第82話「愛するが為に」
一方、傳右衛門とおキヌは別の場所で交戦中だった。
「くっ、霊光弾が効かない!」
傳右衛門が鉄砲を構えながら言う。
「フォッフォッフォッ、そんなもので儂を倒せると思うたか?」
そう言ったのは大きな黒い亀の魔物。
どうやら甲羅で防いでいるようだ。
「あいつの甲羅硬すぎじゃし、頭を狙ってもすぐ引っ込む。どうすっと?」
羽衣になっているおキヌが尋ねる。
「一点集中し続ければ、あるいは」
傳右衛門がそう言った時
「カアアッ!」
黒亀は口から傳右衛門達めがけて黒い炎を吐き出した。
「うおおっ!?」
傳右衛門はそれを素早くかわすが
「うむ。それではこれはどうじゃ!」
黒亀は五月雨の如く雷を落とすと
「ギャアアアーーー!」
二人は避けきれずに倒れた。
「ほう、まだ気を失っておらんか」
黒亀が二人を見つめ、感心したように言う。
「う、う、おキヌさん、大丈夫ですか?」
傳右衛門が顔を上げて言い
「なんとか、生きとる」
人の姿になったおキヌが倒れたまま答えた。
「なあお主ら、大妖魔様に仕えぬか? それ程強いのじゃし」
黒亀が二人に向かって尋ねるが
「だ、誰が妖魔などに従うか」
傳右衛門が黒亀を睨むと
「のう、お主らは好きおうておるじゃろ?」
「は? え、えと……まあ、そうですが」
予想外の質問を受けた傳右衛門が狼狽えながらも答えた。
「だったら降参するがええ。死んでしもうては祝言をあげられんじゃろが」
黒亀が笑みを浮かべて言う。
「そ、そげん気遣いば無用じゃ。おい達はたとえ死んでも離れんぞ」
おキヌが顔を上げて言うと
「そうか。ではせめて苦しまぬよう、一瞬で消してやるわい」
黒亀はそう言って気を貯め始めた。
「ぐ、逃げようにも体が思うように動かない」
傳右衛門がふらつきながら立ち上がって言うと
「おいに考えがある。傳右衛門さあ、まだ霊光弾撃てっと?」
おキヌが立ち上がって尋ねた。
「え、ええ。さっきまでより威力は落ちるでしょうけど」
「それでもええ。それじゃあ」
「え、そんな事も出来るのですか?」
「今のおい達ならな」
「分かりました。では」
「おお!」
おキヌは再び羽衣となり、傳右衛門の体に纏わりついた。
「ん、何をする気じゃ?」
「こうするのですよ、はあっ!」
傳右衛門が黒亀の足元目掛けて霊光弾を撃つと
「ぬおっ!?」
その衝撃で黒亀がひっくり返った。
「よし、今じゃ!」
おキヌが人の姿に戻ったかと思うと、傳右衛門の姿が消え……
いつの間にかおキヌの胸に漆黒の胸当てがあった。
「な、何をする気じゃ!?」
「うりゃああ!」
おキヌは素早く黒亀の首を脇で締めた。
「こんまま落としてやる!」
「甘いわ、儂はただの亀ではないのじゃぞ!」
黒亀が術でも使ったのか、浮き上がって振り払おうとしたが
「狙い通りじゃ! はあっ!」
おキヌはその勢いに乗って黒亀の首を絞めたまま飛び上がり
「な!?」
「うりゃああ!」
黒亀の脳天を地面に叩きつけた。
「あ、が」
そして、黒亀は気を失って倒れた。
「ふう、やったど。傳右衛門さぁのおかげ……あれ、どした?」
- あ、あ……おキヌさんの胸が顔に当たって -
「!?」
おキヌは真っ赤な顔で胸当てを外して投げ捨てた。
すると
「きゅ~」
そこに顔を真っ赤にし、鼻血を出して倒れた傳右衛門が現れた。
「だ、大丈夫か!?」
「う、すみません。しかし拙者も变化出来るようになるとは」
「あの術は交わった相手も使えるようになるけど、もうやらん方がいい?」
「いえ、なんとか慣れますので」
「慣れるって、どうやっと?」
「えと、それは」
傳右衛門が言い淀むと
「う、う」
気がついた黒亀が起き上がった。
