第48話「琵琶湖の龍神の卵探し 前編」

 若き日のたけぞうはあの後、三郎に大妖魔の事を知らせようと三河へ赴いた。



「そうでしたか。一連の事件は大妖魔が」

 三郎が腕を組んで顔をしかめた。


「うん。子供達は皆助かったけど、まだ別の事があるはずだよね?」


「ええ。幾つかありますが、今はここが一番厄介なのです」

 三郎はそう言って地図のとある場所を指した。


「そこに何が?」

「ここで龍を見た、という訴えが幾つも出ているとか。それで部下が調べたのですが、僅かに妙な気配を感じるだけで後は何も」

「大妖魔の気は鬼子母神様ですら感じられないそうだしねえ」

「拙者が行けばいいのですが、今は別件で手が放せません」

「いいって、おれが行ってくるから」

「すみません、お願いします」

 三郎が頭を下げて言った。




「で、ここなんだよなあ」

 そこは琵琶湖の南側に位置する、とある村だった。


「たしかに気は感じるけど、これって妙な気じゃないよ?」

 たけぞうが辺りを見ながら呟く。

 すると


「ん?」

 歳の頃は二十代半ばであろう女性が、辺りをキョロキョロ見ていた。


「あの、どうかしたの?」

 たけぞうがその女性に声をかけると

「え、ええ。少し探し物をしていて」

 女性がそわそわしながら答えた。


「そう。ところであんた、人間じゃないよね?」

 たけぞうがそんな事を言うと

「え、な、何を仰ってるのです?」

 女性が震えて顔面真っ青になった。


「ああ、ごめんね。おれは元河童の池免武蔵っていうんだけど、知らないかな?」

 たけぞうが名乗ると

「あ、あなたがあの? そうでしたか……私は琵琶湖の龍神一族の者です」

 それを聞いて安心した彼女が名乗った後、自分の目的を話した。




「そうなんだ。自分の卵を探してたんだね」

「ええ。民家の床下に壺に入れて置いてあったのですが、いつの間にか壺ごと無くなってたのです」

「なんでそんなとこに置いたのさ?」

 たけぞうは呆れ、その民家はいい迷惑であろうなと思った。


 あと口調を改めていないのは龍神から「自分は神とはいえ位が低いから、普通に話してください」と言われたからである。


「そこに卵を孵すのにちょうどいい気が集まっていたのです。壺も龍神族の長老様から貰ったものなので、普通の人には見えないのですが」

「なるほどね。ところでさ、もしかすると卵は大妖魔に持ってかれたのかもしれないよ」

「それも考えましたが、気配を感じられませんので……」

「そっか。あ、そういや龍神様は龍に戻って探してたの? この辺の人が驚いてたそうだけど」


「いえ、ずっとこの姿でいたのですが、気が乱れて元の姿が見えたのかもしれません。とにかく申し訳ない事をしました」

 そう言って龍神が項垂れる。


「いいって。ところで一人で探してたの? 旦那さんは?」

「夫は使命があって天界にいるのです。本当は一緒に探したいと言ってましたが、御役目を疎かにする訳にはいかないでしょ、と私が言ったので」


「そっか。じゃあ俺が一緒に探す、と言っても闇雲に探してもね。何か手がかりないかなあ?」


「手がかりは壺の形だけなのです。気を探っても見えませんし」

「うーん……あ、壺は長老様から貰ったって言ったよね?」

「はい、先程言ったとおりですが?」

「だったらさ、その長老様なら壺の在処が分かるんじゃないかな?」

「あ、そうかもしれません。うう、まずそうするべきでした」

 龍神が頭を抱えて蹲ると

「いや、お子さんがいなくなったら誰だって何か抜けるよ。だから気にしちゃ駄目」

 たけぞうが龍神の背をさすって慰めた。


「は、はいっ!」

 龍神はたけぞうの顔を見て、頬を染めて返事をした。

(ごめんなさい、あなた)

 どうやらたけぞうに見惚れたようだ。



 たけぞうと龍神は琵琶湖のほとりまでやって来た。

「ここから呼びかければ来てくれるはずです」

 龍神が琵琶湖を指して言うと

「じゃあ……龍神族の長老様ー! 聞こえたら出てきてくださーい!」

 たけぞうが琵琶湖に向かって叫んだ。


 すると水面に大きな渦が現れ、そこから何かが浮かび上がってきた。


「儂を呼ぶのは誰じゃ?」

 その何かが言うと


「えと、が?」

 たけぞうが指さしながら尋ね


「はい、あの方が琵琶湖龍神族の長様ですが?」

 龍神が首を傾げて言った。


「……なんで壺?」

 そう、長老は壺に目と口があり、手と足が生えていて杖を持った御方だった。


「普段の儂はこの姿なのじゃ。ところで何の用じゃ?」

 長老が聞いてきた。

「あ、すみません。実はですね」




「なんと、お子さんを入れた壺を盗まれたと?」

 長老が驚きの表情を浮かべる。

「ええ、おそらく大妖魔が持ってったと思うのです。それで長老様なら在処が分かるのではと」

 たけぞうがそう言うと

「たしかに分かるぞ。では探ってみよう」

 そう言って長老は杖を掲げ、目を閉じて祈りだした。


 しばらくして

「うーむ、魔の気に阻まれて詳しい位置までは見えんが、この辺りにあるのは間違いないようじゃ」

 目を開けてそう言った。


「ほっ、異界とかに持ってかれてなくてよかった」

 たけぞうが胸を撫で下ろすと


「そうじゃな、では儂も手伝うとするかの。近くへ行けば感じ取りやすくなるじゃろうしな」

 

「え? いいんですか?」


「神の掟の事を言うとるのなら、儂ら龍神族はそれに当てはまらんのじゃ。まあ仮にあっても相手が相手じゃしのう」

「ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」

「うむ。では行こうかの」

 たけぞうと龍神と長老は気を感じたという町の方へと歩いていった。

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