第10話「いつの日かきっと」

 深夜の事。

 たけぞうは妙な気配を感じて目を覚ました。

「ん? なんだろ?」

 たけぞうは障子を少し開けて外を見た。

 するとそこにはたくさんの黒い影がいた。

「!?」

 たけぞうは剣を取り、そうっと外に出た。




「フフフフ。ここにいるのか」

 黒い影の一人、忍びのような姿の男が言う。

「そのようで……ん? 誰だ!」

 たけぞうは忍びのような男達の前に立っていた。


「おれは池免武蔵だ。あんたら何者だ!」

「名乗るとでも思っているのか。邪魔するなら死んでもらおう」

「やだね」

 たけぞうは身構えた。


「待て、お前達の狙いは拙者だろう」

 そこに三郎が現れた。


「ええ、ですが我々は貴方様を殺しに来たのではありません」

 忍び達の頭領らしき男は、三郎に敬意を払うかのように語った。

「それはどういう事だ?」

「貴方様をお迎えに参ったのです。この国の頂点に立っていただく為に」

「頂点? ……そうか、お前達は拙者の素性を知っているのだな」

「はい。本来なら貴方様のご先祖様こそが権現様の後を継いてこの国を治める御方であったはず。なのに貴方様のご一族は闇の掃除屋のような事を……我々はそれが我慢なりません」

 頭領は悲しげに語り、他の忍びはある者は手で目を覆い、またある者は俯きがちになっていた。


 たけぞうはそんな彼等を見て、忍び達は根っからの悪人ではない、と感じた。


「我が祖先は天下泰平の為にこの道を選んだのだ。拙者もそれを誇りに思い、今の御役目を果たしているのだ」

「ですが三郎様、今の世は本当に泰平でしょうか? 見た目はそう見えても」

「……そうだな。だが拙者は信じる。権現様や多くの方々が夢見た真の天下泰平の世が訪れる日が来る事を、な」

「どうしても我々と共には来ていただけないと?」

「ああ」

 

「やむを得ません。ならば力ずくで」

「そうはさせないよ。無理矢理連れて行こうっていうなら」

 たけぞうは三郎の前に立ち、剣を抜いて身構える。 

「おお! 儂等も旦那様をお守りするぞ!」

 いつの間にか与七や新吉、村の者が手に武器を持って集まっていた。

「え? 皆酔いつぶれてたんじゃないの?」

 たけぞうは彼らを見て驚いた。

「本気で酔いつぶれてなどおらんわ、こういった事がないとは限らんからの」

「うん、じゃあ皆で」

「待て」

 三郎が皆を制した。

「え、三郎さん?」

「旦那様?」


「おい、お主の名は?」

 三郎が頭領に尋ねた。

「……源右衛門と申します」

「源右衛門か。ではここは拙者とお前で一騎打ちといこう。お前が勝てば拙者はお前達についていく。だが拙者が勝ったらこのまま引け」

「わかりました。それで」

「三郎さん! それならおれがやるよ!」

「いえ、たけぞう殿はそこで見ていてください」

 三郎は剣を取り源右衛門と向かい合った。


「……ぐ」

 源右衛門は動けないでいた。

 三郎に隙が全く見当たらなかったから。


 暫くの間、どちらも動かずにいた。

 そして、


「……はあっ!」

「!?」


「勝負あり、だな」

 三郎は源右衛門の首の後ろに剣を当てながら言った。


 源右衛門はいつの間にか三郎が持つ剣の切っ先に目が行っていた為、後ろに回り込まれた時に反応出来なかった。


「……はい、三郎様。そのまま首をお刎ね下さい」


「いや、お前達は考え方は違えど拙者の事を思い、こうやって行動してくれたのだろ? そのような者を斬れる訳がなかろう」


「う、うう」

 それを聞いた源右衛門は、溢れる涙を拭おうともせず泣いた。


「さあ、そのまま去るがいい」

「……わかりました。三郎様、お達者で」

 源右衛門達は去っていった。


「すげえなあれ。おれもいつか使えるように修行しよ」

 後にたけぞうはこれを元に、二天甲流の技の一つとなる「刃隠れ」を編み出すのである。



 

 翌朝

 たけぞうは三郎の部屋にいた。

「三郎さん、話って?」

「拙者の素性の事です。このまま黙っていようかと思いましたが、たけぞう殿に聞いてもらいたいのです。いいでしょうか?」

「うん、いいよ」

「では。まず拙者の祖先は権現様、徳川家康公の長男である信康公です」

「え? 信康公ってたしか戦国の世の時、武田家との内通の疑いで切腹させられたって人でしょ?」

 たけぞうは行く先々で学問も身につけており歴史も学んでいた。

「そうですよ。表向きは」

「表向きはって?」


「それは……信康公は武芸に優れていましたが、それ以上に妖魔の類にも立ち向かえる力を持っていました」


 戦乱の時代。

 人と人の争いから出る悪しき縁。

 そこから生まれる妖魔達はやがて一つの場所に集まり、国を滅ぼしかねないほどの者になりました。

 その妖魔の存在にいち早く気づいた織田信長公と家康公はそれらを倒そうとしましたが、妖魔には剣も弓矢も火縄銃も効かない。

 それでもどうにか手を打たねば、とあらゆる事を調べ……

 ある時、信康公が妖魔に立ち向かえる力を持っている事を知りました。

 それで内密に事を進める為に。


「歴史で知られているような噂を。そして表向き死んだことにしたと?」

「はい。妖魔の存在を知らしめたらこの国は更に混乱すると。だから」

「そうだったんだ。それで信康公は?」

「妖魔の大将と戦い勝ちましたが。完全には」

「そうだよね。まだいるもんね」

「ええ、なので信康公はその後隠密となり、生涯妖魔と戦い続けました。そしてその力と役目は子孫に受け継がれ、今は拙者が」

「……そうか。おれ思うんだけど、あいつらは三郎さんに天下人となってほしいってのもあったけど、ずっと影で戦い続けている三郎さんやご先祖様の苦労を思って、だから」

「それは有り難く思います。ですがこれは我が一族の役目です」

「うん……そして妖魔と戦うんだよね。これからも」

「はい。でもいつの日にか我ら一族が御役御免になる、その日は必ず来ると信じていますよ」

 三郎は微笑みながらそう言った。 

 



「じゃあ、おれはこれで」

「お達者で。また近くに来たら寄ってください。いつでも歓迎しますので」

「うん、ありがと」


 たけぞうは三郎達に見送られて旅立っていった。


 

 その道中、たけぞうは呟いた。

「きっと来るよねその日は。あの夢のように」


 

 たけぞうが見た夢、それは遠い遠い未来の事。


 不思議な気を纏った少年が大妖魔を光に変え、全ての悪しき縁を終わらせていた……そんな夢だった。

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