第83話「滅びたもの、滅びつつあるもの」

 また別の場所では、三郎と文車妖妃が奥へと進んでいた。


「私と三郎さんが二人っきりって、阿国さんが怒らないかしらね」

「一緒にいるくらいで怒りませんよ」

「あらそう。じゃあ怒られる事しちゃう?」

 文車妖妃はそう言って撓垂れ掛かるが、三郎はそれを止め

「からかわないで下さい。文車妖妃殿には好いた方がいらっしゃるでしょ」

「あら、よく分かったわね?」

 文車妖妃が首を傾げると

「……実はあの時、拙者はまだ意識があったのです」

 三郎が目を逸らして言った。


「え? ど、何処まで聞いたの?」

 文車妖妃が珍しく慌てて尋ねる。

「一通りは。その後気を失いました」

「そうだったのね。私でも気付かなかっただなんて」

「意味が分からない事が多かったですがね。それで、好いた方とは」

「いつか言える日が来るまで、内緒」

「ですよね。出来れば拙者が生きているうちに聞きたいですが……ん?」

「あら、どうやら待っていたようね」

「ええ」



「パオーン!」

 そこにいたのは長い鼻に二本の大きな牙、耳が平たく大きく、体長も十尺はあろうかという魔物。


「あれはもしや、象?」

 三郎がそう言うが

「いいえ、あれはマンモスが魔物化したものみたいね」

 文車妖妃が首を横に振る。

「マンモス? そのような生き物がいるのですか?」


「いるというより遥か昔、世界が氷河期と呼ばれる寒い時代に滅びた生物よ」

「え」


「知っていたか。そうだ、大半のマンモスはそれで滅んだらしいが、オレの一族は人間に滅ぼされたのだ」

 マンモスが三郎達の方を向いて言った。


「何? 人間に滅ぼされたとはどういう事だ?」


「知らんなら教えてやる。今から数万年前の事、オレの親兄弟や仲間達は人間に狩られて毛皮を剥がされ、食われ尽くされたのだ」


 幼かったオレも追われた後、谷底に落ちて死にかけた。

 だが吹雪で氷漬けになったおかげで、仮死状態のまま何万年も体を維持出来た。

 それを大妖魔様が蘇らせてくれたのだ。


 そして目覚めてみれば……人間共は未だ動物を狩っている。


 それが生きる為になら腹立たしいが分からんでもない。

 だが奴らは必要以上に狩り、多くの動物や植物を滅しているではないか。

 奴らはオレ達よりも知恵も理性もあるはずなのに、欲に溺れて貪り食っている。

 こんな醜い奴らに、オレ達は滅ぼされたのか。


 

 マンモスはその目に涙を浮かべながら語っていた。


「文車妖妃殿、あやつが語っている事は」

「一部は正しいわ。この時代でも人間の配慮不足で滅びつつある生き物がいるのだからね」


「大妖魔様もそこの女と同じ事を言った。そして、このままでは全ての生き物が死に絶えるだろうともな」

 三郎はその言葉を聞いて、何も言えなくなった。

 


