第72話「眠っている女性」

 たけぞう達は自分達の方で言う堺に着いた。


「へえ、ここって向こうよりも賑やかだねえ」

 たけぞうが辺りを見渡して言う。


 堀で囲まれた町。

 そこでは様々な店が立ち並び、人々が物を売り買いしている。

 それに妖怪も姿を変えて混じっているようだった。


「ここはまるで戦国時代、いえそれ以上の繁栄ね」

 文車妖妃がおそらく当時を思い出しながら言う。


「文車妖妃殿、ここに結界を解く手段があるのですか?」

 彦右衛門が尋ねる。

「というより、結界を解く秘宝を持っている人がいるのよ」

「ではその方に会って譲ってもらうなり借りるなり、ですな」

「ええ。後は行けば分かるわよ」



 しばらく後、たけぞう達が着いた所は大きく立派な造りの店だった。

 中に入ると色々な物が置かれている。


「すみません、ここのご主人はご在宅でしょうか?」

 三郎が番頭らしき男性を見つけて尋ねた。

「はて、どなたでしょうか? お知り合いではなさそうですが」

 番頭が訝しげに答えると

「はい。ですが紹介状を持っていますので、お取次をお願いします」

 三郎が懐から文を取り出して番頭に見せた。

 それを見た番頭は断りを入れ、すぐに奥へと消えた。


「あれ? 紹介状って誰からの?」

 たけぞうが尋ねる。

「長三郎殿からです。自分や先代様の名は知られているから、人間が相手なら無下にはしないだろうと言って」



「申し訳ありませんが、今は立て込んでいるのでお会いになれないとの事です」

 戻ってきた番頭が頭を下げて言う。

「そうなんだね。あの、いつ頃なら会えそう?」

 たけぞうが尋ねるが

「……なんとも言えません」

 番頭は表情を暗くして答えた。


「初めに言えば良かったわね。私達はその立て込んでいる事をなんとかできますよ」

 文車妖妃が前に出て言う。

「え、それは本当ですか? 嘘だったらただでは済みませんよ」

「本当よ。なのでお手数ですが再度お取次を」


「その必要はないです。お話を伺いましょう」

 そこに壮年の男性がやって来た。

「私はこの店の主、助五郎すけごろうと申します。さ、どうぞこちらへ」


「旦那様、よろしいのですか?」

 番頭が小声で尋ねる。

「この方達は悪人には見えんし、駄目で元々だ」




 案内された部屋に入ると、壮年の女性が寝ていた。

 助五郎はその女性は自分の妻だと紹介した後、

「妻は原因不明の病にかかっておりましてな、どの医者も匙を投げて……もうどうすればいいのか」

 助五郎は目を閉じて俯く。


「あの、僕は医者ですので診させてもらっていいですか?」

 悠が手を上げて言う。

「ええ、お願いします」

 

