第64話「異界への塔」

 翌日、たけぞう達はおキヌの背に乗り、異界への入口がある場所へと向かった。


「ねえ、異界ってどんなとこ?」

 たけぞうが文車妖妃に尋ねるが、「行ってみれば分かるわ」とだけで後は何も言わなかった。


「あの、八幡大菩薩様って向こうの神様とどういう関係だったのですか?」

 今度は香菜が尋ねる。

「あら、何故そんな事を?」

 文車妖妃が首を傾げると

「いえ、何度も励ましたりとかされていたようですし、あの時泣いておられましたし、もしかして」

「ええ、あの方にとって大切な方だったわ。今はそれだけね」



「姉者、どうかしたのか?」

 黒羽が険しい顔をしてたお鈴に声をかける。

「え、別に何もないが」

 お鈴が振り向いて言うと

「そうかすまない。俺には何か悩んでいるように見えたので」

「いい。ありがとう」

(後で考えよう。今は戦いに向けなければ)

 そう思うお鈴だった。



 そして半時後、着いた場所は江戸の浅草寺から隅田川を超えて東へ行った所にある村の近くだった。


「このような場所に異界への入口が?」

「何もないけど」

 彦右衛門とたけぞうが辺りを見ながら言う。


「今見せるわ……カラナノンラナトナノチニカナスニホンラネシイカイノニカイ」

 文車妖妃が何かの呪文を唱えると


「おおおっ!?」


 そこに天まで届くかのような大きな塔が現れた。


「きゅ~、これってすか」

「言っちゃ駄目」

 求愛が何か言いかけたのを悠が止めた。


「これが異界へ行ける塔よ」

 文車妖妃が塔を指しながら言う。


「へ、へえ。ってあれ? こんなのが出てきたのに何も反応ないね?」

 たけぞうが村の方を向いて言うと


「これは私達にしか見えていないわ。さ、こっちよ」

 文車妖妃に案内され、中へと進んでいくと奥の壁に扉があり、それがひとりでに開いた。


「ここが入口?」


「それは後で分かるわ。さあ、入って」

 全員が中に入り、扉が閉まると

「えっ?」

 部屋が少し揺れ、下から押し上がるような感覚に襲われた。


「もしかしてこの部屋、上へと動いちょるんじゃね?」

 おキヌが床を見ながら言う。


「そうよ。ここは塔のてっぺん近くまで行ける部屋なのよ。さ、着いたわよ」

 文車妖妃がそう言った時、扉が開いた。


 そこは城の天守閣、いやそれ以上の広さ。

 窓からは外が一望でき、そこには透明な板がはめ込まれている。

「これ、もしや硝子では?」

 三郎がその板を軽く叩きながら言うと


「ええ、風が強いからね」

「風除けでこのようなものを。あの、これらはもしかして神仏がですか?」

「そうよ。でもいつかこういった硝子はおろか、この塔と似たものですら人間が作れるようになるのよ」

 それを聞いた三郎は何かを思いながら、窓から見える江戸の町を眺めた。 



 しばらくして

「さて、そろそろ塔が異界へ移動するわよ」

 文車妖妃がそう言った途端、窓の外が一瞬暗くなったがすぐに明るくなった。



「はい、着いたわよ」

「え、ここが異界? あまり変わってないけど?」

 たけぞうが窓の外を見て言う。


 そこには先程までと同じような景色があった。


「そりゃそうよ。だってここは私達の世界とは表裏一体の世界だし」

「え!?」

 皆が一斉に文車妖妃の方を向いた。


「だから同じように見えるわ。でも、あそこを見て」

 文車妖妃が指差す方を見ると


「!?」

 平原のような広い場所で大勢の者が二手に分かれてぶつかっているように見えた。


「あれってもしかして、合戦している?」

「そうよ。それにね」

 文車妖妃が窓に向けて手をかざすと


「え?」

 そこにその合戦の光景が大きく映し出された。


「一方は人間だけど、もう一方は妖怪だよね」

 たけぞうがそれを見て言い

「この世界ではずっと、人と妖怪が?」

 お鈴が文車妖妃の方を向いて尋ねる。


「ええ、ああやって終わりのない戦いに明け暮れているわ。ううん、あれはまだマシな方かもね」

 文車妖妃がそう言うと


「うっ!?」


 崩れ落ちた民家や城。

 焼け焦げた森、荒れ果てた田畑。

 そこで人も妖怪も関係なくものを奪い、壊し、殺し合っている。

 女が、幼い娘、男児までもが犯されている。

 弱い者を惨たらしくいたぶり殺し、下卑た笑みを浮かべている者。


 様々な光景が窓に映し出された。


「こ、これは地獄絵図か?」

 黒羽が口元を押さえながら言い


「かすみ、大丈夫かチュー!?」

 目を回して倒れそうになったかすみを鼠之助が支える。


「あ、あわわ」

 震えて膝をついたおキヌを傳右衛門が抱きしめ


「う、うえ」

「琉香ちゃん!」

「きゅ~!」

 蹲って嘔吐した琉香を悠と求愛が介抱した。



「こ、ここってわたし達の世界と表裏一体の世界ですよね。じゃあ」

「私達の世界も一歩間違ったら、ああなっていた?」

 香菜とお鈴が震えながら言うと


「ええ。でも戦国乱世はこれに近かったわよ」

 文車妖妃が表情を消して言った。


「そ、そうだったんだ。おれはその頃もう生まれてたけど、山奥にずっといたから知らなかったよ」

 たけぞうが真っ青な顔で言い

「た、たしかに世の一部ではそうだったかもしれませんが」

 三郎も震えながら言うが

「一部だとしても、その人にとってはそれが全てよ」

 文車妖妃が頭を振ると、皆押し黙った。



「文車妖妃殿。大妖魔を討てばこの世界は変わるのですか?」

 彦右衛門が尋ねると

「すぐには無理だけど、いい方向に進むでしょうね」


「そ、そっか。じゃあ大妖魔をって何処にいるの?」

 今度はたけぞうが尋ねる。

「あの合戦を止めれば道が分かるわ」

 文車妖妃が先程の合戦場を指差す。


「え、止めるってどうやって?」

「まずは二手に分かれて、双方の大将と話すのよ」

「あのさ、それで収まるならとっくに終わってるんじゃ?」

「これまではね。でも今は皆がいるわ。さあ、少し休んだら出発するわよ」


 そしてしばらく経ち、気を落ち着けた一行は塔を降りて合戦場へと向かった。

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