第36話「それぞれのその後」
そして一行は大坂は平野郷にあるとある庄屋の屋敷にいた。
ここの主人も対妖魔隠密であったので、皆で休ませてもらっていた。
それとここに着く前。
「お主達に何か礼をせねばならぬな。そうだ、これを」
秀頼はたけぞうに何かの地図を渡した。
「何これ?」
「それには私が生前隠しておいたへそくりの在処が記されている。そのくらいでは足りぬが、せめてもの礼として受け取ってもらえないだろうか?」
秀頼はそう言って霊界へと還っていった。
「で、偶然だけどそれこの近くだったんだよね」
「ああ、しかし何であんな畑のど真ん中に埋めてあったのだ?」
たけぞうと彦右衛門が話していると、
「さあなあ? まあ、あそこからは何かの力を感じたので秀頼殿もそれを感じたのかもな」
果心居士はそう言った。
「しかしこれ、へそくりってもんじゃないですよ」
「本当にね。皆で山分けしても取り分は結構な額になるわね」
三郎と阿国が呆れながらそう言った。
そのへそくりとは大きな桶にぎっしり入っていた小判だった。
おそらく一万両にはなるかという程の。
「そうだ、どうせならもっとお話を聞きたかったな。落ち延びた先でどう暮らしていたのかとか」
「そうだな。平穏に暮らしていたと太閤殿下が仰られていたが」
たけぞうと彦右衛門が言う。
「まあまた現世に来る事もあるじゃろうから、その時にでもな」
そして数日後。
「ではそれがしはこれで。皆様お達者で」
「うん、一学さんもね。また会おうね」
「はい、また」
清水一学義久はその後幾度かたけぞう達と会っていたが、赤穂浪士討ち入りの際に主君吉良上野介を守って浪士達と戦い……堀部安兵衛との一騎打ちの末に命を落としたと伝わる。
「それじゃワシもここでお暇するでごんす」
「志賀之助さん、今度手合わせしてよ」
「おおいいとも。ワシも日々精進しておくぞ」
「うん、じゃあ」
明石志賀之助はその後旅先で多くの技を研究し、現在の相撲四十八手を考案した。
だが初代横綱、日下開山であるはずの彼の足跡は現在にはあまり伝わっておらず、実在も疑われているが、彼はたしかにそこにいたのである。
あと、今世の相撲界を見た彼はどう思うであろうか。
「じゃあオイラはまた旅に出るチュー」
「鼠之助は村に帰らないの?」
「うん、どこかいい場所を見つけたらそこに住みたいと思ってるんだチュー」
「そうか。じゃあそれ見つけたら教えてよ」
鼠之助はその後も旅を続け、修行を重ねさらに強くなっていった。
そして晩年にはとある村に落ち着き、そこで村人達に護身術を教えながら余生を送った。
その村とは後にたけぞうが作った村であった。
「では拙者もこれで。次は三郎様の祝言の時にでも」
「うん。そういえば傳右衛門さんも対妖魔隠密なんだよね」
「ええ。人々に憑く妖魔を陰ながら撃ちぬいていきますよ」
稲富傳右衛門はその後も隠密を続けた。
その後彼がどうしていたかは、あまり記録に残っていない。
それは隠密であったがゆえであろう。
「では私もそろそろ……ああ、そうだ。私がどこから来たか言ってなかったな」
「龍之介さんって本当はリンドブルムって名前だよね。じゃあ南蛮から来たの?」
「いや、遠い異世界からだ。と言っても信じてもらえるかな」
「異世界? おれ前に違う世界に迷い込んだ事あるけど」
「ほう、それはどんな世界だ?」
「えとね……てなとこだったよ」
すると龍之介はしかめっ面になり、
「たけぞう殿、それは私が住んでいる世界だぞ」
「え、そうなの?」
「そういえば以前健殿が言ってたな、不思議な河童と出会ったと。たけぞう殿の事だったのか」
「龍之介殿、聞きたいのだがお知り合いに美華殿という方はいないか?」
彦右衛門が尋ねると
「ああいるとも。彼女もここに来てたのか」
「あ、そういえば美華さんは彦右衛門さんに会ったことがあるって言ってたな」
たけぞうも美華が言っていた事を思い出した。
「ああ。太閤殿下の手伝いをした時にな。やはりそうだったのか」
「あの、龍之介さん」
ジャンヌが龍之介に話しかけた。
「ん、何だ?」
「私も龍之介さんと一緒に行っていいですか?」
「え、でもいいのか?」
「ええ。私はこの世界ではもう死んだ身です。それにどうせ新しく始めるなら違う世界に行くのもいいかな、と思って」
「ジャンヌ殿がそれでいいのなら」
「いいんです。私は龍之介さん、いえリンドブルムさんと生きたいのです、ずっと」
「え? ……いや、いずれきちんと言う」
「ええ、待ってますよ」
ジャンヌは微笑みながら答えた。
「うん、いい感じだね」