「な、まだやる気ですか?」
傳右衛門が身構えながら言うと
「いや、儂の負けじゃ。とどめを刺すがいい」
黒亀は首を横に振って答えた。
「それはお断りします」
「あんたって妖魔じゃなかやろ。だから討たん」
傳右衛門とおキヌが構えを解いて言った。
「何を言うか、儂は」
黒亀は傳右衛門とおキヌの目を見た後、
「隠しても無駄のようじゃな。ああ、儂は妖魔となった元人間じゃ」
「何故、妖魔に?」
「それはな、最初は大妖魔様から受けた御恩を返す為じゃった」
黒亀はそう言って話し出した。
儂は若い頃、とある娘を好いておった。
それは村長の一人娘で、とても美しかった。
だが儂は遠くから眺めるだけ。
自分では釣り合わんと思うて、胸に秘めておった。
そんなある日、娘は病にかかったのじゃ。
村長はあちこちから医者を呼んだが、どの医者も匙を投げた。
村の若い男達は薬を探し、良い医者を探して来た。
あわよくば彼女を嫁にと思うた者が殆どじゃっただろうが、儂はただ彼女が治ってくれればそれでええと、あちこち探した。
だがある日、彼女が危篤となった。
儂はもう神頼みしかないと、神社でお百度参りをした。
その時じゃった、大妖魔様が現れたのは。
大妖魔様は儂にこう言った。
「我が手下となるなら彼女を治してやる」と。
儂は悩んだ末に、それを受けた。
大妖魔様は約束通り彼女を治してくれた。
そして儂はこの姿となり、村を去った。
「その後、儂は手柄を幾つも立てては褒美の代わりに、不幸な目にあっている恋人や夫婦をなんとかしてもらっていたのじゃ。儂は叶わんかったが、せめて他の者はと思うてなあ」
「あの、大妖魔は何故そんな願いを叶えるのですか?」
傳右衛門が訝しげに尋ねる。
「生きて苦しんでくれた方が妖魔の糧となるし、いいかと仰ってた」
「ほんのこてそうたろか? もしかすっと」
おキヌが何か言いかけた時
「ぐはっ!」
黒亀が突然吐血して蹲った。
「え!?」
「ま、まさか大妖魔が!?」
二人が慌てて駆け寄ると
「ち、違うわい。儂はもう何百年も生きておったから、弱っていただけじゃ」
黒亀が息を切らしながら言う。
「も、もしや、拙者達と戦ったから寿命が縮んだ?」
傳右衛門が震えながら言うと
「だから、気にするでないわ。武門の習いじゃと思え、う」
「爺様、しっかりしたもんせ!」
「くそ、そうと知っていれば!」
おキヌと傳右衛門が涙目で叫ぶと
「……のう、儂を哀れと思うてくれるなら、二つ頼まれてくれんかのう?」
黒亀は顔を上げて、二人を見つめながら言った。
「え、なんですか?」
傳右衛門が尋ねると、黒亀は妖術らしきもので地図を出し
「こ、この村の墓地に、儂を葬ってくれんかのう?」
前足でその場所を指した。
「もしやそこが故郷の村ですか?」
「そうじゃ。彼女もそこに眠っておる。だからせめて」
「あ、ああ分かったど。そいでもう一つは?」
「出来れば儂がしたかったが……頼む、あの御方を救ってくれ」
黒亀が悲しげな顔で言った。
「え、救えとはなんじゃ?」
おキヌが首を傾げると
「あ、あの御方は、愛を知っておるのに、知らぬふりをしておる……だから」
「お約束は出来ませんが、精一杯の事はします」
傳右衛門は黒亀の前足を掴み、頷いた。
「あ、ありがとう」
黒亀が笑みを浮かべて目を閉じると、その体が崩れて塵となったが……小さな甲羅の欠片だけが残っていた。
おキヌはそれをそうっと拾い、懐に仕舞った。
「……おいは幸せもんじゃな」
「拙者もですよ」
「さ、行きもんそ」
「ええ」
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