「だからオレは人間どもを滅ぼす。これ以上動物達を滅させてなるか!」

 マンモスが拳を振り上げると


「ぐ……光竜剣!」

 三郎が刀を振って竜の形の闘気を放ったが


「パオーン!」

 マンモスは長い鼻を伸ばし、勢いよく鼻息を出してそれをかき消した。


「なあっ!?」

「い、いくら妖魔の力が合わさっているからって、出鱈目よ!」

 三郎と文車妖妃が驚きの声を上げ


「パオー!」

 マンモスはその鋭い牙を突き出し、勢いよく突進するが


「危ない!」

 三郎は文車妖妃を抱き寄せてそれを避けた。


「文車妖妃殿は下がってください」

「ええ。後方から援護するわね」


「ふん、あれがお前の全力ではないのだろ?」

 マンモスがそう言うと

「たしかに。まだ不慣れな技、通じれば儲けものくらいに思うべきだった」

 三郎が刀を構え

「ここからは、油断せぬ」

 マンモスを睨みつけ


「パオーン!」

 マンモスもそれに答えるかのように声を上げた。


 その後、マンモスと三郎が互いに技を繰り出し、一進一退の攻防戦となった。


「う、うわ。手を出す暇無いわ」

 文車妖妃が震えながら呟いた。



 しばらくして、両者が間合いを取った後

「お、おのれ貴様、本当に、人間か?」

 マンモスが息を切らしながら言う。


「拙者はこれまで、多くの妖魔と戦ってきた。全ては生きとし生けるものを守る為」

 三郎も肩で息をしながら答える。


「だからそれだけ強いか。だが、その生きとし生けるものとは人間だけだろうがあ!」

 マンモスが突進して拳を突き出し


「グフッ!?」

 それをまともに受け、倒れた。


「どうした? もうあれを避ける力が無いのか?」

 マンモスがそう言うと


「ぐ、ぬ」

 三郎がよろけながら立ち上がる。

 だが、刀を構えなかった。


「まさか……三郎さん、迷っちゃダメよ!」

 文車妖妃が叫ぶと


「わ、分かってはいますが、奴を討つのは」

「討たずに制すればいいのよ!」

 文車妖妃がまた叫ぶ。


「簡単に言ってくれますが、拙者にそんな事が」


- 出来る。お主ならな -


 何処からともなく、いや三郎の頭の中に直接声が響いた。



「え? だ、誰だ!?」


- 私は岡崎三郎、信康だ -


「ご、ご先祖様?」


- そうだ。三郎、迷う気持ちは分かるがお主が倒れては妻と子、お主に付き従ってきた者達、仲間達はどうなるのだ? -


「うっ。で、ですが」


- それにここで止めねば、今度はその誰かがあやつを恨むやもしれん -


「え」

- そして誰かが仇を討ったとしても、やはりまた誰かがその誰かを……そうして恨み憎しみの連鎖が永遠に続く事になる -


「……それは、させません」


- ならばあやつを止めるがいい -


「ですがご先祖様、拙者にはどうすればいいのか分かりません」


- 彦右衛門殿から教わったであろう。あの技なら、出来る -


「あれですか? でもあれは彦右衛門殿ですら習得出来なかったと聞きました」


- 大丈夫、お主なら -


「いえ。拙者などでは到底」


- グダグダ言うちょらんで、ちゃっちゃとやりゃせんかああ! -


「ひいいいっ!? わ、分かりました!」

 三郎は慌てて刀を鞘に収めた。



「ん? 観念したのか?」

 マンモスが首を傾げて尋ねるが、三郎は答えずに目を閉じた。


「そうか、では」

「させないわよ!」

 文車妖妃が手をかざすと青白い光の文字が現れ、マンモスの体に纏わりついた。


「ぐっ!? う、動けん!」

「言霊の呪縛、そう簡単に振り解けないわ」


 そして、三郎が静かに柄に手をかけ


「……はっ!」

 抜刀すると切っ先から一筋の光が放たれ


「パオーーーー!?」

 マンモスの胸を貫いた途端、その全身から黒い霧が吹き出し、すぐに消えた。



「え? ど、どうなっているのだ? 心の憎しみが消えている?」

 マンモスは自分の胸を押さえ、戸惑っていた。


「今の技は、心の闇を祓うものだ」

 三郎がマンモスに話しかける。

「そ、そうか。だが」


「少なくともこの世界で、これ以降無意味な乱獲は無い」

「ええ。将来天下統一する二人なら、大丈夫よ」

 三郎と文車妖妃が続けて言った。


「……その言葉、信じていいのか?」

 マンモスが尋ねると、二人は無言で頷いた。


「分かった。では行け」

 マンモスがその場に腰を下ろし、後ろを指して言った。

 

「いいのか? 拙者達は」

「討たずとも制する事が出来るのだろ?」

「いや、大妖魔相手にそれは」

 三郎はそう言いかけたが、マンモスの真剣な眼差しを見て


「……はい、出来る限りの事はします」

 口調を改めて言った。


「頼む。あの方はオレ達の境遇を嘆いてくれた。そのような方が悪者とは思えん」

 マンモスは二人に頭を下げた。


「文車妖妃殿?」

「私が見えている通りならね」

 文車妖妃が頷くと

「分かりました。それで、あなたはどうするのです?」

 三郎がマンモスに尋ねる。


「戦いが終わったらここから去って、動物達を守るつもりだ。だが大妖魔様が勝ったなら、処罰を受ける」


「それはダメよ。それよりあなたを仲間達がいる時代に送ってあげるわ」

 文車妖妃がそう言った。


「な、なんだと!? そんな事が出来るのか!?」

 マンモスが驚きの声を上げた。

「ええ。ある意味大妖魔のおかげでね」

「どういう事だ?」

「ここは大妖魔の力でなのか、時の河へ繋がりやすくなっているのよ。だからそこへの道を開ければ時の流れを遡れるわ」

「本当に、オレはあの時代に帰れるのか?」

「ええ。そして仲間達を守ってあげて」


 文車妖妃はそう言った後、三郎の方を向き

「これ、他言無用だからね」

 三郎は分かってるとばかりに頷いた。


「じゃあ」

 文車妖妃が手をかざすと、宙に青白く輝く文字が現れ、それがやがて扉の形を取った。

「故郷を頭に思い浮かべながらこの扉を開けて。そうすれば戻れるからね」


「ああ、ありがとう。そっちも良い方へ行くよう祈る」

 マンモスがそう言って扉を潜った次の瞬間、そこに最初から何もなかったかのように消えた。



「……拙者達の世界でも、滅びていく動物がいるのですね」

「動物もだけど、侵略行為で滅んだ民族もいるわよ」

 それを聞いた三郎が俯く。


「後でたけぞうさんと彦右衛門さんに聞いて。あなたの一族の道程は、無駄じゃなかったって分かるから」

「え?」

 三郎は顔を上げて文車妖妃を見つめるが


「さ、行きましょ」

「は、はい」

 二人は先へ進んでいった。

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