第31話「主君を、仲間を守りし力強き兄弟」

「ひ、秀頼公が大妖魔になったって、なんで!?」

 たけぞうが驚きながら信繁に尋ねた。

「……最初から話そう。まず秀頼様は実は大坂の陣で亡くなられてはいなかった。家康公の密命を受けた服部半蔵正就の手によって、城から逃されたのだ。そして」

「その後秀頼公は人里離れた場所で匿われ、そこで一生を終えられた。そうですよね?」

 彦右衛門が話に入って言った。

「そうだ。淀の方様や国松様も。だが何故その事を知っているのだ?」

 信繁が彦右衛門の方を向いて尋ねた。

「拙者は以前旅の途中で太閤殿下にお会いしました。殿下はある方に大坂城内に埋めてあった不思議な石を渡そうとされていて、それを掘り返すのをお手伝いしたのです。その時に話を聞きました」

「なるほど。以前殿下が現世に行った時『儂が今生きてたら百万石で召し抱えたであろう侍がいた』と言われていたが、そなたの事だったか」

「だからそれは大げさですって。拙者などそのような器ではありません」

 彦右衛門が慌てて否定する。

「謙遜しなくていい。殿下の人を見る目は確かだ。……ああ、天寿を全うした秀頼様はあの世に来られ、皆で現世を見守りつつ過ごされていた。だがある日、秀頼様が現世を見物に行かれたその時に」

「悪しき縁から生まれた妖魔が秀頼公を取り込み大妖魔と変えてしまった。その妖魔とは……第六天魔王、じゃろ?」

 果心居士がそう言った。

「えと、第六天魔王ってたしか織田信長公がそう呼ばれてたよね?」

 たけぞうが尋ねると

「ああ、第六天魔王は信長殿に取り憑き、日ノ本を、いや世界をも滅ぼそうとした。それで信長殿は自分ごと第六天魔王を討てと信康殿や明智光秀殿に命じられた。それが本能寺の変じゃ」


「たしかに我が家でもそう伝わっています。その後信康公は隠密となり生涯妖魔と戦い続けた。法力使いでもあった光秀公は天海と名を変え、国を守るため自身の力をいろいろな道具に封じたそうです」

 果心居士の後に信康の子孫である三郎が答えた。

「天海大僧正の前身が明智光秀公だという話はあったけど、本当だったんだ」


「だが第六天魔王は完全には消えず、今再び蘇った。以前より強大になった第六天魔王を討つのは我々でも難しい。いや、仮に討てたとしても下手をすれば秀頼様の魂が消えてしまう」

