第74話「夢の中で」
「さてと、おれ達はそろそろお暇しますよ」
たけぞうが立ち上がって言った。
「あら、折角ですからお泊りに」
「永。たけぞう殿達は別に宿を取っておられるそうだ」
助五郎が言うと
「そうでしたか。出来ればもう少しお鈴さんとお話したかったですわ。同い年の子供がいる母同士だし」
「明日またお伺いしますので、今日はこれで」
お鈴が笑みを浮かべて言う。
「ええ、お待ちしてますわ」
「さてどうする? 一旦戻る?」
家を出た後、たけぞうが尋ねると
「いや、折角だしもう少し町を見ていかないか?」
お鈴がそんな事を言った。
「ワタシ賛成ポコ。夢の世界だからなのか、夜なのに外は明るいポコ」
「おいもこの町見ろごた」
かすみとおキヌがお鈴に同意し
「ではたけぞう殿とお鈴殿、拙者とおキヌさん、鼠之助殿とかすみさんに分かれて行きませんか?」
傳右衛門がそう言う。
「うん、分かったチュー」
「じゃあ近くに本当に旅籠あったから、皆後でそこにね」
一方その頃、現実側。
「琉香殿はこんな事まで出来るのですか」
三郎が苦笑いしながら言う。
「ううん。やった事なかったけど、夢を皆に見せるってこんな感じかなあって思ったら出来ちゃったの」
寝ている永の頭上に映像が浮かんでいた。
「琉香のお母さんもそれ出来るって聞いたきゅ」
求愛がそう言う。
「そうなのか。ん? もしや」
彦右衛門が何かに思い当たって言おうとすると
「あなた、言っちゃ駄目ですよ」
香菜がそれを止めた。
「あ、ああ。流れが狂うかもしれぬしな」
「そうですよ。しかしあの娘もいつかお母さんになってあんな可愛らしい子を産むのですね」
「ああ。しかしあの娘は気が強そうだから、彼は大変だろうなあ」
「あら、流石にお父さんが誰かは分かるのですね」
「うむ、彼以外おらんだろうしな」
かすみと鼠之助は町の中を歩いていた。
「高い建物がいっぱいポコ」
「うん。凄いチュー」
「でもワタシは山奥で暮らしているから、住むならそんな場所がいいポコ」
「おいらもそんな場所がいいチュー。出来れば妖怪がたくさんいて欲しいチュー」
「たくさん集まる場所ってどこにあるポコ?」
「知らないチュー。でもいつかそんな場所をたけぞうさんが作ってくれる気がするチュー」
「じゃあもしその場所を作るとなったら、ワタシ達も手伝うポコ」
「そこで二人で住もうかチュー」
「……ポコ」
「これ、逢引じゃらせんか?」
「はは、そうですね」
おキヌと傳右衛門は広場の樹の下に腰掛けていた。
「傳右衛門さぁ。あの」
「なんです?」
「あの、おいは一反木綿だけど、いいのか?」
おキヌが不安気に言うと
「正直最初は人間の姿を見てでしたが、今は全てが愛おしいですよ」
傳右衛門は笑みを浮かべて答えた。
「うう、この人本当にあがり症なんか?」
おキヌが顔を真っ赤にしていると
「ええ、今も気を失いそうですが、なんとか耐えてます」
「そうか、じゃあ」
「これ以上覗くのは野暮ですよ」
三郎が苦笑いして言った。
「そうですね。ところでたけぞうさんとお鈴さんは何故映さないの?」
悠が首を傾げると
「もう既に映せない事してるからよ!」
琉香は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「……あやつ、タガが外れたのか?」
彦右衛門が呆れながら言い
「あらら、本当に二人目ができそうね」
文車妖妃が笑みを浮かべ
「それ、流れとしてはいいのでしょうか?」
香菜が首を傾げた。
翌朝
たけぞう達はまた家に訪ねていった。
「おはようございます。おかげさまで昨夜は久々に息子と過ごせました」
助五郎が小声でたけぞうに話しかける。
「よかった。ねえ、もういいの?」
「正直名残惜しいですが、いつまでもこうしている訳には……」
「そう。じゃあ」
「ええ、そろそろ話しますよ」
助五郎が永の方を向いた。
「あら、何?」
「永、もう分かっているのだろ、これは夢だと」
助五郎がそう言うと、永は何も言わずにいた。
だが、気づいていると目で語っていた。
「そろそろ帰ろう。でないとお前は本当に死んでしまう」
「……吉之助を置いてだなんて、嫌です」
永は頭を振る。
「私だって出来ることならこのままでいたいがな」
「それならもう何も気にせず、このまま三人で暮らしましょうよ」
「ダメだ。私達が帰らないと」
「知ってます」
「え?」
「でも、まだお腹に宿ってもいない子供より、吉之助の方が大事です」
永は涙を流していた。
「母上、僕は弟と妹が生まれてほしいよ」
吉之助が永の袖を引いて言った。
「母上、父上。二人をこの世に生きさせてよ」
しばらく間があったが
「あとどのくらいここに居られるのですか?」
永が口を開いて尋ねた。
「えと、あと二時ってとこだポコ」
かすみが答えると
「では、せめてそれまでは」
「うん。じゃあおれ達は他所に行ってるね」
たけぞう達はそう言って家を出た。
「さあ、三人でいっぱいお話しましょ」
「うん!」
「ああ」
そして、期限が近づいた頃。
「吉之助。変な言い方だが、達者でな」
助五郎が息子の頭を撫でながら言う。
「父上も、お元気で」
吉之助は涙を堪え、笑顔で答えた。
「もしこれが松之助だったら、おれはどうしただろうな」
「私なら耐えられずずっとここにいるかも」
たけぞうとお鈴が小声で言った。
「私はひと足お先に。では……吉之助、またいつか」
永は魂だけだったので、すぐに元に戻っていった。
「じゃあ、僕も極楽へ。ありがとう」
吉之助の姿も消えた。
「いや、こちらこそありがとうございました」
「おいら達の事、ありがとチュー」
傳右衛門と鼠之助が上を向いて礼を言った。
「さて、戻りましょうか」
助五郎が言うと、皆が頷いた。
そしてまたおキヌの背に乗って、現実へと戻っていった。
「しかしあれが後の世とはな。あんな世なら皆豊かに暮らせるだろうな」
お鈴が思い返しながら言う。
「うん。おれ達がそれを見ることはないけどね」
見れるのだが、それはまたいずれ。
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