第84話「復讐と再会」
また別の場所では、彦右衛門と香菜が話しながら進んでいた。
「ねえ、あなた」
「ん?」
「不謹慎ですけど、わたし今嬉しいんです」
「拙者と共に旅が出来るのがか?」
「そうですよ。こうしていろんな事を見たり聞いたり出来ますからね」
「すまぬな。家の事は任せっきりで、拙者ばかり旅をして」
「あなたには御役目があるのですから、気にしないで」
「……そうだ、これが終わったらしばらくお暇を頂くつもりなので、三人で姉上の所に行こうではないか」
「それとお墓参りもですよね」
「ああ。父上と母上にも香菜と藤次郎の顔を見せて差し上げたいしな」
そして、大きな空洞に着いた時。
「ん? 誰かいるな」
そこにいたのは、牛頭の鬼だった。
その手に大きな金棒を持っている。
「あら、ある意味戦いそびれていた相手ですね」
「そうだな。さて」
二人が身構えながら言うと
「よく来たな。ここは、ん?」
牛鬼は何故か彦右衛門を見て、硬直した。
「ん? どうしたのだ?」
彦右衛門が首を傾げると
「ダメですよ。この人はわたしの旦那様です」
香菜が彦右衛門の前に立って言う。
「こら、あれは男だろ」
「男でもいいのかもしれませんよ」
「あのなあ」
「俺にそんな趣味はない。それより少し、俺の話を聞いてくれ」
牛鬼が金棒を下ろして言う。
「どうします?」
「ん、聞こうではないか」
そう言って彦右衛門と香菜も構えと解いた。
「すまない。では」
牛鬼が話し出した。
それはお前達の世界での、二十年程前の事だ。
俺は元は人間で貧乏農家の三男だったが、図体ばかりでかくてとんと役立たずの男だった。
何をやってもてんでダメ。野良仕事もダメ。
町に奉公に出されたが、そこでもダメで暇を出される始末だった。
里に帰っても邪魔なだけ、もう死のうかと河原で泣いていた時、通りかかったお侍に声をかけられたのだ。
俺が理由を話すと
「あなたは役立たずではなく、自分が出来る事を知らないだけだよ。さあ、うちでゆっくり出来る事を探しなさい」
そう言って俺の手を取ってくれた。
その手が、その言葉が、とても暖かく感じた。
気がつけば、また泣いていた。
いや、嬉しくて泣いていた。
そんなふうに言ってくれた者など、誰も居なかったから。
それからの俺は主の奉公人として何でもさせられた。
向いている事があればその仕事を、他家の奉公人達が誰々はこれが得意そうだからそうすれば、と意見する場も設けられた。
そこで紹介された河川工事の人足をしているうちに、もっといい手はないかとか、作業が捗る道具を作れないかと考えるようになった。
そしてそれらが認められて、俺は人々の役に立てるようになった。
それもこれも、主のおかげだった。
さあ、これからもという時に……。
藩が謂れなき罪で取り潰され、お殿様は切腹させられ、主もお殿様に殉じて亡くなられた。
俺は幕府を恨んだ。
お殿様を、旦那様を死なせた将軍なんか殺してやると江戸へ向かおうとした時、俺の前に大妖魔様の影が現れ、この異界に連れて来られた。
そして大妖魔様に引き合わされ、「復讐がしたいなら妖魔となればいい」と言われたのだ。
俺はそれを受けて、妖魔牛鬼となった。
そして力を蓄え、憎き幕府を倒す日を夢見ていた。
「何故、それを拙者達に話す?」
彦右衛門が話が途切れたのを見計らって、訝しげに尋ねる。
「……あんた、似ているんだよ。俺の主にな」
「何?」
「最初に見た時は驚いたよ。本当に似ている」
牛鬼は懐かしそうに彦右衛門を見つめ
「だからというのもあってな、俺はあんた達を討ちたくないのだ。頼む、見なかった事にするから早くここから去ってくれ」
「すまぬが、それは出来ん」
彦右衛門が頭を振る。
「そうか。……では、倒させてもらう」
牛鬼は金棒を構え、気を練り始めた。
「あなた、あの人ってもしかすると」
「ああ、思い出した」
「やはりですか。それでどうします?」
「まずは悪しき縁を追い出すとするか」
そう言って彦右衛門は刀を構え、香菜は術を唱え始めた。
そして
「くらえ!」
牛鬼が金棒を振り上げた時
「雷轟電撃!」
香菜が手をかざして雷を落とすと、それは彦右衛門が振り上げた刀に当たった。
「ん? ……ま、まずい!」
牛鬼が何かに気づき、慌てて防御しようとしたが
「鳳凰一文字・大電撃!」
彦右衛門が雷を乗せた衝撃波を放つと
「グアアアーーー!」
牛鬼はそれを受け止めきれず、壁まで飛ばされた。
そして
- ギャアアアーー! -
全身から黒い霧が溢れ出し、すぐに消えた。
