第79話「若い娘達が衣服を裂かれ」

「う、ここは?」

 黒羽が辺りを見渡す。


「地面の底に落ちちゃったみたいよ」

 それに答えたのは琉香だった。


 そこは地の底ではあるが、どういう原理か穴全体が光っていた。

 そして天井も塞がっていた。


「そうか。ところで兄者達は?」

「見当たらないわ。はぐれたみたい」

「では俺達だけで進むか。何処かで会うかもしれんし」

「罠かもしれないわよ」

「その時はその時だ。さあ、行こう」

 

 そして二人は奥へと進んでいき、しばらくすると天井が高くて広い空洞に出た。


 すると 

「……誰だ!?」

 黒羽が身構えながら叫んだ。


「ウキキ。若い娘が二人とは、役得だウキー」

 現れたのは全身が真っ黒な猿の魔物だった。


「な、なんかやらしそうな顔してるわね」

 琉香が顔をひきつらせて言い

「だが強いぞ。油断はできん」

 黒羽が黒猿を睨みながら言った。


「ウキキ、二人共死にたくなければ俺に抱かれろウキ」

 黒猿がヨダレを垂らしながら言う。


「嫌だ。俺は彦右衛門殿に抱かれたいのだ」

 黒羽が真顔で言うと

「ウキキ、それなら大妖魔様の軍門に下れ。そうすれば好きなだけそいつとやれるように計らってやるウキ」

「断る。そんな事するくらいなら死んだ方がマシだ」

「じゃあ死んだ後、その体を貪ってやるウキ」

 黒猿が戯けた事をほざいた時


「超変態死ねええー!」

 琉香がキレて矢を立て続けに射った。


「ウキーっ!」

 黒猿は急所に当たりそうなものは避けたものの、何発かは喰らってしまったようだ。


「チッ、仕留められなかったわ」

 琉香が舌打ちして言うと

「だがあれで動きは鈍っただろう。後は俺が」


「甘いウキ!」

 黒猿は怪我を物ともせず素早く動き

「ぬおっ!?」

 黒羽の胸に掌打を当てて突き飛ばした。




「ぐ、思っていた以上の力だ」

 黒羽が立ち上がると

「ぐ、思っていた以下の胸だウキ」

 黒猿がニヤつきながら言った。


 プチ

「貴様あああ!」

 黒羽はキレて滅茶苦茶に殴りかかった。


「ウキキー!」

 だがやはりそんな攻撃が通用するはずもなく、簡単にかわされる。


「よーし、これでもくらえー!」

 琉香がまた矢を立て続けに放ったが


「ウキー!」

 黒猿はそれらをあっさり避けていった。


「キーッ! おとなしく射抜かれなさいよー!」

 琉香が地団駄を踏みながら叫ぶと


「嫌だウキ。俺がお前らを挿すんだウキ」


「あんた武器持ってないでしょうがー!」


「あるウキ、ここに」

 黒猿はそう言って自分の股間を指差した。


「……死ねええー!」

 琉香は顔を真っ赤にして矢を放ち


「とりゃああ!」

 黒羽がその隙を突こうと錫杖を振りかざしながら向かっていったが


「だから当たらんウキ」

「ぐっ!?」

 黒猿は飛び上がってそれらをかわした。


「お、おのれ」

「ううう。変態なのに強いだなんて、なんか嫌よ」


「変態変態って、そんなに言うなら本当に変態な事してやるウキ」

 黒猿がそう言って姿を消したかと思うと


「え、ウワアアッ!」

「キャアーーー!」


 瞬く間に黒猿の爪で黒羽と琉香の服が引き裂かれ、全裸に近い状態にされてしまった。


「ウキキ、いい眺めだウキ」

 黒猿がヨダレを垂らしながら言う。


「なによこのエロザル、あたし達を殺すんじゃなかったのー!?」

 琉香が胸を隠しながら怒鳴ると

「やっぱ生きてる方がいいから、気絶させてやるウキ」


「ま、待て。その前に一つ教えてくれ」

 黒羽が手をかざして尋ねる。

「ん、なんだウキ?」


「大妖魔が子供なのは本当か?」


「仮のお姿なのか本当にそうなのかは知らんが、普段はそうだウキ」

 黒猿はあっさりと答えた。

「そうか、それだけでもありがたい。では」

 黒羽が反撃に出ようとすると


「ウキキ、こういう場合喋った後で逆転負けという流れだろうが、俺にそれは通用せんウキ!」


「え、ウギャアアーー!」

「キャアアアーー!」

 黒猿の両手から黒い電撃が放たれ、黒羽と琉香を宙に浮かせた。


