第52話「人と狐が暮らす村での再会 中編」

 所変わって、村長の屋敷の客間で


「よう来られたの、池免武蔵殿」

 白髪で顔には歳を重ねた皺があり、優しげな雰囲気の老人。

 お琴の父でお鈴の祖父、村長がたけぞうを出迎えた。


「あれ、村長さんもおれの事知ってるのですか?」

「知っておるとも。さて、文を持ってきてくれたのだったな」

「はい、これです」

 たけぞうは文を村長に渡した。



「ふむふむ、なるほど。他ならぬ三郎様の頼みじゃ、力を尽くそう」

 それを読み終えた村長がたけぞうの方を向き、そう言った。


「はい。って三郎さんともお知り合いなんですか?」


「うむ、儂の祖父がその昔、徳川信康様に従い第六天魔王と戦ったのだ。その縁が今も続いているのだよ」

「先の第六天魔王との戦いの時もね、村の男を何人か出して強者探しをお手伝いしたわよ」

 お琴も後に続いて言った。


「そうだったのですね。てか、この村の狐さんじゃダメだったのですか?」

「今は妖魔と戦えるほどの者がおらんのだ。いや儂がもう少し若ければ、三郎様やたけぞう殿と共に戦えたのに」

 村長が悔しげに言う。

「鈴ならとも思ったけど、その頃は長門国にいたし、体調を崩していたからね」

 お琴も後に続いて言った。


「え、もう大丈夫なの?」

「ちょっと子育てに疲れただけです。今はお隣の方に預かってもらって、ここへ」

 お鈴が少々気まずそうに言う。


「……あの、その子って本当に」

 たけぞうが尋ねようとした時


「そうだった、貴様よくも……」

 村長が急に肩を震わせながら立ち上がり


「よくも、儂の可愛い孫娘を襲って孕ませてくれたなあ!」

 そう叫んだ途端、村長の姿が六尺はあろうかという大きさの狐となった。


「え、えと、だからおれは知らな」


「はあっ!」

「むぐっ!?」

 村長が何処からか出した稲荷寿司をたけぞうの口に突っ込んだ。


「ん、がぐぐ」

 それをなんとか飲み込むと


「どうだ、思い出したか?」

「え? あ、ああっ!? おれはたしかに、あの夜お鈴さんと……調子こいて何度も」

 どうやらその稲荷寿司には解呪の力があったようで、たけぞうの記憶が戻った。

 あと要らん事言うな、ほら


「死ねえええええ!」

「ギャアアアーー!」


 たけぞうは村長に投げ飛ばされるわ蹴られるわ尻尾で打たれるわで、為す術もなくボロ雑巾のようになっていった。


 

「う、う」

 たけぞうは「こんなに強いなら、充分戦えただろ」と思ったが口には出さなかった。


「ほう、まだ息があるな」

「お、お祖父様! それ以上はどうか!」

 お鈴が慌てて止めるが


「心配せずとも殺したりせんわ。お前の父の分までしばいとるだけだ」

 村長がそう言うと

「あの人が『私の父も怒り心頭なので、その分もやってください』って言ってるわよ」

 お琴が要らん事を言い


(本当にいるの? 何も気配感じませんが)

 たけぞうは薄れゆく意識の中でそう呟いた。


「おおそうか、では佐々木小次郎殿の分も」

「それ以上やったら本当に死んじゃうから、やめてー!」

 お鈴が泣き叫んで止めた。


「むう、お前がそこまで言うならこのくらいにしておこう。さてと、ちょっと男だけで話してくる」

 村長はそう言って、気を失ったたけぞうを引きずっていった。



「ところで鈴、何か用があって帰ってきたんじゃないの?」

 二人が出て行ったのを見計らってお琴が尋ねる。

「……なんだか胸騒ぎがして、様子を見に来たの」

「それって、これじゃない?」

「そうかも。というか母上、お祖父様を煽らないでよ」

「私もちょっとだけ腹が立ってたからね」



 別室に着いた時、たけぞうが気がついて顔を上げた。

「うう」

 痛そうに体を擦っていると

「すまなかった。事情は分かっていたが、それでもやはり腹ただしかったのだ」

 人間の姿に戻った村長は、そう言って頭を下げた。


「……いえ、こちらこそすみません。いくら記憶を封じられたからと言っても、お鈴さんと契っておいて放ったらかしたのですし」

 たけぞうも居住まいを正し、頭を下げた。


(ふむ、その姿勢は鈴の父、雪次郎ゆきじろう殿を思い起こさせるな)

 村長はたけぞうを見つめながら呟いた。


「さてたけぞう殿、あなたは鈴をどう思っているのだ?」

 村長が尋ねると、しばらく間があったが……。


「あの、おれはお鈴さんを愛している、いえそんな言葉じゃ現せない人だという事は言えます」

 たけぞうはそんな事を言った。


「ほう、どうしてだ?」

「おれの心の中にはずっと彼女がいたからです」

 そう言った後、たけぞうはゆっくりと話しだした。



 旅の途中でふと、お鈴さんは今どうしているだろうかと思ったり


 綺麗な女の人を見ても『お鈴さんの方が綺麗だよ』と呟いたり


 あの着物、あの櫛をお鈴さんにあげたら喜ぶかなあとか、これ美味いな、お鈴さんにも食べさせたいなあって思ったり……。

 それが愛しているという事なのかもしれませんが……。



「そして俺の子を産んでいたって分かり、詫びて一緒に暮らしたい、ずっと大事にしていきたいとも。けど、今すぐ夫婦になれと言われても、その」

 たけぞうが言い淀むと

「雪次郎殿もすぐには答えられなかったな」

「え?」

「彼もまた剣を置いて何処かに留まるか、修行の旅を続けるかで悩んだ。だが二人で話し合った末に、琴は雪次郎殿の故郷で彼の帰りを待つ事にした。それと鈴はそこで生まれたのだ」

 村長がそんな事を話した。


「そうだったのですか。てっきりお母さんは掟があって、ここを離れられないのかと思いました」

「そんな掟は無い。だいたい鈴もあちこち旅しているだろうが」

「ああ、そうでした。けど、今ここにいるって事は」

「そうだ。狐である事を知られ、里の人々に追い出されたのだ」


「ここみたいに人と狐が仲良く暮らせなかったのですね」

 たけぞうが悲しげに言う。

「ああ、雪次郎殿が生まれ育った場所ならばと思ったが……その後三人はここに戻り、雪次郎殿も修行の旅をやめ、儂の補佐をしてくれるようになった。いずれは次の村長にとも思ったが」

「病で亡くなったと聞きましたが」

「ああ、鈴の花嫁姿を見たかっただろうに、無念であっただろうなあ」

 村長は目を閉じ、しばらく雪次郎の事を思い浮かべていた。


 そして

「二人がこの先どうするかは、二人で決めればよい。だが一つだけお願いがある」

「は、はい。なんでしょう?」

「二人の息子、松之助を寂しがらせないようにな」

「ええ、分かりました」


「さて、さっきの詫びとして美味いものと風呂を用意しよう。それと今日はここに泊まって、お鈴とゆっくり話してくれ」

「はい」



 その後、たけぞうは薬草入りの風呂に入って疲れと傷を癒やした。

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