「上手くいったな」
「ええ。たぶん深い所にいたから、強い一撃じゃないと追い出せませんでしたよね」
「うむ。しかしこんな技よく思いついたな」
「たけぞうさんとお鈴さんが合わせ技をしているのを見て、わたし達もと思ったのですよ」
「ははは。さて」
「ええ」
彦右衛門と香菜は倒れた牛鬼の側に寄った。
「ぐっ、殺せ」
牛鬼が顔を上げて言うと
「いいや死なせませんぞ。吾作さん」
彦右衛門は牛鬼をそう呼んだ。
「え、何故俺の名を知っている?」
牛鬼が驚き戸惑うと
「ふふ、拙者はそんなに父上に似ていますか?」
彦右衛門が笑みを浮かべて言った。
「え? ……ま、まさか?」
「ええ、拙者はあなたの主人である
「わ、若様!?」
牛鬼、いや吾作が起き上がり、彦右衛門達の前で手をつき
「こ、こんなご立派になられて、うう」
吾作は涙を流しながら彦右衛門を見上げた。
「もう二十年ぶりですな。拙者もまた吾作さんに会えて、嬉しく思いますぞ」
彦右衛門は吾作の手を取り
「拙者も幼い頃は幕府を恨んだものです。何故父が、母が、殿が死なねばならなかったのだと」
「そうでしたか。若、いえ彦右衛門様も」
「ええ。だが恨んだ所で父上は帰ってこない、それより父上のような立派な侍になってくれと、姉上に諭されましたよ」
「お嬢様とてお辛かったはずでしょうに、うう」
吾作は目に手をやってまた泣き出した。
しばらくして、泣き止んだ吾作が尋ねる。
「そうだ、お嬢様は今どうされているのです?」
「吾作さんもご存知の商家に嫁ぎましてな。今は五人の子の母ですぞ」
「おお、それはまた」
「うちにも息子が一人いますよ。それとうちの人、今は宇和島藩の御家老様なんですよ」
香菜が彦右衛門を指して言った。
「なんと……彦右衛門様、お父上を越えられましたな」
吾作がまた目を潤ませる。
「いやいや。拙者などまだまだですよ」
彦右衛門が照れくさそうに手を振った。
「越えているか分かりませんが、聞いている感じでは義父上様も心優しくお強い方だったのですね」
香菜がそう言うと
「ええ奥方様。彦九郎様は本当に誰からも愛され敬われる御方でした。お殿様ですら『我が父とも兄とも思う』と仰られたとか」
「そうでしたか。わたしもお会いしたかったなあ」
香菜は上を向いて呟いた。
「さあ吾作さん、共に行きましょう」
彦右衛門が言うと
「いいえ。彦右衛門様にお仕えしたい気持ちもありますが、大妖魔様を裏切りたくはありません」
吾作が首を横に振る。
「だが、拙者達は大妖魔を倒しに来たのですぞ」
「分かっています。ですが、彦右衛門様ならあるいは」
「心で制する事が出来るかも、ですか?」
香菜がそう言うと
「ええ。あの方は俺と同じかもしれませんから」
「どういう事です?」
「たぶんですが、何かを恨んでいるのではと」
「うむ、出来るだけやってみます」
彦右衛門が頷きながら言うと
「お願いします。俺は邪魔にならないよう、ここでお待ちしています」
「いえ。大妖魔が何かするかもしれないから、やっぱり一緒に」
香菜がそう言いかけた時
- うん、何かするよ -
何処からともなく声が聞こえたかと思うと
「ギャアアアーー!?」
吾作が突然降ってきた雷に打たれた。
「吾作さん!?」
香菜が驚きの声を上げ
「大妖魔だな!? 何処にいる!」
彦右衛門が抜刀して辺りを見渡すが
「あなた、あれを見て!」
「何だ? ……え?」
香菜が指差す方を見るとそこにいたのは、壮年の男だった。
「あ、あれ? 俺、人間に戻ってる?」
それは吾作だった。
「ど、どういう事だ?」
- 消そうかと思ったけどさ、これまでの働きに免じて、力を取り上げて追放する事にするよ -
「な、何だと?」
- さあ、元の世界で苦しめ -
声が聞こえなくなった後、吾作の体が光り輝きだした。
「彦右衛門様、先に戻ってお待ちしています」
吾作が頭を下げて言った。
「ええ。また会いましょうぞ」
「はい。それと……様をよろしくお願いします」
そう言った後、吾作の姿が消えた。
「大妖魔って、悪者ではないのでは?」
「うむ。それでもこの世界を乱しているのは、何か理由があるのかもな」
「ええ。そして吾作さんが言ったのって、たぶん大妖魔の名前ですよね」
「……その名、偶然か?」
「いえ。大事な方だと仰ってましたから、何か関係があるのかもしれませんよ」
「あの御方は肝心な事を言わんからなあ。さて、行くか」
「ええ」
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