第3話「改名」

 人間になった武蔵はひとまず故郷の川へと戻った。

「ふう。人間の体だからか、山道がキツイや」

 武蔵は河童の力を封印したので以前よりは力が落ちていた。

 それでも本来なら並の人間以上なのだが、まだ人間の体に慣れていないせいかすぐ疲れるようだ。


「ただいま。鮫蔵」

「武蔵さんおかえりなさい、って本当に人間になってる!?」

 鮫蔵は武蔵の姿を見て驚いた。

「うん、おれ人間になれたよ」

 武蔵は経緯を話した。


「そうでしたか。それでこれからどうするんですか?」

 鮫蔵は武蔵に尋ねた。

「また旅に出るよ。今度はいろいろ見てくるつもりだから長い旅になりそうだけど」

「川なら俺がしっかり守りますよ。安心してください」

「うん、ありがとう」


 そして翌日

「じゃあ、行ってくるね」

「お気をつけて」

 鮫蔵に見送られて武蔵は旅立っていった。




 武蔵は城下町に着いた。

 河童の時にも何度かは来ていたが、

「やっぱ同じ町でも、顔を隠して見るのとはまた違って見えるな~」


 そしてゆっくりと町を見物して回った。


 しばらくして

「なんか皆に注目されてる気がするな。おれどこか変か?」


「ねえ、あの人って」

「凄くいい男ねえ」

「髪が金色って、南蛮の人かしら?」



「うーん、なんだろ?」

 若き日のたけぞうは女性に注目されてても気にしなかった。

 だが後には……


 またしばらく歩いていると

「あれ? あの人って」

 武蔵は一人の老人を見て呟いた。

 そしてその老人の側まで行き

「あの~」

「!?」

 声をかけられた老人は辺りを見回した。

「他に誰もいない? もしやわし?」

 老人は武蔵の方を向いて聞いた。

「そうだよ、あんたこの世の人じゃないよね」

「そうじゃ。わしの姿は普通の人間には見えんはずじゃが。お主いったい何者?」

「おれ? 元は河童だけど今は人間だよ」

 武蔵は経緯を話した。


「なんと、そのような事が」

「うん。ところでおじいさんはなんでこの世にいるの? 成仏できないとか?」

「いいや。わしはな、戦乱の世が終わり平和になった世の中をたまにこうして見に来てるんじゃ」

 老人はそう答えた。

「そうなんだ。あっちからどうやって来るの?」

「それは人それぞれじゃな。わしの場合は仲間が造ってくれた船で行き来しておる」

 そして老人は辺りを見回し、

「皆おおかた平和に暮らしておるの。何かに苦しんでいる者、貧しい者もいるが、それはこの時代の者になんとかしてもらおう」

「うん、おれもできる限りの事はするよ」

「ありがとう。そうじゃ、まだ名を聞いていなかったな」

「おれは武蔵っていうんだ。でもせっかく人間になったんだから違う名前にしようかなとも思ってるんだ」

「そうなのか? 武蔵もいい名だと思うがの」

 老人は首を傾げた。

「うん。そうだ、おじいさんならおれにどんな名前つけてくれる?」

 武蔵は老人に尋ねた。

「ん? そうじゃのう……お、そうじゃ。池免武蔵というのはどうじゃ?」

「いけめんたけぞう?」


「そうじゃ。遠い世界では美形の男をいけめんと呼ぶらしい。そして武蔵(むさし)を(たけぞう)にしてそれらを合わせて、な」

「ふ~ん、それいいな。じゃあおれはこれからは池免武蔵って名乗るよ」

「ああ。そうして貰えると嬉しいぞ」

「それでおじいさんはなんて名前?」

「わしはな、毛利元就もうりもとなりという者じゃ」

「え? 毛利元就……って戦国の世で謀神とか稀代の謀将とか言われていた、あの元就様!?」

 武蔵が驚き叫ぶと

「何かそう呼ばれておったとか言われているが、その元就じゃよ」

 元就は苦笑いしながら頷いた。

「うわ、おれ凄い人に名前つけてもらったよ」



 その後武蔵は元就と共に人気のない海辺に行き(そうしないと武蔵が独り言を言ってるようにしか見えないから)戦国時代の事を色々と尋ねた。


 そして夕方になる頃


「元就様、今日は色々ありがとうございました」

 武蔵は頭を下げ、礼を言った。


「いやいや、わしも楽しかったぞ。では帰るとするか」

 いつの間にか海岸には金色に輝く大きな船が停まっていた。


 そして元就の姿が消えたかと思うと、次の瞬間には船上にいた。

 

「ではいつかまた会おう。池免武蔵いけめんたけぞうよ」

 元就がそう言った後、船が宙に浮かびあがり

 

 海に沈み行く太陽の方へと進んでいった。



 武蔵、いや池免武蔵は船を見つめ、ずっと手を振っていた。

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