 悠はしばらく奥方を診察した後、手を置いた。


「何か分かりましたか?」

 助五郎が尋ねると

「奥様は病じゃなくて、魂が抜けているのです」

 悠はそう答えた。


「な、何を仰る!? 妻は息をしていますよ!?」

「はい。今は寝ているようなものですが、このままだといずれ本当に」

 悠が頭を振る。


「ねえ、それって呪いか何か?」

 たけぞうが尋ねると

「呪いじゃないですよ。僕も実際に見たのは初めてですが、これは魂が精神世界へ飛んでいる現象ですよ」


「え、あれ? それどっかで聞いたことあるな」

「たけぞう、前に美華殿が話していただろうが」

 彦右衛門が言うと

「あ、そうだった。でもどうやって治したんだっけ?」

「そういえばそこまで聞いていなかったな。悠は知っているのか?」


「ええ。ご主人、奥様は何か思い悩んでいませんでしたか? それを解決すれば戻せますが」

 悠が尋ねると、助五郎はしばらく間を置いてから口を開いた。

「実は私達には一人息子がいたのですが、去年病で亡くなったのです」


「え……」


「私達は長い間子宝に恵まれませんでしたが、四十路前になってやっと息子を授かったのです。それが三年前の事でした」


「で、では僅か二つで」

 お鈴が口元を押さえながら言うと


「ええ。私はしばらく仕事に手がつきませんでした。ですが妻は気丈にも私を支えてくれました。自分だって辛かっただろうに……う」

 助五郎は当時を思い出したのか、声を殺して泣きだした。 


 やがて落ち着いてた後、また話し出した。

「あれは半年前の事でした。いつも早起きの妻が起きていなかったので具合が悪いのかと思い、呼びかけてみたり体を揺すったりしましたが、目を覚ましませんでした」


「そうだったんだ。そしてずっとこのままなんだ」

 たけぞうが奥方を見つめながら言う。

「ええ。あの、手があるなら何でもしますのでどうか、どうか」

 助五郎が手をついて言うと


「うーん……あの、どなたか幽体離脱できますか?」

 悠が皆を見渡して言い

「は?」

「なにそれ?」

 半数の者が首を傾げる。


「ようは魂だけになってその精神世界とやらに行って、奥様と話すのだな?」

 黒羽がそう言うと


「そのとおりですが、僕はそんな事出来ませんし。あ、もしかして黒羽さんが?」

「法眼様から術は教わったが、俺には到底無理だった。兄者はどうだ?」


「おれは剣の基本しか習ってないよ」

 たけぞうも手を振って言う。


「そうだ、文車妖妃殿は?」

 彦右衛門が文車妖妃の方を向くと

「私も無理。でも精神世界、所謂夢の中へ行ける人がここにいるわよ」

「それは誰ですか?」

「おキヌさんよ」


「は? おいはそんな事出来んど?」

 おキヌが首を傾げるが

「出来るのよ。おキヌさんなら夢の世界への道さえ見えればそこを通れるし、その背に乗れば他の皆も行けるわよ」

「その道をどげんして見ゆっごつすっとな?」


「あ、それならあたしが出来そうよ」

 琉香がそう言って奥方の方に向けて手をかざす。

「えーい!」


 すると奥方の上に光り輝く渦が現れた。


「これでいい?」

「ええ、上出来よ」

 琉香が尋ね、文車妖妃が頷く。


「琉香ってそんな事も出来るんだね」

 たけぞうが話しかける。

「ええ、お母さんから受け継いだ力よ」

「そうなんだ。ところで琉香のお母さんもおれの知ってる人だよね?」

「そうよ。あ、もしかして分かった?」

「たぶんね。それと言わないよ」

「ありがと。終わったらちゃんと言うからね」



「さて、ここを通れる数は限られるわ。まずおキヌさんとご主人と」

「あの、そこに危険はないのでしょうか?」

 傳右衛門が尋ねる。

「ないはずだけど、もしかすると妖魔が邪魔してくるかもしれないわ」

「では拙者もお供して、お二人をお守りします」


「ええ。それとまだ何人か通れそうだけど」

 

「じゃあおれも行くよ」

「ああ、私も」

 たけぞうとお鈴が

「あの、おいらも行くチュー」

「ワタシも行きたいポコ」

 鼠之助とかすみが手を上げた。


「じゃあこの皆でお願いね。ご主人もよろしいですか?」

 文車妖妃が尋ねると

「え、ええ。とにかく妻を救えるならば」

 助五郎は戸惑いながらも頷いた。


「そんじゃ、乗ってたもんせ」

 おキヌは背にたけぞう達を乗せた後、渦の中へと入っていった。




「しかし夢の世界を作り出す事が出来るだなんて、奥方は何者ですか?」

 彦右衛門が文車妖妃に尋ねる。

「奥様は普通の人間よ。ただそんな世界が出来たのは、偶然秘宝と奥様の波長が合ったからなのよ」

「それはまたとんでもない物なのですな」

「ええ。でもこれ、彦右衛門さんやたけぞうさんも見た事あるわよ」

「は?」

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