第81話「狸鍋と大爆発」

 一方また別の場所では、鼠之助とかすみが何やら話していた。


「かすみ、熊と戦った事あるかチュー?」

「あるけど、あんなのはないポコ」

「おいらもないチュー」

 二人の目線の先には、体長が十尺程の大きな黒い熊がいた。

 

「それにあれ、妖怪熊だチュー」

「うん。まだこっちに気づいてないけど、どうするポコ?」

 かすみがそう言った時


「お? 可愛い鼠と狸娘がいるクマ」

 黒熊が鼠之助とかすみの方を向き、ニコニコ微笑む。


「あれ、敵じゃないのかポコ?」

 かすみが首を傾げ

「いや、なんか嫌な予感がするチュー」

 鼠之助は冷や汗をかいて呟いた時


「うん、どっちも鍋に入れて煮込むクマ」

 黒熊がのっそりと二人の方へと歩き出した。


「やっぱおいら達を食べる気だチュー!」

「ポコー!」

 二人が慌てて逃げ出そうとしたが


「逃さないクマ」

 あっさりと回り込まれてしまった。


「うわ、こいつ図体の割に素早いチュー!」

 鼠之助が驚き叫ぶ。


「さあ、おとなしく鍋料理になるクマ」

「ワタシ達は美味しくないポコー!」


「そんな事ないだろクマ。二人共身が絞まってて美味そうだクマ」

 黒熊が二人を捕まえようとすると


「させるかチュー!」

 鼠之助が飛び上がって黒熊の顔面に

「えいポコー!」

 かすみが黒熊の腹に蹴りをいれたが


「うん、生きの良い食材だクマ」

 全く効いてなかった。


「さてと、お前達なら粉々にならないだろから、クマー!」

 黒熊が勢いよく体当たりし

「チュー!?」

「ポコー!?」

 それをまともに受けた二人はそのまま吹っ飛んで壁に激突し、気を失った。




「あ、あれ?」

 鼠之助は縄で縛られて吊るされていた。


「気がついたかクマ」


 見ると黒熊が鍋に水を張り、出汁を取って野菜を煮込んでいた。

 その直ぐ側にかすみがすっぽんぽんにされて大皿に寝かされていた。


「かすみ!? ぐ、固いチュー!」

 鼠之助が力づくで縄を解こうとしたが

「それ、オラか大妖魔様の力じゃないと無理クマ」

 黒熊が鍋のアクを取りながら言う。

「チュー!」

 それでも更にもがくとい


「さてと、そろそろ狸入れるクマ」

「やめろチュー! 食べるならおいらだけにしろチュー!」

「嫌だクマ。最初は二人共鍋にと思ったけど、鼠は挽き肉にして焼いた方が美味いらしいから、そうするクマ」


「チュー……あれ?」

 ふと黒熊の背を見ると、ゆらゆらと動く黒い影があった。


「もしかしてあいつ、妖魔に憑かれているのかチュー?」

 鼠之助は思った。

 それなら妖魔をなんとかすれば。

 自分では祓えないが、かすみなら神力で出来るはずと。


「かすみー! 起きろチュー!」

 だが、かすみは目を覚まさなかった。


「無駄クマ、念の為に眠り草の匂い嗅がせたクマ」

 黒熊がかすみを掴んで鍋に入れようとした。


「こうなったら今のおいらに出来るかどうか分かんないけど、やるしかないチュー」

 鼠之助は目を閉じ、気を集中し始めた。


「な、何する気だクマ?」

 黒熊がやや怯みながら言うと


「チュー!」

 鼠之助の体が光った途端、爆発が起こった。


「クマー!?」


「あちゅー!」

 その爆発で戒めを解いた鼠之助は、そのまま爆風に乗って黒熊に向かっていき


 ゴオーン!

 

