第42話「山姥と変わった少女との旅 前編」

「ほっほ、久しぶりじゃのう」

「そうだねえ。何年ぶりかいな」

 たけぞうはとある山奥の一軒家の縁側で痩せた老婆と話していた。


「さあ、何年経ったかの。しかしお互い老けたのう」

「アタシは今でも若いつもりじゃぞ」

 老婆が腰をくねらせながら言う。


「よう言うわ。もう完全に山姥じゃろが」

「ヒャヒャヒャ」

 老婆はどうやら妖怪山姥らしい。


じゃが、あの娘はどうしてるかのう?」

「そうさねえ……」


――――――


 若き日のたけぞうは、信州のとある山奥の道を歩いていた。

 すると、

「ねえー、ちょっとそこのお侍さーん」

 たけぞうに声をかけてきた少女がいた。


「ん、あんた何者だよ?」

 たけぞうはその少女が人間ではないとすぐ分かった。


「あのね、アタシ山姥よ」

 少女はあっさりと名乗った。


「は? そんな若い山姥、いるの?」

 たけぞうが首を傾げる。


「誰だって最初からおばあちゃんじゃないでしょー」

「それもそうか。しっかし肌黒いね」

「うん。毎日ひなたぼっこしてるから」

「それと裾短いねえ、それにその足袋、何?」

 その山姥は童女が着るような着物で足丸出しで、ダボダボの足袋を穿いてた。

 それとお鈴といい勝負だなと思うほど胸が大きかった。


「えーとね、前に山で行き倒れになってた変わった女の子を助けたのよ」

「変わったって、何が?」

「あのね、今のアタシより真っ黒で髪が金色だし、着物も見たことないもんだから南蛮人と思ったら日本人だって言うのよ。でね、助けてくれたお礼だと言ってこの足袋くれたの。で、せっかくだから格好も真似してみよかなって」

「へえ。それでその子、どうなったの?」

「そう、それなのよ。彼女を家に帰してあげようと思うんだけどね、彼女が言う場所がどの辺りなのかよく分からないのよ」

「ああ、それでおれに?」

「うん。お侍さんってあっちこっち旅してるように見えたから、知ってるかなと思ってね」

「分かったよ。じゃあその子に会わせて。あ、おれ池免武蔵っていうんだけど」


「え、あの大剣豪で元河童の!?」

 山姥が驚きの声をあげた。


「大剣豪じゃないけど、元河童はそうだよ。てかよくそれ知ってるね」


「妖怪世界じゃ有名だよー! ってうわーすっごい人に会えちゃったー!」

 山姥は喜び飛び跳ねていた。


「はは。ところであんたの名前は?」

「え、アタシ名前ないよー。でもあの娘はあたしを『ヤマちゃん』って呼ぶから、たけぞうさんもそう呼んでいいよー」



 そしてたけぞうは山姥ことヤマちゃんに案内され、山奥の家に着いた。

 すると


「おかえりー。あれ、すっげーイケメンだー」

 ヤマちゃん以上に真っ黒でお胸がおっきくて、たぶん十五、六歳くらいだろう金髪の少女が駆け寄って来た。

 服装はたしかに変わっているというか、白い着物に黒くて短い袴のような、現代で言うセーラー服。

 現代でいうところのヤマンバギャルみたいだった。


「え、なんでおれの苗字知ってる? ってそういや遠い国の言葉で『いけめん』はいい男って意味だって言ってたな」


「あたしアサミっていうの。おにーさんは?」

 少女が名乗る。

「おれの事はたけぞうって呼んで」

「うん。たけぞうさんねー」


「たけぞうさんならあんたのお家の場所知ってるかもと思ってね、連れてきたのよ」

 ヤマちゃんがそう言うと

「そうなんだー。……でもね、いろいろ考えて思ったんだけど、たぶん誰も分からないよ」

 そう言ってアサミが項垂れる。 


「どういう事? 話してみてよ」

 たけぞうがそう言うと


「うん。あの、信じられないと思うけど、あたしってたぶんタイムスリップ、えと時間移動したんだよ」

 そう言ってアサミがまた項垂れた。


「はー? なにそれ?」

 ヤマちゃんは首を傾げるが

「ああ、遠い昔か後の世へ行くって事だよね?」

 たけぞうは手をポンと叩いて言った。


「そうだよー。あ、分かってくれるんだー」

 アサミが顔を上げて

「うん。それであんた、いつの時代から来たの?」

「たぶん今から三百年くらい後だよ」

「うーん、たぶんか。今は……年だけど、それで分からない?」

「分かんないよー。あたし歴史苦手だしー」

「そうか、ならあそこへ行くしかないか」


「ねえたけぞうさん。アタシにはよく分かんないけど、帰れる方法知ってるの?」

 ヤマちゃんが不安気に尋ねる。


「いや、おれは知らないけど知ってそうな人がいるんだ。でもその人が住んでるとこへはここからだと往復六日程かかるんだ」

 そう言って腰に差していた刀を鞘ごとヤマちゃんに差し出した。

「え、何?」

「おれちょっと行ってくる。これはちゃんと戻ってくるって証」

 

「あー、そんな事しなくても信じるよー。てかさ、アタシ達も連れてってよー」

「え?」


「アタシもそんな凄い人いるなら会いたいなーと思ってさー」

「あたしも帰る前に、もっとこの時代のいろんなとこ見たいのー」

 二人が続けて言うと


「うーん……ま、大丈夫か。じゃあ一緒に行こうか」

 たけぞうは少し考えた後、頷いた。


「やったー! じゃあ明日出発って事で、たけぞうさんも今日は泊まってってよー」

 ヤマちゃんがたけぞうの手を取って言う。


「いいの? 女の子だけの家にお邪魔するのもあれだろ」


「たけぞうさんなら変な事しないでしょー。してもいいけどー」

 ヤマちゃんが腰をくねらせながら言うと

「しないって。じゃあ一晩お世話になるね」

(一瞬その乳を、と思った。危ない危ない)

 たけぞうは徐々に助平になりつつあった。



 そして、夕食時

「お、これ美味しいね」

「そば粉でこんなのもできるんだね。アサミは料理上手だよー」

 たけぞうとヤマちゃんが食べているのは今で言うガレットのようなものだった。

 山菜と川魚を乗せていて、彩りもいい。


「ありがとー! これね、おばあちゃんから習ったんだよー!」

「へー、そうなんだ。これってアサミちゃんの時代には普通にあるの?」

 たけぞうが尋ねる。

「ううん、あんまり。てかヤマちゃんはこれ知らないのー?」

「知らないよ。ってなんで?」


「あのね、これっておばあちゃんの田舎で昔っから伝わってるものなんだけどねー、言い伝えでは山で道に迷ってお腹空かせてた人が山姥に助けらてこれ食べさせてもらって、それが美味しかったもんだからって作り方聞いて、村で広めたってのが始まりなんだってー」


「そうだったんだー、アタシそんな話知らないけど、どっかよその土地であったのかなー?」

「あ、もしかするとまだ先の話なのかもー。言っちゃまずかったかなー?」


「おおっぴらに言わなきゃ大丈夫だよ」

 たけぞうがそう言う。

「そっかー。じゃ、アタシ達だけの秘密ねー」

 ヤマちゃんが笑みを浮かべて言うが


(……後のヤマちゃんがその山姥じゃないか?)

 たけぞうは冷や汗をかきながら心の中で呟いた。

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