第85話「想う心」
「落ちる時に少し見えたが、皆二人ずつ分かれて落ちていったようだ」
「おれも見えたよ。やっぱ心配だよね」
お鈴とたけぞうが話しながら進んでいた。
「ああ。皆もだが、琉香が危ない目に遭ってなければいいが」
「仲間であると同時に友達の子供だしね。もし何かあったら顔向け出来ないよ」
「そうだな。それにどうやら悠と求愛も」
「うん、悠ってたぶんあいつの弟なんだろな」
「私もそう思った。何処となく彼に似ているしな、ん?」
お鈴が何かに気づいたようだ。
「あれ、誰かいるね?」
そこにいたのは、白い着物姿で暗い表情の若い女性だった。
目に光が無いようにも見える。
「あの、あんたここで何してるの?」
「もしや、妖魔に攫われて来たのですか?」
たけぞうとお鈴が続けて尋ねると
「……死ね」
女性の顔が突然蛇のように変わった。
「!?」
「へ、蛇の化身か!?」
二人が慌てて身構えようとしたが
「死ね」
女性、蛇女の髪が勢いよく伸び、それが二人の全身を締め付けた。
「うわあっ!?」
「ぐうっ!?」
「愛しいあの御方に近づく者、死ね」
蛇女がニタァ、と笑いながら言う。
「ぐ、ぐ。ダメだ、解けない」
たけぞうが藻掻きながら言うと
「……はあっ!」
お鈴の全身から炎が吹き出し
「ギャアアアーー!」
炎で髪が燃えた蛇女がのたうち回っていた。
「ふ、ふう。上手くいったな」
「お鈴さんってそんな事も出来たんだ」
「ああ。似たような技をお姉様から習ったのだ」
「え、お姉さんがいたなんて聞いてないよ?」
たけぞうが首を傾げると
「あの世界でお会いした剣聖女様の事だ。ああ、お姉様」
お鈴は何があったのか知らんが、頬を染めてうっとりしていた。
「ねえ、違う世界に行かないでね」
たけぞうが物凄く不安気に言うと
「それとこれとは別だ、それよりまだ終わってない」
お鈴が前を向くと
「おのれ、あの御方は私だけのもの。そう、私だけの」
燃えた髪がいつの間にか元に戻っていて、漆黒の闇の如き目でたけぞう達を見つめていたが
「近づくもの、死ね、しね、シネ……シねえエーー!」
突然奇声を発し、滅茶苦茶に暴れ出した。
「たけぞう、退避するぞ!」
「うん!」
たけぞう達は慌てて元来た道の近くにあった岩陰に隠れた。
「シャアアアーーー!」
蛇女はそんな事は知らんとばかりに暴れ続けている。
「しかしあの女、何なのだ?」
「うん、妖魔にしちゃ何か変だね?」
「アレは、妖魔ではない」
「え?」
声がした方を見ると、そこに黒い獅子の魔物が傷だらけで倒れていた。
「ねえあんた、まさかアレにやられたの?」
たけぞうがその黒獅子に尋ねると
「そ、そうだ。アレにいきなり襲われて、このザマだ」
黒獅子が倒れたまま言う。
「では、アレはお前達の味方ではない?」
お鈴が言うと
「そ、そうだ。俺もアレが何者なのか知らん。だがアレは、大妖魔様以外の全てを敵だと思っているようだ」
「たぶんだけど、言動からして大妖魔を愛している、じゃないかな?」
たけぞうがそう言うと
「そ、そうか。だが、アレは流石の大妖魔様でも、無理だろう」
黒獅子が苦笑いしながら言う。
「だね。アレはヤバ過ぎる」
「あ、ああ。……うっ!」
「大丈夫か?」
「今手当てするからね」
たけぞうとお鈴は悠から分けてもらった薬で黒獅子の傷を塞いだ。
「く、すまない。敵である俺を……」
黒獅子が頭を下げて言うと
「気にするな。たとえ敵でも傷ついた者は放っておけん」
お鈴が慰めるように言う。
「そうか……すまないついでに頼む。アレをなんとかしてくれ」
黒獅子が顔を上げ、そう言った。
「いいけど、大妖魔には頼めないの?」
たけぞうが尋ねると
「頼み事をするのだ、話しておこう。今の大妖魔様ではおそらく無理だ」
黒獅子が頭を振る。
「え、どういう事?」
「大妖魔様はかなり前から力が不安定だったが、ここに攻め込んで来た大妖怪と戦った後、更に不安定になられたのだ」
「それ、親分さんが言ってた妖怪の事かな?」
「やはり大妖魔は深手を負ったのか?」
たけぞうとお鈴が続けて言う。
「ああ。あの時は俺達配下全員が肝を冷やした。だが、最後は大妖魔様がなんとか追い払ったのだ」
「そうか。しかし大妖魔はよくそんな状態で結界を張れたな?」
「いや、結界は俺が張ったのだ。もし今あの大妖怪と同等以上の強者が来たら、ひとたまりもないと思ってな」
「す、凄いねあんた。おれ達も光の玉がなければ無理だったよ」
たけぞうが震えながら言うと
「ふふ。命を削ってまで張ったのだから、どんな力でも絶対に破れんと思っていたのになあ」
「おま、いやあなたはなんというか、忠義の士だな」
お鈴が口調を少し改めて言う。
「ああ。あの方は、お前達が思っているような方ではないからな」
「何だと?」
「これはおそらく、ここでは俺だけが知っている事だが」
そう言って黒獅子が話した秘密を聞いた二人は
「え!?」
「そ、そうなのか!?」
思わず後ずさって驚きの声を上げた。
「ああ。だから……ギャアアアーー!?」
黒獅子が突然炎に包まれたかと思うと、あっという間に燃え尽きた。
「それ、私だけが知ってればいいの」
どうやら正気を取り戻した(?)蛇女がたけぞう達を見つけ