 黒熊の額に頭突きを食らわせた。


「……クマー」

 それをまともに受けた黒熊は目を回して倒れた。



「かすみ、しっかりするチュー!」

 鼠之助は素早くかすみに駆け寄り、その頬を軽く叩くと


「……ん? ポコ」

 かすみは目を覚ました。

「かすみ、神力であいつの妖魔追っ払ってチュー!」

「え? うん、分かったポコ!」


 かすみは立ち上がり、軽やかに踊り始め

「ポンポコリンのポンポコリーン!」

 掛け声と共に手をかざすと、そこから一筋の光が放たれ、黒熊を照らした。

 すると


「ギャアアアーーー!」

 黒熊の体から黒い霧が吹き出し、それが人の形をとった。


「お、おのれ、せっかく最強の妖怪熊に取り憑いたのに」

 黒い霧、妖魔がそう言い

「ぐ、ぐふっ!」

 すぐに消えた。



「あ、あれ? オラ何してたんだクマ?」

 黒熊が起き上がって戸惑っていた。


「あんたは妖魔に憑かれていたんだチュー」

 鼠之助がそう言って話しかける。

「え? あ、思い出したクマ。食べようとしてゴメンだクマ」

「いいチュー」


 その後、黒熊がポツポツと話しだした。

「オラ達妖怪熊は人間達に追われて、山奥へ引っ込んだクマ。そこでおとなしくしてたけど、人間達が山の食べ物を取るからオラ達や山の動物達の分が無くて、いつも腹ペコで仕方なく人里に食べ物探しに行ったクマ。けど人間達が……」

 黒熊が項垂れる。


「チュー。人間達は襲われると思ったんだろチュー」

「自分達で追っ払っといて、それはないポコ」


「うん。オラはただ話し合いたいだけなのに」

「じゃあ、この世界を治める二人に会わせるチュー。あの二人なら力になってくれるチュー」


「本当かクマ?」

「うん。だからもう大丈夫チュー」

「ありがとクマ」

 グー


「はは、安心したら腹減ったクマ」

 黒熊が腹をさすりながら言う。


「それじゃ、ポンポコリンのポンポコリーン!」

 かすみがまた踊ると、そこにたくさんの魚や野菜、果物が出てきた。


「これで足りるポコ?」

「ちょっと多すぎるクマ。だから皆で食べようクマ」

「チュー!」



 そして、三人で鍋を囲みながら話し出した。

「大妖魔様、オラ達に食べ物くれたクマ。そして皆が安心して暮らせるようにするって言ってくれたクマ」

 黒熊が食べながら言う。

「でも妖魔を取り憑かせたポコ」

「うん。でもあの時の大妖魔様、そんな悪い人に見えなかったクマ」


「大妖魔って子供だって聞いたけど、本当かチュー?」

「オラと最初に会った時は優しい雰囲気の大人だったクマ。でもいつの間にか子供になってたクマ」

「あ、文車妖妃さんが見えたのって、その時のだったのかもチュー」

「たぶんそうだポコ」



「そういえば、さっき鼠之助の体光ってのはなんでポコ?」

 かすみが尋ねる。

「あれは気を貯めて一気に爆発させる術だチュー。おいら達の仲間の果心居士さんが第六天魔王との戦いが終わった後、教えてくれたんだチュー」


「なんで後だったポコ? 先に言えばよかったのにポコ」

「あの時のおいらじゃ使ったら死んじゃうかもしれないって言ってたチュー」

「そうポコか。それで修行した今は」

「ううん、今のおいらでもどうなるか分からなかったチュー」

「え、そんな危ない事してまでワタシを」

「大丈……あれ?」

 鼠之助は持っていた椀を落とし

 

「ポコ?」

 そのまま横に倒れた。


「ポコー!」

 かすみと黒熊が慌てて駆け寄ったが

「し、心の臓が止まってるクマ」

 黒熊が震えながら言う。


「そ、そんな、ポコー!」

 かすみが鼠之助に縋り付いて泣き出した。


「ううん、まだ間に合う。ちょっと離れてクマ」

 黒熊がそう言ってかすみをそっとどかし、鼠之助の胸に手をやった。

 そして

「クマー!」

 気合を入れて妖力を放った。


 すると……。

「あ、あれ? おいらどうしてたチュー?」

 鼠之助が息を吹き返した。


「よ、よかったクマ」

 そして今度は黒熊が倒れた。


「熊さん!?」

 鼠之助が駆け寄り

「も、もしかして今のって、命をあげるものだったのかポコ?」

 かすみが震えながら言うと


「そ、そうだクマ」

 黒熊が息を切らしながら言う。

「そんな、おいらの為に……かすみ、神力でなんとかならないかチュー!?」

「やってみるポコ!」


「たぶん、無理だクマ。それより仲間達の事、お願いだクマ」

「……分かったポコ」

「それとね、大妖魔様を、助けてクマ」


「チュー?」

「ポコ?」

 二人が戸惑いの表情を浮かべる。


「あの人、たぶん何か悲しい事があったから大妖魔になったんだクマ。だから、お願いだクマ」

「……精一杯やってみるチュー」


「ありがと、クマ……」

 黒熊は安堵の表情を浮かべた後、息絶えた。



 鼠之助とかすみは黒熊の墓を作り、手を合わせて黒熊の冥福を祈った。

 そして

「そろそろ行こうポコ」

「チュー」

 二人は先へ進んでいった。

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