第86話「総攻撃」

 長い洞窟を抜けると、そこは城の中庭だった。

 目の前に大きな漆黒の城が立っている。


「やっと着いたね」

「ああ。しかし相変わらず気配を感じないな」

 たけぞうとお鈴が城を見上げながら言うと


「いえ、この辺りにいますよ。私には分かります」

 明香も城を見つめながら言った。


「そうか。ところで皆はまだ来てないようだが」

 お鈴がそう言った時


「たけぞう、お鈴殿。無事だったか?」

 彦右衛門と香菜がやって来て

「皆さん、ご無事でなによりです」

 三郎と文車妖妃、他の者達も続々と集まり


「ふう。やっと皆に会えたわ」

 最後に琉香と黒羽が歩いてきた。


「あれ、二人共何で着替えたの?」

 たけぞうが首を傾げると

「変態妖魔に衣服を切り裂かれたのだ。まあそいつは俺と琉香で倒したが」

 黒羽がしかめっ面になって言うと


「うん。もしそいつがまだ生きてたら、おれ達が切り刻んでたよ」

「可愛い妹分と友人の娘さんに何という事をするのだ、その妖魔は」

 たけぞうとお鈴は額に青筋を立て、拳を握りしめた。


「うわ、お鈴さんにもバレてる」

 琉香が思わず後退ると

「ええ、琉香の両親とは共に戦った間柄だし。まあ、終わってからね」

 お鈴が笑みを浮かべて言った。


「兄者、姉者。俺の事でそんなに怒ってくれるだなんて」

 嬉しさのあまり思わずほろりと涙を流す黒羽だった。



「あの、その方は?」

 香菜が明香を見て尋ねると

「この人はね」

 たけぞうが訳を話しだした。



「私、明香さんの事は見えなかったわ?」

 文車妖妃が首を傾げると

「ですが、大妖魔の正体はご存知ですよね?」

 お鈴が尋ねる。

「ええ。薄々気づいている人もいるでしょうけど、大妖魔はね」



「よくここまで来たね」

「!?」

 そこにいたのは、短髪で白装束を纏った十二、三歳位の少年だった。


「あれが大妖魔?」

「ええ。お姿が幼くなってますが、間違いありません」

 明香が頷く。


「皆ようこそ。僕はあんた達が倒しに来た者だよ」

 大妖魔が皆を見渡して言う。



「不安定どころか、気を感じないよね」

「ああ。ただの少年にしか見えん」

 たけぞうとお鈴がそう言い


「それに、あの亀殿が言っていた雰囲気も感じません」

「優しげな雰囲気だって熊さんが言ってたけど、それも無いチュー」

 傳右衛門と鼠之助が首を傾げる。


「で、どうしますか?」

 三郎が皆に尋ねると


「まずは拙者に話させてくれ。大妖魔、殿。先程の事をお礼申し上げる」

 彦右衛門が前に出て、頭を下げて言った。 


「ん? 僕あんたになんかしたっけ?」

 大妖魔が首を傾げると

「吾作さんを元に戻し、元の世界に帰した事だが」


「うーん、僕はそんな事知らないんだけどなあ?」

 大妖魔はまた首を傾げた。

「何だと?」

「ま、あいつは良く働いてくれたから、ご褒美って事でいいか」

 柏手を打って言った。


「本当に知らぬのか?」

「どうでもいいだろ。それよりさ、あんたら全員ここに来てよかったの?」

 大妖魔が全員を見渡して言う。 


「それはどういう事だ?」

 三郎が問う。

「分からない? 僕の目的は知ってるよね?」

「勿論知っているが……え、まさか」

 三郎の顔が青ざめていく。 


「分かったようだね。今頃手下達が向こう側で、総攻撃をかけているよ」


「な、なんだって!?」

 全員が驚きの声をあげた。


「どれ、見せてあげるよ」

 大妖魔が手をかざすと、宙に映し出されたのは……


 たくさんの骸骨兵や魔物と戦う志賀之助と一学だった。


「志賀之助さん、一学さん!?」

 映像を見たたけぞうが叫び

「あ、あれ程の数がまだいたとは」

 彦右衛門が震えながら言うと


「手の空いている部下達も呼んでいましたが……ぐ」

 三郎の見つめる先には、十数人の隠密達が傷つきながらも戦っていた。


「残っていた強者は皆向こうへ送っちゃったからね。防ぎきれるかなあ?」

 大妖魔は無表情のままそう言った。




「ぐぬ、ワシらだけじゃキツいでごんす」

「八幡大菩薩様は結界を維持し、阿国殿やお子達、里の女子供を守るので手一杯ですからね」

