第19話「ここから新しく」

「文車妖妃、ってまさかあの?」

 三郎が尋ねる。

「あなたが知ってる私は『古い恋文に篭った怨念や情念などが変化した妖怪』よね?」

「違うのですか?」

「ううん、それも間違いじゃないわ。けど今の私は天照大御神様の命を受け、この世に存在する全ての事柄の管理者をしているのよ」

 文車妖妃はそう答えた。


「なるほど、だから私の事も」

 それを聞いた龍之介は得心した様子で頷いた。

 どうやら彼も詳しくは知らなかったらしい。

「まあ、それはいいでしょ。さ、皆座って」



「さて、残りの人がどこにいるかね。まず明石志賀之助さんともう一人はこの山を降りたところにある村で会えるわよ」

「え、そうなの?」

 たけぞうが尋ねると

「ええ、その村で困ったことがあったみたいでね、志賀之助さんがそれを聞いて助けに行く所なの」

「もう一人の人も?」

「そっちはただあてもなく旅してるとこ。そして偶然志賀之助さんと同じ日にその村に辿り着くのよ」

「あの、困ったことってなんですか?」

 ジャンヌが尋ねた。


「それはそこへ行けばわかるわ。二人でもたぶんなんとかなるでしょうけど、皆も手助けしてあげてね」

「うん、わかったよ。これで七人、あと四人は?」

「こっちも偶然だけど残りの四人もいずれ一箇所に集まるわ。その場所はね、住吉大社よ」

「住吉大社、そこからだと」

 三郎が呟くと、

「ええ、敵の本陣は近いわね」

「文車妖妃殿、敵は本当にかの」

「そうよ。何故そうするのかは私にもわからないけどね。さ、皆今日は泊まってってよ。二人が着くのは明日だから、朝早くここを出ればちょうど村の入口で会えるわよ」

 文車妖妃がそう言ったので一行は早めに休んだ。




 そして夜中。

 ふと目が覚めた龍之介は外に出て、満天の星空を眺めていた。


「住む世界は違っても、星空は同じなんだな」

 龍之介がそう思っていると。

「ん? 今何か物音がしたな。あっちの方か?」

 龍之介は音がした方へ歩いて行った。


 そこには井戸がありその側では、ジャンヌが着物を脱いで体を拭いていた。


「あ」

「え、きゃああ!?」

 ジャンヌは慌てて体を隠した。

「す、すまない。しかし何故こんな時間に?」

 龍之介は目を逸らして言ったが、ジャンヌは黙ったままだった。

 すると龍之介は、

「失礼だが少し見えてしまった、その火傷の痕。もしやそれで?」

「はい。うっかり見られないように、と思って」

「やはり。しかしそんな傷をどこで?」

「私も覚えてないんです」

 ジャンヌは自分の記憶が無い事を話した。


「そうだったのか。重ね重ね失礼した」

「いえ……」

「そうだジャンヌ殿、文車妖妃殿なら記憶を戻せる術を知ってるかもしれんぞ。明日聞いてみたらどうだ?」

 するとジャンヌは暗い表情になり


「実は思い出すのが怖いんです。思い出すと何かに押し潰されるのではないかという気がして」


「そうか。また失礼した。なら無理に思い出す事もないだろう。それと」

「はい?」

「以前は以前として、今ここから新しく始まった、と思えばいいのではないか?」

 龍之介がそう言うと

「ええ、そうですね」

 ジャンヌは少し笑みを浮かべた。




 そして翌朝

「文車妖妃殿、ありがとうございました」

 三郎は礼を言ったが

「お礼は目的を達成した後にお願い」

「はい、その時はまたこちらに」

「ええ。あ、そうだジャンヌさん、ちょっと」

「は、はい?」

 文車妖妃はジャンヌの耳元でこう囁いた。

「あのね、あなたはいずれ記憶が戻るわ。その時にあなたは苦しい思いをすることになるでしょう、けどね」

「けど?」

「その時にはあなたを支えてくれる人が現れるわよ、だから怖がらないでね」

「……はい」


「じゃあ、もう行くね」

 たけぞうは文車妖妃にそう言った。

「ええ。武運を祈ってるわよ。またね」


 こうして本多龍之介を加えた一行は、明石志賀之助ともう一人の強者と合流すべく麓の村へと歩いていった。

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