第61話「代わりに来た少女」

「もう大丈夫ですよ。少し眠ったら元気になります」

 悠が少女の脈を取りながら言う。

「ほ、よかったポコ」

「ああ、そうだな」

 かすみと黒羽が胸を撫で下ろした。



 屋敷に戻り早速悠に少女を診てもらうと、彼はあっという間に薬を調合してそれを飲ませ、妖力で体力をある程度回復させた。


「てか悠って凄すぎだよ。病も簡単に治しちゃうんだから」

 たけぞうが感心していると

「いいえ、実を言うと最初見た時は血の気が引きましたよ」

 悠が冷や汗をかいてそんな事を言った。


「そ、そんなに悪かったの?」

「はい。風邪をこじらせたのか、肺をやられてました。ですがかすみさんが先に薬を飲ませていたのと、黒羽さんがツボを突いてくれたおかげで手遅れにならずに済みました」


「え、あの薬って効いていたのかポコ?」

 かすみがおそるおそる聞く。

「ええ。それがなければおそらく、ツボを突いても効果ありませんでした」

 悠が頷きながら言う。


「そうか。ではかすみのおかげでもあるな」

「ううん。黒羽さんのおかげだポコ」

 黒羽とかすみが互いにそう言っていると

「二人のおかげだよ、ね」

 たけぞうが皆の方を向いて言うと、全員が頷いた。



 その後かすみが少女を看病すると言ったので任せる事にして、他の面々は別室に移り、これなら必要になるからと、主に香菜と黒羽が薬の調合法と初歩的な医学を教わる事になった。


「なるほど、こんな調合法もあったのか」

 黒羽が感心して頷いている。

「ええ、これなら早く出来るでしょ?」

「ああ。旅の途中でも出来るな」


「悠さん、これって何ですか?」

 香菜が包みにあった粉薬を見せる。

「それは膃肭臍の睾丸を煎じたもので、男性が飲めば夜も元気になり」

「あの、これって余分にあります?」

 香菜の目が何やら怪しく光った。

「はい、たくさん持ってきましたので。なんなら他にもそっちにいい食べ物をお教えしますよ」

「あの、私にもそれを」

「私も教えて」

 お鈴と阿国が悠の側に寄る。

「ええ、いいですよ」


「み、皆様大変ですね」

 傳右衛門がそう言うと、彼女達の夫三人は頭を抱えた。


「求愛さぁ、どうした?」

 おキヌが首を傾げながら尋ねる。

「む~、悠は年上の女性ばっかだきゅ~」

 求愛は膨れっ面になっていた。

「一番好きなのは求愛さぁじゃろ。あんなもん持っとるんじゃし」

「ま、まだそこまでしてないきゅ~」

 今度は顔を真っ赤にして言う。

「大事にされちょっね」




 しばらくして少女が起きたとかすみが伝えに来たので、皆で部屋へ向かった。


「あれ、ここは何処?」

 少女は起き上がって部屋をキョロキョロと見渡していた。


「ねえ、大丈夫?」

 たけぞうが声をかけ、少女にこれまでの事を話した。

「そうだったのね。あたしはこの国に来てから体調が悪くなって、そして……あ、助けてくれてありがとう」

 少女が礼を言う。


「いいって。ところであんたの名前は?」

「あたしは琉香るかっていうの。よろしく」

 その少女、琉香が名乗ると


「呼んだのは父親の方なのだが、何故お主が来たのだ?」

 八幡大菩薩が首を傾げてそう言った。


「え、この娘のお父さんがそうだったのですか?」

 たけぞうが八幡大菩薩の方を向いて聞くと


「そうだ。彼は歴史上で十指の弓使いで、たけぞうや彦右衛門に勝るとも劣らない力を持っているのだ」


「そ、そんな凄い方がいるのですか?」

 それを聞いた三郎が震えながら尋ねる。


「ああ。だが返事が来なかったのでどうしたのかと思ってたのだ」


「お父さんはどうしても外せないお仕事ができたので、代わりにあたしが来たんです。でも」

 琉香が俯きがちになって言うと


「遠くからここまで来たからか、疲れたのであろう。とにかく無事でよかった」

 八幡大菩薩が安堵の表情を浮かべた。


「はい。ところで、あたしでもいいでしょ?」

「うむ、考えてみれば父親よりお主の方がこの場は適任かもな。よろしく頼むぞ」

「はい!」



「琉香ちゃん、今日は安静にしてね」

 悠は砕けた口調で親しげに琉香に話しかけた。


「はい。あの、もしかして?」

 琉香が悠の顔を見て尋ねる。


「ん、そうだよ。でもね」

「うん、分かってるわ」

 何やら言外の会話をする二人だった。


「ねえ、もしかして二人は知り合いなの?」

 たけぞうが尋ねると

「琉香ちゃんとは初めてですが、ご両親が僕の兄夫婦の友人でして、僕も会った事あるのです。お母さんによく似ているのでもしやと思ってましたが」

「ああ。さっき名前を聞いて確信した?」

「ええ、そのとおりです」


「あたしも悠さんと求愛さんの事は両親から聞いてたから、もしかしてと思ったわ」

 琉香が頷きながら言い

「ボクの事はともかく、悠の事はよく分かったきゅね?」

 求愛が首を傾げると

「だってこんな格好良いお医者さん、悠さん以外にいないでしょ?」

 琉香はややウットリした表情で言った。

「うん、そうだきゅ~!」


「あのねえ、そんな訳ないだろが」

「たけぞう、そう言ってやるな」

 たけぞうの呟きにツッコむ彦右衛門だった。



「あの、琉香殿は異国からおいでになられたそうですが、どこの国からですか?」

 三郎が尋ねると

「えっと、こっちでいう芬蘭土フィンランドって国から来たんだけど、分かるかな?」

 琉香が何やら考えながら答える。

「たしか欧羅巴ヨーロッパの北の方ですね。よく日ノ本に入って来れましたね」

「八幡大菩薩様が道を作ってくれてたからよ」

「そうですよね。でないと港で捕まってますよ」


「さ、そろそろ夕飯にしましょ。琉香ちゃんの分はここに持ってくるわね」

 阿国が皆を見渡して言うと


「え~、皆と一緒にじゃダメ?」

 琉香が不満気にそう言う。

 

「ダメ、安静にしてて」

 悠がそう言って頭を振る。

「俺が部屋まで抱き上げて行く。戻る時もそうするが、どうだ?」

 黒羽がそう尋ねた。


「うーん。まあ、それならいいですよ」

「そうか、では早速」


「きゃあっ!?」

 黒羽は軽々と琉香を抱き上げた。

 所謂お姫様抱っこで。


「さ、行こうか」

「え、ええ」

 琉香は顔を真っ赤にしていた。


「琉香は黒羽が女だって分かってるのかな?」

「分かっていたとしても、ああなるぞ」

 たけぞうの呟きにお鈴が答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る