「だから、知っているあんた達、シネ」
今度はたけぞう達に向けて炎を放ったが
「うわっ!」
「ぬうっ!」
二人はそれを素早く避けた。
「避けるナ。燃えてシネ」
漆黒の闇のような目で二人を見つめる蛇女。
「お鈴さん!」
「ああ!」
たけぞうとお鈴が刀を構え、炎と水の力を合わせて放ったが
「キかない」
なんと髪の毛を長く伸ばし、壁にしてそれを防いだ。
「な、なんだと!?」
「サッさトしんデ。でナイといタイよ?」
蛇女の口から濁った声と鈴のような声が混ざったり交互に聞こえ出した。
「な、なんだよあいつは?」
「あ、ああ」
たけぞうとお鈴は得体のしれない恐怖を感じた。
「さ、バらばラになレ」
蛇女がそう言った途端、その髪の毛から無数の刃が飛び出した。
「うわっ!」
「はあっ!」
だが、二人共それらを二刀と長刀で打ち落としていった。
「ねエ、ハヤク死んデ」
「そう言われてはいそうですか、と死ぬ訳ないだろが!」
お鈴が叫び
「くっそ……そうだ、そりゃああ!」
たけぞうの全身から清き水が吹き出し、刃を押し流し
「!」
それが蛇女の全身に突き刺さったが
「あ、アア、これ、キモチ、い」
蛇女は恍惚の表情で悶え始めた。
「!?」
たけぞうが顔面真っ青になって後退り
「う、う。いや」
お鈴は気を失いかけたが、なんとか堪えた。
「あ、ア、あ」
蛇女はまだ悶えている。
「よ、よし。この隙に斬ろう」
「いや待って、あいつはたぶん悪しき縁に取り憑かれてるんだよ」
「ん? それはどういう事だ?」
「聞いた話ではそれは妖魔の一歩手前みたいなもんだけど、場合によってはそっちの方が強いんだって」
「だが、どちらにしても祓える……そうか、あれをだな?」
お鈴が思い当たった事を言うと
「うん。でもおれはどうやっても使えないんだ。お鈴さんはどう?」
「試した事が無いので分からないが、やってみる」
「うん。じゃあ攻撃してきたらおれが防ぐからさ、お願い」
たけぞうはお鈴の前に立ち、構えを取った。
「何かを強く思えば、か」
お鈴は目を閉じ、刀を構えた。
すると、その体が白く輝き出した。
「出来た! よし!」
お鈴が上段の構えを取った。
「ナにかワカらナいケド、それ、じゃマ」
気がついた蛇女がまた刃を放ったが
「でりゃあああ!」
たけぞうがそれを打ち払っていき
「……はあっ!」
お鈴が長刀を振り下ろすと、切っ先から一筋の光が放たれ
「キャアアアーー!」
それが蛇女の胸を貫いた。
「やったね。それこそ『心力』だよ」
「ああ、私にも出来るとはな」
「おれはお鈴さんなら出来ると思ったけどね」
「え、何故だ?」
「何故って、心が綺麗だからだよ」
それを聞いたお鈴は真っ赤な顔で俯いた。
そして、蛇女の体から黒い霧が吹き出した後
「あ、あれ? 私、何をしてたの?」
蛇女の顔が人間のそれになり、禍々しい気配が消えていた。
「うわ、こうして見るとかなりの美人……痛い痛い!」
お鈴は無言でたけぞうの頬を抓っていた。
「あのう、私は
蛇女、明香が尋ねてきたので二人はこれまでの事を話した。
「そうでしたか。私、そんな事を」
明香が俯く。
「ねえ、あんたって大妖魔に会った事あるの?」
たけぞうが尋ねる。
「いえ。ですが時折夢に出て来たのです」
そう言って明香が話し出した。
ある日の事でした。
夢の中で私は、とても綺麗な花が咲く場所に立っていました。
私はこれが夢とすぐに分かり、花を眺めていると
そこに凛々しく優しげな雰囲気の男性が現れました。
それがあの御方。
聞けば私から何やら強い力を感じ、探りに来たと仰ってました。
その日は少し話して終わりましたが、その後も時折現れては私に色々な事を聞いてきて、また自分の事も話してくれました。
私も最初は変な方と思っていましたが、話しているうちに、いつしか……。
けど、いつの頃からか逢えなくなりました。
それが悲しくて、悲しくて。
いつ逢えるのだろうと想い続け。
いえ、もしかすると他に好いた方がいるのではと思ったら、その誰かが憎らしくなって……。
気がつくと、ここにいたのです。
「強い力、おそらく心力だろうね」
「大妖魔をそれ程想っていたから目覚めたのだな」
「うん。ただ悪い方にいっちゃったけど」
「あのう、私も一緒に行ってもいいですか?」
明香が二人に尋ねる。
「え? ああ、あなたならもしかすると、大妖魔を説得出来るやもしれないしな」
お鈴が頷くと
「よかった。……様が悪い方とは思えませんから」
明香は胸を撫で下ろした。
「え、それって大妖魔の名前?」
たけぞうが驚きながら尋ねると
「はい。親しい方にだけ教えているって……私だけだったら、よかったのに」
そう呟いた明香の顔が、一瞬蛇女に変わったかのように見えた。
「え、えと落ち着いて」
たけぞうがおそるおそる言うと
「あ、すみません。こんな気持ち初めてで、つい」
明香は笑みを浮かべて言った。
「この娘、嫉妬深いのは素なのだな」
お鈴が震えながら呟いた。
「さ、さて、そろそろ行こうよ」
「ああ」
たけぞう達は先へ進んでいった。
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