第87話「駆けつけた者達」

「間に合ってよかった。もし二人が死んだ後だったら、悔やんでも悔やみきれなかったぞ」

 龍之介が二人の側に寄り、ほっとした表情になる。


「すまぬでごんす。もうこれしかないと思ったでごんす」

 志賀之助が項垂れる。


「いや、私とて同じ状況だったら……とにかく、もうしてくれるな」

「おお。龍之介が来てくれたのだからな」


「しかし龍之介殿、国を離れてもよろしかったのですか?」

 一学が尋ねると


「王様も承知の上です。というより『さっさと仲間を助けに行け!』と怒鳴られましたよ」

 龍之介の後ろから姿を見せたのは、金色の短い髪で、白銀の西洋風の鎧を身に纏っている女性。


「ジャンヌ殿も。お久しぶりですね」

 一学が笑みを浮かべてその女性、ジャンヌ・ダルクに話しかけた。


「はい。それとこんな時に何ですが、私達はあのしばらく後に祝言をあげました」

 ジャンヌが龍之介に寄り添って言う。


「おお! それは目出度いでごんすな!」

「ええ。ですが今は」


「分かっている。ではジャンヌ、頼む」

「はい」

 龍之介がジャンヌの方を向くと、彼女は剣を抜き、高々とかざした。


「え?」

「あの、何を?」

 二人が首を傾げた時


「……光、あれ!」

 ジャンヌがそう叫ぶと切っ先から眩い光が放たれ、それが辺りを照らし、


「え!?」

「な、なんじゃこれは!」

 志賀之助と一学、離れた場所にいた隠密達、里の男達の傷が塞がっていった。




「あ、あれは回復の術ですが、あんな大勢を一度にだなんて」

 悠がやや驚きながら言う。


「ふえええ、ジャンヌさんってあんなこと出来たの?」

 たけぞうも驚きながら言うと

「向こうで教わったみたいね。しかしあの姿、まさに聖女ね」

 文車妖妃が頷きながら言った。



「も、元からべっぴんじゃったが、今は更に綺麗でごんす」

「というか、言葉で言い表せないですよ」

 志賀之助と一学が見惚れていると


「こら、ジャンヌは私の大事な大事な妻だぞ」

 龍之介が苦笑いしながら言うと

「はは、誰も取りゃせんでごんすよ」

 志賀之助が笑いながら言うが

「ちょっと爆発してくれませんか?」

 一学は少しむっとしながら言った。



「すみません。まだ完全には出来ないので、少ししか治せませんでした」

 ジャンヌがそう言って頭を下げた。


「充分ですよ。さあ行きましょう」

「おお!」

 そして四人は魔物や骸骨兵達を次々と倒していった。




「そうでしたか、あの二人にも声をかけてらしたのですね」

 阿国が映像を見て言うが

「呼んだのは龍之介だけだったのだがな」

 八幡大菩薩は顔をしかめ、気まずそうにしていた。

「え? ジャンヌさんが来たらまずいのですか?」

 阿国が尋ねると、八幡大菩薩は少し間をおいて答えた。

「彼女の腹には子がいるのだ」

「ええええ!? ちょ、それは放ってたらダメでしょお!」

 阿国が慌てて外へ駆けていこうとしたが


「待て。私が他心通で彼女を説得するから、じっとしていてくれ」

 八幡大菩薩がその腕を掴んで止めた。

「いえ、直接説得に行った方が!」

「だから危険だと……って、こらあああ!」

 八幡大菩薩が珍しく怒鳴り声を上げ


「え? キャアアア!」

 阿国が後ろを向き、悲鳴をあげた。


 どうやら話を聞いていた藤次郎と松之助が、あっという間に外へ飛び出していったようだ。




「ギャアアアーー! 二人共何してんだよおおーー!」

「松之助ええ!」

「藤次郎、戻れええ!」

 親達が叫び声をあげ


「……どうなるかな?」

 大妖魔がボソッと呟いた。




「ふう、王様から頂いたこの剣、凄いわね」

 ジャンヌが剣を振るいながら呟いた時

「お姉さん、お姉さん」

 藤次郎と松之助がジャンヌの元に着き、話しかけた。


「あ、あなた達、こんな所にいては危ないですよ! 早くあっちへ!」

 ジャンヌが屋敷の方を指して言うが


「うん。だからお姉さんも一緒に屋敷に来てください」

「そうだよ、お姉さんとお腹の赤ちゃんが危ないよ!」

 二人が続けて言った。

「え、何故知っているの? ……と、分かったわ。行きましょう」

 ジャンヌはとりあえず二人を連れて行くのが先と、屋敷へ足を向けた時


「ジャンヌ、危ない!」

 龍之介の声が聞こえた。

「え?」

 振り返ると、そこにいた黒い魔物が大鉈を振り上げていた。


「!」

 ジャンヌはすかさず藤次郎と松之助を抱き寄せ、横に飛び退いた。


「グヘヘヘ、バラバラにしてやる」

 魔物が下卑た笑い顔で言い


「馬鹿者が!? そのガキ達は捕らえろと言ったではないかあ!」

 烏天狗が怒声をあげる。




「あいつ、目的さえ果たせたらもうどうでもいいみたいだねえ」

 大妖魔が無表情で言う。


「えええ!?」

 たけぞう達が驚き叫ぶ。


「あ、あの。こんな事言うのもあれですが、あいつを命令違反で始末してくれませんか?」

 駄目元で言う香菜だが

「無理だよ。こっからじゃ僕の力は届かないし、烏天狗も止められないんだろうね」

 大妖魔が首を横に振る。

「うう……」