「さあ、気を失えウキ。その後で大妖魔様に洗脳してもらうウキ」

 黒猿がニヤニヤしながら言う。


「う、ぐ」

「うう~!」

 だが二人共それを振り払おうと必死にもがいていた。


「こいつらしぶといウキ。流石ここまで来るだけの事はあるウキ」


「く、くそ。ここで終わ……ぐ」

 黒羽は腕をだらんと下げ、目を閉じた。


「あ、あ、黒羽さ、ん」

 琉香が苦しそうに言う。

「お、あと一人だウキ」


「う、もう……おと、うさ、ん」




 ねえ、お父さんって昔強大な敵をやっつけたのよね?


 うん、そうだよ。


 怖くなかったの?


 そりゃ怖かったよ。でも頑張らなきゃと思ったよ。


 なんで?


 僕が倒れて大切な人達が苦しむ方が、もっと怖かったからだよ。


 うん、あたしもそれ怖い。 


 だよね。でね、そう思ったからか「これ」を使えるようになったんだ。


 それ、お母さんも使ってるわよね?


 うん。琉香もいつかは出来るようになるはずだよ。


 あたしに出来るかな?


 出来るよ、いつか必要になった時にね。




「そうだ。それ、今よね……よーし!」


「ん? なんだ……ウキー!?」

 琉香の体が突然白く光り輝きだしたかと思うと、電撃を振り払った。


「はっ?」

 そして黒羽が気がつき、琉香を見つめた。

「何が起こっているのだ? 琉香が……輝いている?」



「さあ、いくわよ!」

 琉香が弓を引き絞るが


「ウキ、矢が無いだろが、え」

 いつの間にか光り輝く矢があった。


「はっ!」

 琉香がその矢を射ると、あっという間に無数の矢に変わり


「ウキキーー!?」

 黒猿の全身に突き刺さった。


「よっし、出来たあ!」

 琉香が拳を握りしめて叫ぶと


「お、おのれウキー!」

 黒猿が傷を負いながらも向かっていったが


「遅い!」

 立ち上がった黒羽が突進していき


「グアッ!?」

 黒猿を蹴り上げ、黒羽もすかさず飛び上がり


「はあっ!」

 錫杖で勢いよく黒猿を叩きつけ、地面に激突させ

 

「とどめだああ!」

 黒羽もそのまま落下し、錫杖を黒猿の心臓に突き刺すと


「ウキィーーー!」

 黒猿は断末魔の叫びをあげ、塵となって消えた。




「ふう、琉香のおかげで勝てたな」

 黒羽が額の汗を拭いながら言うと

「へへーん、っていえいえ」

 一瞬調子に乗りそうになった琉香だった。


「ふふ。ところで今のは何だったのだ?」

 黒羽が笑みを浮かべて尋ねる。

「あれは心の力。『心力』というものよ」

「心力……そんな力があるのか」

「ええ。誰にでもあるわよ」

「え、俺にもか?」

「そうよ。何かを純粋に想う人なら使えるって」

「ほう。琉香は何を思ったのだ?」

「そりゃお父さんとお母さん、お兄ちゃん。そして黒羽さんや皆よ」

「そうか。それなら俺も使えるかもな」

 黒羽は自分の両手を見つめながら言った。



「そうだ。さっき言ってたが、琉香には兄上がいるのか?」

 黒羽がふと尋ねる。

「うん。あたしの一歳上でね、今は両親のお仕事手伝ってるの」

「そうか。もし兄上がこの状況を見たらどう思っただろうな」

「お父さんと一緒にあいつ粉々にしてたでしょうね」

「ふふ、うちの兄達はどうしていただろうな……と、そろそろ行くか」

「待ってよ。着替えてから行きましょ」

 琉香は黒羽が先に進もうとするのを止めた。

 

「いや、着替えなんて持ってないが」

「それがあるの。ほら」

 そう言って琉香は腰に下げていた小さな袋から何着もの衣装を取り出した。


「ほう、これは法眼様の術に似ているな」

「たぶん原理は同じだと思うわ。さ、着れそうなのがあったらあげるわ」


 そして琉香は白い道着と紺色の袴を、黒羽は黒い忍装束を身に纏った。


「しかしよくこんな装束を持っていたな」

「あたしの友達にいろんな服作るのが趣味の子がいてね、いくつか貰ったのよ」

「そうか。さて、そろそろ行こうか」

「ええ」


 黒羽と琉香は更に奥へと進んでいった。

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