第59話「兄弟弟子の烏天狗」

 たけぞうとお鈴は屋敷から東の方へと歩いていた。


「そういえば、これから会う二人はどんな者達なのだ?」

 お鈴が尋ねる。

「向こうはおれの顔知ってるみたいだからすぐ分かるって。あと二人共妖怪だってさ」

「そうか。しかし人間だけでなく妖怪や龍神もいるとは」

「八幡大菩薩様はたぶん、異なる者達が力を合わせて大敵に立ち向かうようにしたいんだろね」

「なるほどな。これは全ての者達の戦いでもある、か」



 それから歩くこと半時

「まだ会わないねえ、道は合ってるはずだけど」

「少し休むか。もしかするとそのうち、ここを通るかも」 

「そうだね」

 二人は木の下に腰を下ろし、一休みした。


「ふう、いい天気だね」

「ああ」

 見上げれば空は青く澄み渡っている。

 時折吹く風が涼しく心地良い。


 二人はしばし戦いの事を忘れ、寛いでいた。


「今が戦いの時でなければ、松之助と三人でこうしていたいものだな」

 お鈴がそう言うと

「そうだね。でもさ」

 たけぞうはそうっとお鈴を抱き寄せた。

「ちょ、何を!?」

 顔を真っ赤にして狼狽えるお鈴。


「今ば二人っきりだしね。いい?」

「あ……ええ」

 お鈴が目を閉じ、たけぞうが顔を近づけようとしたその時。



「あの、もし」

「うわあああっ!」

 声がしたので慌てて離れる二人。


 そこにいたのは修験者の服を着ていて、手に錫杖を持っている者だった。

 烏の濡羽色と言ってもいい短い髪で目つきは鋭く、歳はお鈴と同じ位に見える。

 そして背に髪と同じ色の翼が生えていた。


「あ。す、すまない! やっと会えたと思ったものだから、つい!」

 その者は状況を察し、顔を真っ赤にして謝罪した。


「会えた? ああ、あなたはもしかして?」

 お鈴が尋ねると


「あ、ああそうだ。俺は烏天狗の黒羽くれは。鬼一法眼様の弟子で、あなた達と共に戦う者の一人だ」

 その烏天狗、黒羽が名乗った。


「法眼様の? いつ弟子になったの?」

 たけぞうが尋ねる。

「先の第六天魔王との戦の前に弟子入りした」

「あれ、あの時いなかったよね?」

「あの時は天井裏にいて、曲者が入ってこないよう見張っていた」

「へえ、全然気配感じなかったよ。でもさ、法眼様は何であの時あんたを推さなかったんだろ?」

「あの時の俺はまだ心が未熟だからあっさり妖魔に憑かれると言われたのだ。その後修行を重ね、八幡大菩薩様の推挙もあってやっとお許しを得た」

「そうだったんだ。うん、よろしくね」

 たけぞうが頷きながら言う。

「こちらこそよろしく、兄者」

 黒羽はたけぞうを兄と呼んだ。


「え? ああそうか、おれにとって黒羽は弟弟子だしね」

「弟ではないのだが」

 黒羽は顔をしかめた。

「は?」


「たけぞう、黒羽殿は女だぞ」

 お鈴も顔をしかめて言う。

「ごめん、その、見た目が」

「男っぽくで悪かったな。それと姉者、俺の事は呼び捨てでいい」

 黒羽はお鈴の方を向いてそう言った。


「え、何故私を姉と?」

 お鈴が首を傾げて言う。

「兄者の嫁だし、俺の方が年下だからな」

「年下って、黒羽は何歳だ?」

「十八だ」

「そうなのか? てっきり私と同じくらいかと思ったぞ」

「よく言われる。あの、嫌だったら」

 黒羽がやや不安気に言うと

「いいぞ。よろしくな」

 お鈴が笑みを浮かべて言うと

「よろしく。俺は男兄弟の中で育ったから、姉ができて嬉しく思う」

 黒羽も娘らしい笑顔になった。



「ところでさ、何かあったって聞いたんだけど大丈夫だった?」

 たけぞうが尋ねると

「いや。恥ずかしながら、ただ道に迷っていただけだ」

 黒羽は頭を掻きながら答えた。

「ああ、だからさっきやっと会えたって」

「そうだ。ここまで来るのに苦労した」


「黒羽は空を飛べるのだろ? そうすれば迷わなかったのでは?」

 お鈴が尋ねると

「最初は飛んで三河へ向かったつもりだったが、気がついたら蝦夷地にいたのだ。それで慌てて引き返したら、今度は琉球に行ってしまった」


「……方向音痴にも程があるだろ」

「てか、それなら鞍馬山で待ってればよかったのに」

 お鈴とたけぞうが続けて言うと

「法眼様にもそう言われたが、皆さんに早く会いたくて」

 黒羽が俯きがちになって答えた。


「気持ちは分からなくもないが、無理するな。それで戦えずじまいになったら元も子もないだろ」

 お鈴がそう言うと

「ああ。今後は無茶しない」

 黒羽が顔を上げて答えた。

「ん、それでいい」



「さて、もう一人を迎えに行こうよ」

「そうだな。黒羽も一緒にな」

「すまない。束の間の二人っきりを邪魔して」

 黒羽が申し訳なさそうに言う。

「気にしなくていいよ。ところで黒羽って、刀持ってないね?」

 たけぞうは気になっていた事を尋ねる。

「ああ。俺は棒術の才があると言われたので、そっちを学んだ。それと妖術も少々」

 黒羽はそう言って錫杖を掲げた。

「そうなんだね。じゃあ後で手合わせする?」

「ああ。胸を借りるつもりで挑ませてもらう」

「ん、おれの胸を借してもあんま大きくならないけどね」

 たけぞうが黒羽の胸を見て言った。




「うえええん、姉者あああ」

「よしよし。たけぞう、それは冗談でも言ってはダメだ」

 お鈴は泣きじゃくる黒羽を抱きしめ慰めながらたけぞうを睨むが


「あ、が」

 たけぞうは既にお鈴と黒羽にズタボロにされていて、何も言えなかった。


「ひっく……ん、誰だ?」

 黒羽は何者かの気配を感じ、涙を拭って身構える。


「あの、そこでぼろ雑巾みたいになってるの、たけぞうさんかポコ?」

 そう言って現れたのは……。

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