第73話「不思議な夢の世界」

 たけぞう達は渦の中に入った後、白く輝く長い隧道を進んでいた。



「あ、しまった。文車妖妃さんか求愛のどっちかにも来てもらえば、向こうと連絡取りあえたね」

 たけぞうがふと気がついて言うと


「あの、実はワタシも他心通みたいな事が出来るポコ」

 かすみが手を上げた。

「え、そうだったんだ。じゃあ言えばよかったのに」

「言いそびれたんだポコ」


「かすみってそんな事も出来るんだチュー、凄いチュー」

 鼠之助がかすみに向かって言うと

「ありがとポコ。そうやって褒められると嬉しいポコ」

 かすみが照れながら言った。


「二人は仲いいね。拳法使い同士だからかな?」

「それもあるが、どうやらな」

 お鈴が笑みを浮かべて言う。

「成程ね。なんかおれ、そういうのも分かるようになってきたよ」



「ふふ、私達の若い頃を思い出しますな」

 二人を見た助五郎も少し笑みを浮かべ

「だが、夫婦になってからは苦労をかけてばかりだった。妻がいてくれたおかげで店が大きくなったのに、子が授からない事を責めた時もあった。それでも私を見捨てずに、ずっと着いてきてくれて……まだ何も報いてないのに」

「じゃあ、これからすれば?」

 たけぞうがそう言うと

「そうですな。その為にも」



「あ、どうやらもうじき抜けそうだよ」

 隧道を抜けると


「え?」


 そこは何処かの広場のようだが、南蛮人が着ているような服を着た者達がいた。

 足元を見ると、道が石畳とは違う灰色の何か。

 遠くを見ると、城よりも高そうな建物が幾つもある。


「な、なんじゃここは?」

「夢の世界でしょうけど、なんですかこれは?」

 おキヌと傳右衛門が辺りを見渡しながら言う。


「今聞いたけど、これってどうやら秘宝の力で見えた後の世だそうだポコ」

 かすみが他心通で文車妖妃に聞いた事を話した。


「え?」

「そうなのか?」

 たけぞうとお鈴も辺りを見渡す。


「あの、後の世はともかく、秘宝とは?」

 助五郎が首を傾げると


「ああそれなんだけどさ、ご主人は何か由緒正しい宝とか持ってない?」

「いえ、そんなものうちには……あ、妻が大事にしていた七つの玉がありましたが、まさかあれが?」

「え、七つの玉? それってもしかしてこんくらいの大きさで、綺麗に光ってるもの?」

 たけぞうが手で輪を作って言う。

「は、はいそうです。妻が言うには私達が夫婦になる前の頃、お腹を空かせて迷子になっていた幼い子がいたのでおにぎりを食べさせた後、一緒に親を探したそうです。そして見つかった時、その親がお礼にとくれたものだとか」


「たけぞう、その玉に心当たりがあるのか?」

 お鈴が尋ねる。

「うん。あれと同じものなら結界を破れるかもしれないよ」


「たけぞう殿、お鈴殿。それはひとまず置いて奥様を探しに行きませんか?」

 傳右衛門が二人に言う。

「そうだね。とは言っても何処を探せば」


「えっと、ご主人なら分かるそうだポコ」

 かすみが助五郎の方を向く。

「は、私がですか?」

「うん。奥さんに心で呼びかければ、声が聞こえるはずだって言ってるポコ」

「う、うむ。では」

 助五郎は目を閉じて、小声で妻の名を呼んだ。

 すると


「……あ、聞こえました。こっちです」

 一同は助五郎を先頭に歩きだした。



 しばらく歩いた後、一軒の民家の前に着いた。

「この中からのようです」

「ここ? ちょっと変わった造りだね」

 その家は二階建てで壁が白く、引き戸に曇った硝子のようなものがはめられていた。


 そして、おそるおそる戸を開けると


「あ、おかえりなさい、あなた」

 そこには実際より二十は若い奥方がいた。

 彼女もまた異国の服を着ている。


「え、ああ。ただいま、えい

 思わず素で名を呼んで返す助五郎。


「ありゃ、夢の世界だからか若いね」

「そうだな……え、たけぞう。その着物は?」


「へ? あ、お鈴さん。それにご主人、傳右衛門さんやおキヌさん達も」

 皆いつの間にか衣装が異国のものになっていた。

 そして


「鼠之助、いつ人間に化けたポコ?」 

 かすみが驚きの声をあげた。


「え、おいらどんな顔になってるチュー?」

「そこにちょうど鏡があるポコ」

 玄関にあった鏡を見ると


「あれ、こんな子会った事ないチュー?」

 そう言って首を傾げる。

「鼠之助がもし人間だったら、そんな顔になりそうだポコ」


「どーなってんのこれ?」

「夢の世界だからと言っても、私達にまで影響が及ぶものなのか?」

 たけぞうとお鈴が首を傾げる。

「えと、とりあえず気にしないで、奥さんに合わせとけと言ってるポコ」

 かすみがそう言った。


「あら、その方達はお客様?」

 永が尋ねた時、奥から幼い男児が駆けてきた。


「あ……」


「父上、おかえりなさい!」

 男児が元気よく言うと 


「……ただ、いま」

 助五郎はその男児を抱きしめ、目を閉じた。


「あらら、あなたったらお客様を放っておいたらダメでしょ」

 永がコロコロ笑いながら言うと


「あ、すみません、突然来ちゃいまして」

 たけぞうが頭を下げた。


「いえいえ。さ、折角お越し頂いたのですから、お茶でもいかがですか?」

 

「どうする?」

 たけぞうが皆に尋ねる。

「まあ、お言葉に甘えようか」

 お鈴が言うと、他の皆も頷いた。


 そして客間に通された後、永は子供と台所の方へと出て行った。



「ワタシ達がここにいられるのは一日が限度だそうだポコ」


「それじゃあさ、せめて」

 たけぞうが助五郎の方を向く。

「すみません……たとえ幻だったとしても」

 助五郎が項垂れ

「いやご主人、あの子は幻とは思えないのだが?」

 お鈴がそう言った時


「そうだよ、僕は極楽から来たの」

 いつの間にか息子が戻ってきていた。


「え、ぼうやは本物なの?」

 お鈴が尋ねる。


「うん、僕は本物の吉之助きちのすけだよ。あのね」



 吉之助が言うには、母は普段は気丈に振る舞っているが、夜ごと泣いているのを見て心を痛めていた。

 なんとかならないかと仏様にお願いしたが、時が来ればと諭され、じっと見守っていた。

 だが母がここに閉じこもってしまったので、思わず来てしまったそうだ。

 そして母とここで暮らしていたが、ある日仏様が現れて

「やがて父が遠い彼方の者達を連れて母を助けに来るから、それまでたんと甘えておきなさい」

 と言ったそうだ。



「だから父上、明日になったら母上と元の世界に帰ってね」

 吉之助がそう言う。

「……分かってはいるのだが、やはりお前を置いて行くのは」

「父上と母上が帰らないと、弟と妹が生まれてこれないよ」

「え?」


「来年に弟、再来年に妹が生まれるって仏様が教えてくれたんだ」

「そ、そうなのか? この歳になってまだ子を授かれると」

「そうだよ」

「そうか。ではなんとか永を説得してみよう。だけどな、今夜だけは吉之助とも一緒にいさせてくれ」

「うん! いっぱい遊んでね!」

「ああ、ああ」

 助五郎は目に涙を浮かべ、たけぞう達も貰い泣きしていた。



 その後、茶と菓子を持って戻ってきた永も交えて、皆で四方山話等をした。

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