第5話「友人との勝負」

 たけぞうは山を降りた後、剣術修業の旅に出た。

 彼は各地で強者と出会い、ある時は頭を下げて教えを請い、またある時は戦って腕を磨いていった。


 そんなある日、彼はふと友人の石見彦右衛門と勝負したくなった。

「おれ結構強くなったと思うけど、彦右衛門さんもたぶん強くなってるだろうなあ」

 そう思いながら宇和島へと向かった。



 宇和島城下町、彦右衛門の家の前。

「すみませーん」

「はーい」

 中から赤ん坊を抱いた十代後半くらいの女性が出てきた。

「はい、どちら様で?」

「あ、香菜さんお久しぶりです。おれ武蔵ですよ」

「はい? でもあなたは」

「おれ人間になったんです」

「えええ!?」




「そ、そんな事あるんですね」

 香菜はたけぞうの話を聞きながら赤ん坊をあやしていた。

「うん。ところでその子は」

「ええ。夫とわたしの子ですよ。名前は藤次郎って言うんです」

「そうなんだ。いい名前ですね」

「ありがとうございます。夫はもうすぐ帰って来ると思いますので待っててくださいね」


 しばらくの後、彦右衛門が帰ってきた。

「あなた、おかえりなさい。武蔵さんが来てますよ」

「お、そうなのか。元気そうか?」

「はい。でも見たら驚きますよ」

「?」


 たけぞうを見た彦右衛門は驚きのあまり声が出なかった。



 その後たけぞうは彦右衛門にも人間になった経緯、そして今回訪ねてきた理由を話した。

「それで拙者と勝負がしたいと?」

「そうだよ。いいでしょ?」

「ああ。だが今日はもう遅いから明日でいいか?」

「うん」


 たけぞうはその日は彦右衛門の家に泊めてもらった。




 そして翌日、彦右衛門はたけぞうを城の訓練場へ連れて行った。

「ここでなら思いっきりやれるだろう。さあこれを」

 彦右衛門はそう言ってたけぞうに木刀を渡した。

「うん、じゃあ」

「うむ」

 両者は構えをとった。



(武蔵、相当できるな)

(う、やっぱり強そうだな、彦右衛門さんは)


 両者は互いに隙を伺っていた。


 そして

「やああ!」

 たけぞうが先に打ちかかる。

「はっ!」

 彦右衛門はたけぞうの一撃を受け止めた。

 そして鍔迫り合いになった。

「ぬっ!」

 彦右衛門は体を捌いてたけぞうの後ろに回り込み、首筋目掛けて斬りかかる。

 だがたけぞうはそれを素早く受け止め、間合いを取ってから


「とりゃあああ!」

「せりゃああ!」


 互いに打ち返しになった。


「やはり強いな、彦右衛門殿は」

「ああ。だがあのたけぞうという男も強い。今や藩で一番の強者である彦右衛門殿とあれだけ渡り合えるとは」

 いつの間にか他の藩士達が二人の勝負を見ていた。

 

 そしてどのくらいの時が経ったか



「はあ、はあ。やるな、武蔵」

「ぜえぜえ、彦右衛門さんこそ」

 互いに体力の限界を超えていた。

「……よし、拙者が旅の最中に教わった技を見せてやろう」

「え、そんなのあったの?」

「ああ。だがこの技を完全に会得できたのは、旅が終わってからだったがな」


 彦右衛門は上段の構えをとり、たけぞうを睨む。


「う? な、なんか凄そう」

 たけぞうは彦右衛門の気迫に怯んだ。


「……いくぞ! 鳳凰一文字斬!」

 彦右衛門が木刀を振ると、そこから凄まじい衝撃波が起こり

「うわあっ!?」


 ドゴオオオ!


 たけぞうはそれをもろに受けて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


 そしてそれを見ていた藩士達はいったい何が起こったのか理解できず、ただ呆然としていた。


「う、ぐ……ま、まいったよ」

 たけぞうは起き上がれないくらいの衝撃を受けたようで、そのまま降参した。


「なんとか勝った、な」

 彦右衛門も力尽きて膝をついた。


「や、やっぱ彦右衛門さんは強いね」


「武蔵もな。あの技を出す事になるとは思わんかった」

「あ、あんな技どこで覚えたのさ?」

「以前旅をしていた時、お前と出会う前のことだが。道がわからず困っていたある剣の達人に出会ったのだ。あの方の気迫には拙者も動けず固まったものだ」

「そ、そんなもの凄い人がいたの?」

「ああ。あのお方の流派は本来なら門外不出だが、道案内の礼と言ってこの技だけを伝授して下さった」

「うう、おれもその人に会って修行をつけてもらいたいよ」

「そうか。だがあの方は遠い国から来たような事も言っていたので、もしかすると」

「え、お国に帰ってるかもしれないって事? うわあ~! もうちょっと早く知ってたら~!」

「そうかもしれない、という事だ。もしかするとまだこの国にいて、何処かで出会うかもしれんぞ」

「そ、そうか。うん、わかった」


 それからたけぞうは傷の手当を受け、しばらく宇和島に留まった。




 そして傷も癒えた頃。

「彦右衛門さん。おれもうそろそろ行くよ」

「そうか。それでどこへ?」

「特に決めてないよ。あちこちと回ってもっと強くなれるよう修行するよ」

「うむ、わかった。では気をつけてな」

「うん、ありがと」


「武蔵さん、また来てくださいね」

 香菜は藤次郎を抱きながら軽く頭を下げた。

「ええ。香菜さんもお元気で。藤次郎もね」

「だあ~」

 藤次郎は意味がわかったかのように声を出した。

「はは、それじゃあね。今度は勝負する時は勝ってみせるよ、彦右衛門さん」

「ああ。拙者も負けんぞ武蔵、いや池免武蔵いけめんたけぞうよ」



 たけぞうは宇和島を後にして旅立っていった。

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