 志賀之助と一学が息を切らしながら言い


「ぐ、申し訳、ありません。お役に立てず」

 隠密の一人が膝をついて言うと

「いいえ。皆さんがいなければ、それがし達はもうやられていましたよ」

「そうでごんす。さあ、下がって少し休んでくれでごんす」

「いえ、まだいけます」

 隠密が立ち上がって刀を構え


「どんな事があっても奥様と若を、皆を守るぞ!」

「おお!」

 与七以下里の男達も武器を取り戦っていた。



「ふふ、何処まで持ち堪えるかな」

 それらを指揮していたのは、大妖魔の影である烏天狗の妖魔だった。




「げ、あいつ封印が解けたの!?」

 たけぞうがまた驚き叫ぶと


「あいつは僕に一番近い分身だもん。龍神の封印なんて数年どころか、ひと月で破れるさ」

 大妖魔が表情を変えずに言う。


「ぐ、それならあれは邪神みたいなものね」

 文車妖妃が映像を見ながら言い

「では、やはり大妖魔は」

 お鈴が大妖魔を睨みつけた。




「大将。あの強者二人は儂にやらせてくれないか?」

 黒い鷹の魔物が烏天狗の側に来て言うと

「うむ、任せる」

「おお!」


 黒鷹は瞬く間に志賀之助と一学に近づき


「ぐおおっ!」

「うわあっ!」

 爪と妖術で攻撃し、あっという間に二人を追い詰めていった。



 一方、屋敷の中では

「八幡大菩薩様、私も皆さんと一緒に戦わせてください! 私の退魔の舞ならある程度は退けられます!」

 阿国は八幡大菩薩が映し出した映像を見た後、泣き叫ぶが


「いいや、今のそなたは自分が思っている以上に弱っている。だからおとなしくここにいるのだ」

 八幡大菩薩はそう言って阿国を宥める。


「ですが、このままじゃ皆さんが」

 阿国が項垂れると

「間に合うはずだ、信じてくれ」

「え?」




「ぐ……このままでは皆が」

 一学が膝を付いて言うと

「まだ諦めるには早いでごんす」

 志賀之助がふらつきながら言う。

「ですが、何か手が」

「あるにはあるのだが、それをするとなあ」

 志賀之助が顔を曇らせると

「ははは。どうぞお気になさらずやってください」

 一学は何かを察し、笑いながら言った。

「すまぬでごんす。こんないかつい男とだなんて嫌だろうが」

「最高の友と一緒になら、悔いはありませんよ」

「……ありがとうでごんす。では」


 そう言って志賀之助は柏手を打って四股を踏んだ後、両腕を広げて目を閉じた。


 すると、彼の体が光り輝き出した。




「え、何をする気?」

 たけぞうが首を傾げ

「まさか、志賀之助さんもあれ習ってたのかチュー!?」

 鼠之助が叫んだ。


「な、なんだあれとは?」

 彦右衛門が尋ねると

「果心居士さんが教えてくれた、気を貯めて一気に爆発させる術だチュー! けどおいらさっき使って心の臓が止まったチュー!」


「何だってええ!?」

 皆がまた叫んだ。


「鼠之助は熊さんのおかげで息を吹き返したポコ。けどあの人は大丈夫ポコか?」

 かすみが震えながら言うと

「志賀之助さんなら普通にやれば大丈夫だけど、それだとあいつらを倒す程にはならない。だ、だから」

 文車妖妃も震えながら言う。




「ぐ、まずい! そいつに術を使わせるな!」

 烏天狗が焦りながら言うと

「分かった、奴を道連れにしてでも防ぐ!」

 黒鷹が舞い上がり、志賀之助目掛けて急降下していった。


「日下開山一世一代の土俵入り、邪魔はさせん!」

 一学がそれを迎え撃とうとした時


- ああ。だが死出の旅は邪魔させてもらうぞ -

「え?」



「ギャアアアー!」

 黒鷹が突如飛んできた光弾に飲み込まれて消えた。



「な、何が起こったのだ?」

 一学が呆然としていると


「志賀之助殿、一学殿。久しぶりだな」

 二人の後ろから声をかけてきた者がいた。




「え!?」

 たけぞう達が驚き


「おや?」

 大妖魔が首を傾げた。




「ん? おお!」

 志賀之助が目を開け振り向き


「き、来てくださったのですか。龍之介殿」

 一学がその者の名を呼んだ。


 そこにいたのはかつて共に戦った槍術の達人、本多龍之介だった。

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