほっほ」
ドゴオッ!
「あ~れえ~~~!?」
文車妖妃の物凄い勢いの回し蹴りを喰らい、長老は遥か彼方へと飛んでいった。
「あの方なら結界くらいすり抜けられるし、気配を消すのもお手の物。くそ、油断していたわ」
文車妖妃が拳を握り締めながら呟いた。
「ううう、胸が大きく揺れてた」
「うん、ブルンブルン揺れてたわよね」
黒羽はおろか琉香とかすみとおキヌ、阿国とジャンヌも項垂れ
「求愛さん、悠さんにお胸が大きくなる薬持ってないか聞いて」
香菜が何か言うと
「そんなのあったらボクのが大きくなってるきゅ」
求愛はしかめっ面になって答えた。
「うん、私もいけるな」
文車妖妃程ではないが大きいお鈴は、自分のを揺らして確かめていた。
一方、男湯の方では
「飛んでったのって長老様だよね。何やってんだよ……」
たけぞうが松之助の体を洗いながらボソッと呟き
「おのれ、もしまだ生きていたら、斬る」
藤次郎に背を流してもらっていた彦右衛門が額に青筋を立てて言い
「ええ。粉々にして差し上げましょう」
三郎もキレ気味に言い
「お待ちください。拙者が鉄砲で撃ちます」
「ううん、おいらの必殺技で割るチュー」
「いや、私の槍で貫く」
傳右衛門が、鼠之助が、龍之介が続け様に言い
「その後は僕が手術の実験台にしますね」
悠も額に青筋を立てて言った。
「ええ、そして皆様も爆発してください」
一学がボソッと言うと
「お前さん、なんか怖いでごんす」
志賀之助が冷や汗をかいて言った。
その頃
「龍神族長老ともあろう方が何をしているのだ、全く」
八幡大菩薩が飛んでいった長老を回収して説教していた。
「うう。老い先短い年寄りに冥土の土産をくれてもいいでしょうに」
長老が嘘泣きしながら言う。
「叩き割ってもよいのだぞ?」
八幡大菩薩が拳を握りしめて言うと
「ううう、あなた様だって見たいくせに。知っていますぞ、香菜殿に一目惚れしていたのを」
「八幡大菩薩様、どうかされましたか?」
そこを見回りに来た源右衛門が尋ねると
「ん、なんでもない。ただ少し一人にしてくれ」
八幡大菩薩が首を横に振る。
「分かりました。あの、長老様がひび割れていますので、屋敷へお連れします」
「ああ、頼む」
源右衛門が長老を持っていったのを見計うと
「ふん。たしかに惚れたが、既に彦右衛門を想っていたからなあ」
八幡大菩薩は遠くを見つめながら呟き
「私もいつか人間となって、良い人を探すか」
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