「ああ、よかったな」
たけぞうと彦右衛門は二人を見て笑みを浮かべていた。
そして
「そうだ、ジャンヌ殿を助けた者についてだが」
「ああ、未来から来た者の事じゃな。ちょいと」
果心居士は龍之介とジャンヌにだけ聞こえるように話し始めた。
「ジャンヌ殿を救ったのはな、彦右衛門殿の六百年後の子孫、
「え、彦右衛門殿の?」
「ああ、彼女はジャンヌ殿の伝記を読んでその境遇を悲しみ、なんとかして救い出したいと思い過去に飛んだそうじゃ」
「あの、その沙貴さんという方は何故そんな事ができるのですか?」
ジャンヌが尋ねる。
「それは彦右衛門殿が持つ力が何百年と伝わっていくうちに強まり、彼女とその弟の代で最高位に高まったからという事じゃ」
「も、もう想像つきません」
「果心居士殿、彦右衛門殿はお地蔵様から力を授かったと聞いたが、もしや元々何かしらの力を持っていたのでは? たとえば」
龍之介が言い終わる前に果心居士が
「それは龍之介殿が思ってるとおりじゃ。彦右衛門殿自身は知らぬが、彼はあの御方の血筋じゃしな」
「そうか、やはり健殿と同じか」
「ああ。これはいずれ彦右衛門殿も知る事になるが、今は言わないでくれな」
果心居士にそう言われ、龍之介は無言で頷いた。
そこへたけぞうが話しかけてきた。
「ねえ、ところで龍之介さんはどうやって元の世界へ帰るの?」
「あ、そうだった。では文車妖妃殿に聞きに行くか」
「ああ、それなら儂が聞いておるわ。ここから近いところにある神社に元の世界への扉があると言うとったぞ」
果心居士がそう言った。
「そうか、わかった。ではたけぞう殿、皆さんもお元気で」
「たけぞうさん、法眼様によろしくお伝え下さい」
龍之介とジャンヌが続けて言う。
「うん」
「それと……ありがとうございました」
ジャンヌは彦右衛門に向かってお辞儀した。
「ん? いや拙者は特に何も」
「あ、いえすみません、彦右衛門さんじゃなくて」
ジャンヌは彦右衛門の隣に遠い未来に生まれる少女の幻を見ていた。
本多龍之介ことリンドブルムは遠い異世界に帰っていった。
彼は元の世界ではとある国の大公爵、筆頭重臣ともいえる立場であった。
しばらく無断で留守にしていたので王から叱責されるかと思いきや、心配していたと泣いて抱きつかれた。
リンドブルムは改めてこの王に生涯忠誠を尽くそうと思うのであった。
ジャンヌもリンドブルムに着いていき、その異世界で新たな生活を始めた。
最初はいろいろ戸惑ったもののすぐに慣れ、そこに住む者達とも仲良くなった。
そして現代でいうクリスマスの日、ジャンヌはリンドブルムに求婚され、その後二人は共に幸せに暮らした。
「ではたけぞう殿、拙者達もこれで」
「うん三郎さん。阿国さんと仲良くね」
「ええ、たけぞうさん、祝言の時には来てね」
阿国は笑顔でそう言った。
「うん、でもおれ旅から旅だしなあ」
「なら日を決めておきますよ。来年の……の日に三河に来てください」
三郎がある日を言うと
「わかったよ。あれ? その日って?」
「はい。皆が集まった日ですよ。」
「そうか。うん、絶対行くから」
「お待ちしてますよ」
岡崎三郎はその後も対妖魔隠密の任務を続け、各地を転々とした。
五代目出雲阿国ことおまきは三郎の妻となり、三河で夫の帰りを待ちながら日々過ごした。
やがて二人は子宝にも恵まれ、その子孫は彦右衛門やたけぞうの子孫と共に外宇宙から来た巨悪に立ち向かうことになるが、その物語は。
「さて、儂もそろそろ行こうかの」
「果心居士さんはこれからどうするの?」
「ん? そうじゃな、いつかまた新たな敵が来るやもしれんから、その時まで休んでおこうかな」
「いつかって、もしかしたら何百年も先かもしれないじゃんか。それまで生きてられるの?」
「まあ儂は不老不死ではないからな。だがもし儂がおらんでもかの者がなんとかしてくれるじゃろ」
「ん、かの者って?」
「たけぞう殿が持ってる竹筒の中にいる者じゃ」
「そんな事も知ってたんだ。この中にいるのって大妖怪だって聞いたけど?」
「それは語れんな。まあとにかくその時が来るまでは開けぬようにな。下手に開けると危ないから」
「てかおれがその時まで生きてられるかどうか」
「あ、そうじゃったな。ではそう後世に伝えてくれんか」
「うん、わかったよ」
果心居士のその後はどこにも伝わっていない。
だが彼はもしかすると今も生きていて、何処かでこの世界を静かに見守ってくれているのかもしれない。
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