「だからですか?」

 三郎が短い言葉で尋ねる。

「ああ、我々が第六天魔王に従うフリをして現世に赴いたのは、秀頼様を救う術を探す為、そして共に戦ってくれる現世の強者を見つける為だったのだ」


「ならそう言えば……ん? 誰だそこにいるのは!」

 たけぞうは懐からきゅうりを取り出し上空に投げつけると、それは何かに当たったかのように跳ね返った。


「ほう、よく気がづいたな」

 そう言って姿を現したのは、長身で黒い直衣を着た美丈夫の若い男。それは……。

「あ、あれってまさか」

「ああ、第六天魔王に憑かれ大妖魔と化した」

 豊臣秀頼であった。


「フフフ、やはりそうであったか。何か裏があるとは思っていたがな」

 秀頼は怪しい笑みを浮かべながら言った。


「な、なんて禍々しい気だ」

 彦右衛門が身震いする。

「たしかにあの時よりも強い気じゃ、それに」

「もう秀頼公の意識はなさそうですね。あれは完全に第六天魔王です」

 果心居士と三郎がそう言った。


「そうだ。我こそは第六天魔王。全てを滅ぼすものだ」

 秀頼の姿をした第六天魔王が言った。


「く、秀頼様……おのれ」

 信繁が歯ぎしりしながら第六天魔王を睨む。


「さて、ここで全員死ぬがいい!」

 第六天魔王がそう言って手をかざすと、たけぞうや信繁達を囲むように黒い業火が吹き出した。


「その炎はどうやっても消せはせん。そのまま焼け死ぬがいい」

 第六天魔王はそう言って姿を消した。




「オンキリキリバサラ……大水流の術!」

 佐助が術で炎を消そうとしたが

「くそ~、全然消えやしない!」

「儂の法力でも無理じゃ、全員を術で外に飛ばそうとしても、炎が結界の役割をして弾かれる」

 果心居士もなんとかしようとしたが駄目だったようだ。


「う、うう」

 ジャンヌは突然頭を押さえて蹲った。

「ど、どうした!?」

 龍之介が駆け寄ってジャンヌに話しかけた。

「……燃やされる、また……いやあ!」

 ジャンヌは炎に囲まれてるのを見て錯乱していた。

「しっかりするんだ! そんな事は私がさせん!」

 龍之介はジャンヌを抱きしめてそう言った。

「……はっ? あ、は、はい」

 ジャンヌはいくらか落ち着きを取り戻したようだ。



「く、このままでは……何か手はないか」

 信繁が燃え盛る炎を見ながら呟いた時だった。


「ん、あれは? そうだ伊佐」

「ワシもわかったぞ兄者。では」

「おお。……おい皆、こっちに集まってくれ!」

 三好清海入道と伊佐入道が全員に向かって叫んだ。

「え?」

「あ、ああ」

 そして全員が集まると

「では皆、腰を低くしてその場にじっとしててくれ」

「へ、何するの?」

 たけぞうが二人に尋ねたが答えは返ってこなかった。そして

「そりゃあ!」

「うわあ!?」

 急にたけぞう達のいた所が浮き上がった。

 いや清海入道と伊佐入道が地面に隠れていたもの、たけぞう達が乗ってきた蓮座を持ち上げた。


「どうやらこの結界、身体能力は封じられていないようだ」

「そして炎は頭上を塞いでいない、ならば」

 清海入道と伊佐入道が気合を入れ始める。


「ま、まさかお前達、この蓮座を上空へ投げ飛ばそうというのか!」

 信繁が二人の考えに気づいて叫ぶ。

「え!? でもそれじゃ、清海さんと伊佐さんは!?」

 たけぞうが足元を見ながら尋ねると


「それは気にするな。では殿、ワシらはお先にあの世に帰ります。皆、後は頼んだぞ」

「志賀之助、鼠之助。いつかお前達が天寿を全うした時には相撲でも取ろう。今度は負けぬぞ」

 清海入道と伊佐入道は蓮座の下でそう言った。そして

「「……そりゃあああ!」」

 二人はあらん限りの力を振り絞り、その蓮座を上空へと投げ飛ばした。


「……すまん」

 信繁は遠くなっていく二人を見つめた後、目を伏せた。


「わかったでごんす、いつかまた」

「チュー……」

 志賀之助と鼠之助はその目に涙を浮かべていた。




「おお、もう結界の外に出られたようじゃ。皆の衆、このまま第六天魔王の元へ飛ぼうかと思うが、どうじゃ?」

 果心居士が皆に尋ねた。

「でも秀頼公を助ける方法がわかんないまま行ってもって、何か知ってるの?」

「それはな、たけぞう殿と彦右衛門殿の力でなんとかなるやもしれん」

「拙者とたけぞうの力?」

「それは着いてから話そう。では、向かってもよいか?」

 全員首を縦に振った。

「よし……はっ!」

 蓮座は異空間を越え、ある場所へと向かった。




「なあ兄者」

「なんだ?」

「体は熱いが、心は涼しいな」

「ワシもだ。これほど心が軽く、涼しいと思った事は殿や皆と共に戦っていた時以来かもな」

「いや、ワシはあの時以上だと思っているぞ」

「おお、そう言われてみると、そうかもな」

 二人の顔には笑みが浮かんでいた。




 真田十勇士が一人、三好清海入道。

 同じく三好伊佐入道。

 二人は充実感に満ち溢れながら燃え盛る炎の中に消えていった。

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