第51話「人と狐が暮らす村での再会 前編」
若き日のたけぞうは伊予宇和島へと向かう途中、河内国のとある村へ着いた。
「傳右衛門さんが言ってたのって、ここかな?」
たけぞうはここへ来る前に対妖魔隠密の一人で、以前共に第六天魔王と戦った仲間でもある稲富傳右衛門と再会していたが……。
――――――
「大丈夫!? しっかりして!」
傳右衛門は重症を負い、山の中で倒れていた。
「う、あ、たけぞう殿?」
「そうだよ。ねえ、傳右衛門さんがこんなになるなんて、敵はそんなに強かったの?」
「え、ええ、相手は大妖魔の影でした。それはなんとか倒しましたが、このザマですよ……」
どうやら彼も大妖魔の事は知っているようだった。
「本体を封じられても影は動けるもんなんだ」
「そのよう、です、ね……うっ」
傳右衛門はそう言った後、気を失った。
「!? 待ってて、すぐ医者のとこへ連れて行くからね!」
たけぞうは傳右衛門を担ぎ、急いで麓へと降りていった。
村に着いて尋ねると、幸い寺に腕の良い旅の医師が来ていると聞き、そこで傳右衛門を診せたおかげで一命は取り留めた。
「この寺の和尚様も遠慮せず、ゆっくり養生してって言ってくれたよ」
たけぞうが安堵の表情を浮かべて言う。
「ありがとうございました。たけぞう殿が通りかかってくれなかったら、拙者は死んでましたよ」
傳右衛門は床から起き上がって言う。
「いいって。ところで本当なら別の使命があるんだろ?」
「ええ、ですがこの体では」
「おれが代わりにやるよ。いいでしょ?」
「すみません。では」
傳右衛門はそう言って枕元に置かれていた自分の着物を探り、一通の文を取り出し
「これを……という村の村長殿に届けて欲しいのです」
たけぞうにその文を差し出した。
「わかったよ。じゃ、行ってくるね」
「お願いします。ああ、それとその村はですね」
――――――
たけぞうは村の中を歩いていた。
畑を耕す若い男。
お地蔵様の側で遊ぶ子供達。
家の前で洗濯物を干す女。
のどかな光景が目に映る。
「ここって普通の村にしか見えないけどなあ?」
たけぞうがそう呟いた時
「あら、旅の方ですか?」
身なりの良い女性が首を傾げながら話しかけてきた。
たけぞうよりも幾分か年上であろうか。
「うん。村長さんに用があるんだけど、何処にいるの?」
「ああ、それなら……あの、あなたって人間ですよね?」
女性が首を傾げてそんな事を言った。
「今は人間だけど、元河童だよ」
「元河童? もしやあなた、池免武蔵さん?」
「そうだよ、よく知ってるね。で、あんたは妖狐?」
たけぞうが尋ねると
「はい。私だけじゃなく、この村の大半の者がそうですよ」
女性は笑みを浮かべて答えた。
そこは現在の大阪府松原市辺りで、ここには人と狐が仲良く暮らしていたという「松原の狐たち」という伝承がある。
なんと戦後まで暮らしていたという話があり、狐達には姓名はおろか住民票まであったとか。
人を化かしたり憑いたりと悪い印象もある狐。
いい話も勿論あるが、これ程人と交流していた話はそうそう聞かないかもしれない。
「申し遅れました。私は村長の娘、
「お琴さんだね……あれ?」
たけぞうはお琴の顔をジッと見た後、首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「うん。えっと、その……お琴さんってよく見ると、おれの知ってる人に似てるんだよね」
「ああ。たぶんそれ、お鈴でしょ」
お琴がまた笑みを浮かべて言う。
「え、お鈴さんを知ってるの?」
「ええ、だって私は」
お琴が何か言いかけた時
「……たけぞう殿?」
後ろから声をかけられた。
「え? あ」
振り返ってみると、そこにいたのは当のお鈴だった。
今は男装して旅の剣客姿である。
「久しぶりだねお鈴さん、いや小次郎さんの方がいいかな?」
「お鈴でいいです。お久しぶりですね……」
少し顔を赤らめて答えるお鈴。
「鈴、久しぶりね」
お琴は親しげにお鈴に声をかけた。
「あれ? お琴さんとお鈴さん、知り合い?」
たけぞうが尋ねると
「この人は私の母です」
お鈴が答え
「え、えええ!? お、お母さんだって!?」
たけぞうは驚きのあまり思わず叫んだ。
「あら、そんなに驚く事?」
お琴が首を傾げると
「す、すみません。てっきりもう亡くなってると思ってたんです」
たけぞうが慌てて頭を下げた。
「言い方が悪かったかもしれませんね。父はたしかに亡くなってますが、母はこの通りですよ」
お鈴がそう言ってお琴の側に寄った。
「ふふ。偶然とはいえ、夫婦揃って来てくれて嬉しいわ」
お琴が二人を交互に見た後、そんな事を言うが
「え!? あ、あの、おれ達は夫婦じゃないですよ!」
たけぞうが慌てて首を横に振った。
「はい? あなた何を……ああ、そういう事ね」
お琴はたけぞうを見て、その後お鈴に小声で話しかけた。
「あなたがたけぞうさんの記憶を封じたのね」
「……ええ」
お鈴も小声で答えた。
「おおかたこれは一夜限りの夢、とか思ったんでしょ」
「私もたけぞう殿も、それぞれの道があるから」
「じゃあ、まだ松之助の事は話してないのね。居場所は分かってたのでしょ?」
「一度会って話そうと思ったわ。でも、途中で怖くなって……」
「そう。で、どうするの?」
お琴が尋ねるが、お鈴は何も答えなかった。
「まあ、たけぞうさんは逃げたりしないから、ゆっくりね」
「……はい」
そう言った後、お琴はたけぞうの方を向き
「ああすみません。さて、たけぞうさんは父にどんな御用で?」
「これを渡してほしいと、友達から頼まれたのです」
たけぞうは懐から文を取り出した。
「分かりました。じゃあ案内するわね」
たけぞうはお琴の後を歩き、お鈴も着いて行った。
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