「グヘヘヘ、バラバラ、バラバラ」

 魔物がジャンヌ達にゆっくり近寄る。


「くそお!」

 龍之介達が魔物に向かっていったが


「邪魔」

「ぐあっ!?」

 慌てていたせいで魔物が放った気孔弾をまともに受けてしまい、その場に倒れた。


「くっ、この子達だけは、なんとしてでも」

 逃げても撃たれると思ったジャンヌは剣を構え、魔物に立ち向かおうとした。

 だが

「させないよ」

「うん!」

 藤次郎と松之助がジャンヌを庇うように前に出た。

「お願い、二人共下がって!」

 ジャンヌがややキツめに叫ぶが

「「赤ちゃんとその母を守らず逃げるなんて、武士のする事じゃない!」」

 二人が揃って同じ事を叫んで魔物を睨むと


「うっ!?」

 魔物はその気迫に怯み、動きを止めた。

 すると


- 幼いながらもその志、見事 -


 何処からともなく声が聞こえたかと思うと、黒魔物があっという間に真っ二つにされ、塵となって消えた。

 


「え、今のって?」

 ジャンヌが戸惑っていると


「大丈夫か?」

 姿を見せたのは藍色の忍装束を纏った目つきの鋭い男だった。


「え、ええ。あの、あなたは?」

 ジャンヌがその男に尋ねる。


「屋敷にいる主君の奥方様とお子を守りに来た、源右衛門という者だ」

 源右衛門。彼は三郎を天下人にしようとした忍集団の頭領だった。




「八幡大菩薩様はあの人にも声をかけていたのよ。残念ながらこっちには来れなかったから、阿国さん達を守ってもらう為にね」

 文車妖妃が説明すると

「そうでしたか……ありがとう、源右衛門」

 三郎は映像に映る源右衛門に向かって頭を下げた。




「源右衛門殿、と言ったか。私の妻を助けてくれた事、礼を言う」

 気がついた龍之介が側に駆け寄って言うと

「いい。それより早く奥方とこの子達を」


「ガキ共を寄越せえ!」

 そこに新手の魔物が襲ってきたが


「そりゃああ!」

 

「ギャアアアア!?」

 何かに横殴りにされ、塵となって消えた。


 そして、そこにいたのは大きな斧を持った鮫の化け物。


「あ、鮫蔵さんだ!」

 藤次郎がその鮫を見て嬉しそうに叫んだ。


「覚えていてくれたか。前に会った時は二つか三つだったのにな」

 鮫蔵が笑みを浮かべて言う。

「忘れませんよ。いっぱい遊んでくれましたから」

「はは。ではもう一働きしてくるから屋敷へ戻りなさい」

 鮫蔵はそう言った後、骸骨達に向かっていった。


「どうやら味方のようだな」

 源右衛門が鮫蔵の背を見つめながら言い

「ジャンヌ、その子達を連れて屋敷へ。私は彼と共に防ぐ」

 龍之介が槍を構えて、鮫蔵の後を追いかけた。




「あれ、鮫蔵は異界に婿に行ったのに?」

 たけぞうが首を傾げると

「その異界から呼んだそうよ。鮫蔵さんは向こうで修行して妖魔を倒せる程までになったからね」

 文車妖妃がまた説明する。

「そうでしたか。では終わったら礼を言った後、手合わせ願おうか」

 それを聞いた彦右衛門が嬉しそうに言った。




「源右衛門殿、来てくれて感謝するぞ」

 そこに与七達が駆け寄ってきた。

 すると源右衛門はその前に跪き

「ご老人。ここから共に戦う事を許して頂けるか?」

 顔を上げて言うと


「勿論じゃ。あんたが三郎様を大事に思っているのは分かっておるし、御一同が陰ながらこの里を守ってくれていた事も知っておるぞ」

 与七が頷きながら言う。


「やはり気付かれていたか。わざとらしく三郎様が奥方様を娶られた事、若君が生まれた事、色々な事を大声で話していたからな」

 源右衛門が苦笑いしながら言うと

「ああ。後でちゃんとお会いしてくれ」

 与七が源右衛門の手を取った。

「かたじけない。では皆、あやつらを倒すぞ!」

 源右衛門が立ち上がって号令を下すと、何処からともなく配下の忍び達が現れ、骸骨兵達に向かっていった。


「前線は我らに任せて、皆様は屋敷前で敵を防いでくれ」 

「分かった。皆、行くぞ!」

「おお!」

 与七達は先に行くジャンヌ達の後を追った。




「皆強いじゃん。もしあの時本気でかかってこられたら、おれやばかったよ」

 たけぞうは忍び達が次々と骸骨や魔物を倒していくのを見て感心し、

「……皆、本当にありがとう」

 三郎が目を潤ませた。




「あなた達、なんて危ない事するのよ!」

 戻ってきた藤次郎と松之助を阿国が大声で叱る。


「この子達は私を心配してくれたのですから、その辺で」

 それをジャンヌが取り成そうとしたが

「あなたもよ! お腹の赤ちゃんがどうなってもいいの!?」

 阿国が涙目で叫ぶのを見て、それ以上何も言えなくなった。


「すまぬ、私のせいだ。そなたがまだ龍之介に話していないからと思わず、彼に言えばよかったのだ」

 八幡大菩薩がジャンヌに頭を下げる。


「いえ、私が自重すればよかったのです。でも、皆さんの事を思うと……」

 ジャンヌが項垂れると

「怒鳴ってごめんなさいね。でも、もう出ないでね」

 阿国がジャンヌの手を取って言った。

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