第71話「西へ」

 その後、親睦を深めるという事で宴会となった。


 両軍の精鋭部隊以外の者達は初めは戸惑っていたが、徐々に打ち解けていった。

 それはやはり天一と春菜がいるからだろう。


 

「ねえ、二人はずっと前から知り合いだったんだよね?」

 たけぞうが天一と春菜に尋ねると

「うん。父上と母上の葬儀が終わった後、一人になりたくてさ」

「わたしも一人で泣きたくなって、陣を抜け出したその時に会ったんです」

 二人が続けて答えた。

「そうだったんだね。それでその後も」


「うん、何度か会ってたんだ。最初はお互い正体を隠してたけど」

「この前ちゃんと言ったんです。お互い同時に」

 

「陣を抜け出していたのはそういう訳だったのか」

 道鬼が酒を煽りながら言う。

「じじ様、黙っててごめん。人間と会ってるなんて言えなかったんだ」

 天一が頭を下げると

「いや、そのおかげで儂らはこうしていられるのだ。礼を言うぞ、天一」

 道鬼は笑みを浮かべて頭を下げた。


「ところで天一様、姫に手を出してませんよね?」

 長三郎が睨みながら尋ねる。

「え? いやその」

「この前接吻しましたよ」

 春菜が頬を染めながら言うのを聞いた長三郎は、無言で刀を抜いた。


「うわああ!?」

 天一が真っ青な顔で後ずさると


「や、やめようよ。それより長三郎さんは独り者なの?」

 たけぞうが長三郎を止めながら言った。

「ええ、私にはどうも縁が無くて」


「おお、ならば思い当たる者が何人かいるから見合いでもするか? 長三郎殿もいい歳だろう?」

 道鬼がそんな事を言う。


「え? ま、まあ私はこれでも三十ですので、近い歳の者がいるなら」

「いるとも。だがまだ妖怪族に抵抗があるというなら、無理しなくていいぞ」

「いえ、ぜひお願いします。出来ればふくよかな方がいいですが」


「あら、私じゃないのね」

 文車妖妃が笑みを浮かべて言うと

「ええ、あなたには好いた方がいるのでしょうから」

 長三郎は小声でそう言った。

「ふふ、何故そう思うの?」

「文車妖妃という妖怪の事は私も知ってますよ。なのでもしやと思いましたが」

「当たりよ。でも手の届かない方よ」

「そうですか。ですが良きようになるよう祈らせてもらいます」

「ありがとうね」



「気になってたんだけど、こっちじゃ竜神族はどういうものなんだきゅ?」

 求愛が尋ねると

「竜神様は大地の守護者とも言われているからな。我等はたとえどんな事があっても、竜神様への感謝は忘れていないぞ」

 道鬼がそれに答えた。


「たしかに大地を守ってる一族もいるけど、ボクの一族は何かの使命を持って旅している人を守ってるんだきゅ」

「おやそうだったのか。ではたけぞう殿達を守る為に天界から?」

「守るというより一緒に戦いに来たきゅ。それに今のボクは下界の住人だきゅ」

 そう言って求愛は隣にいた悠に抱き着く。


「成程な。おおそうだ、こちらでは猫も崇められているぞ」

「あれ、そうなのですか?」

 悠が首を傾げると

「ああ、遠い国から来た猫女神様がこの世の悪を倒したという言い伝えがあってな、それでだよ」

「え、そ、そんな話があるのですか?」

 悠が驚き戸惑いながら尋ねる。

「ああ。それとその女神様には弟神がいて、傷ついた人々を医術で救ったとある。まるで悠殿のような方だな」

「い、いや。神様と一緒にされるのは恐れ多いですよ」

 悠は何故か冷や汗ダラダラになり

「それ、本当の話混じってるきゅ」

 求愛が小声でボソッと呟いた。




「そうだ。天一は大妖魔の居場所を知ってるの?」

 たけぞうが尋ねる。

「大妖魔かどうか分からないけど、何か変な気を感じる場所があるんだ」

「それってどこ?」

「えっと、これ見て」

 天一は何処からともなく取り出した地図を広げた。


「あ、これって日ノ本と同じ?」

「そうだな。やはりここは表裏一体の世界なのだな」

 たけぞうとお鈴がそれを覗き込みながら言う。


「今いる場所はここでね、気を感じる場所はここだよ」

 天一はまず江戸の辺りを指し、次に指したのは


「え? そこって」

 和泉国の西の海だった。


「海の上に何かあるのか? それとも海の底?」

 お鈴が尋ねると

「そこまでは分からないよ。でも気の感じ方からして、そんな深い位置じゃないよ」


「よし、明日そこに偵察隊を出そう。天狗達なら一時で戻ってくるからな」

 道鬼がそう言うと

「すみません。我等もお供出来ればいいのですが」

 長三郎が申し訳無さそうに言う。

「気にするな。他で助けてくれればよい」




 そして翌日。

「何、島があっただと?」

 道鬼が戻ってきた偵察隊の報告を聞いていた。

「はい。遠目でしか見えませんでしたが、間違いなく」

「島には上陸しなかったのか?」

「あそこには結界が張られていました。おそらく大妖魔の本拠ではないかと」


「ええ、そのようね」

 文車妖妃が頷く。

「よし、明日にでも出発しようよ」

 たけぞうが皆に言う。

「それはいいが、結界をなんとかする手はあるのか?」

 お鈴が尋ねると

「私達の世界で言う堺に行けば、結界をなんとか出来るはずよ」

 文車妖妃がまた答えた。




「じゃあ、そろそろ行くね」

 たけぞうが天一と春菜に言う。


「うん。気をつけてね」

「わたし達も後から追いかけますよ、ね」

 二人は笑みを浮かべて答えた。


 そしてたけぞう達はおキヌの背に乗り、一路西へと向かった。

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