第67話「人間軍の大将」

 時を少し遡り、人間側の本陣では主に三郎が説得に当たっていた。


 だが

「お断りします。奴らに話が通じるとは思えませんので」

 上座に座っている鎧を纏った青年武将が首を横に振る。


「ならば、今後も戦を続けるおつもりですか?」

 三郎が険しい表情で言う。

「やむを得ないでしょう。奴らは弱き者を虐げ奪い襲いと、この世を更に地獄へと変えようとしているのです。そのような者と手を取り合えとは」


「御大将、では何故我等を通して下さった? ご覧の通り妖怪もいるのに」

 彦右衛門が尋ねると


「たとえ妖怪といえど、敵意がない者に手は出さないのですよね」

 文車妖妃が笑みを浮かべて言い

「は、はい」

 青年は顔を真っ赤にして頷いた。



「違うでしょ。あのお胸に篭絡されたんですよ」

 香菜が拳を握りしめながら小声で言い

「そうだろうな。兵達も最初は門前払いだったくせに、文車妖妃殿を見た途端に態度を変えたからな」

 黒羽が膨れっ面になり

「おい達と比べとった奴もいたから、後で締めてやるど」

 おキヌも額に青筋を立てていた。


「あの、男の人ってそんなにお胸が好きなのですか?」

「だいたいそうだ。って今誰が喋った?」

 黒羽が辺りを見渡すと


「わたしです」

「え、あ?」

 いつの間にか黒羽の側にいたのは、長い髪を後ろで結っていて目がぱっちりとしていて、白い道着と紺色の袴を着ていて、手に薙刀を持っている歳は十歳くらいであろう小柄な少女だった。


「あの、あなたは?」

 香菜が話しかけようとすると


「ひ、姫様! 出てきてはならぬと言ったでしょう!」

 青年は少女の側に慌てて駆け寄った。

「叔父様、この方達なら大丈夫でしょ?」

「ま、まあそうですが」


「あ、あの、そのお嬢様は?」

 三郎が尋ねようとすると


「はい。わたしは春菜はるなと申しまして、この軍の総大将です」

 その少女、春菜が皆に向かって頭を下げ


「ええええ!?」

 文車妖妃以外の皆が驚きの声をあげた。


「はっ? で、ではあなたは?」

 気を取り直した三郎が青年の方を向いて尋ねると


「私は先代の弟で、長三郎ちょうざぶろうと申します。今は先代の娘である春菜姫の後見役と代理指揮官をしているのです」


「ああ、念の為にご自分が影武者をですな」

 彦右衛門がそう言うと

「そのとおりです、申し訳無い」

「いやいや、ご心配なのも分かりますよ。どうかお気になさらずに」


「あの、それでは先代様は?」

 三郎が尋ねる。


「……妖怪達に討たれたのです、奥方様も共に」

「え!?」


「先代はひと月前、妖怪達と話し合いをすると言って出かけたのです。けど翌朝、二人共陣の前に倒れていて……既に事切れていました」

 長三郎はその目に涙を浮かべ、俯きながら言う。


「そ、そんな」

「和睦の使者を討つとは、ここの妖怪達はそこまでなのか?」

 皆が口々に言うと


「先代、いえ兄さんと義姉さんは我等だけでなく、妖怪達が死んでいくのを見ては涙するほど心優しい人達だったのに……それも奴らには通じなかった、か」

 長三郎は目を手で覆って泣き出した。



「叔父様。誰も妖怪さん達がやったのを見た訳じゃないのでしょ?」

 春菜が長三郎の袖を引いて言うと

「ええ。ですがそれ以外に考えられません」

 彼は涙も拭わないまま答えた。

 すると


「あの、わたしは他の誰かだと思っています」

 春菜がそんな事を言った。


「姫様。それはどういう事ですか?」

 三郎が尋ねると

「だから、わたし達が潰し合って得する誰かが話し合いに行こうとしたお父様とお母様、そして向こう側の大将さんも討ったのではないかと」

「え? よ、妖怪の大将も討たれたと、何故分かるのです?」

「だってもし妖怪さんがやったなら、今こそ攻め込む好機でしょ? なのに攻めて来ないという事は」

「向こう側も混乱していたからですか?」


「そうよ。さっき連絡があって、妖怪達の先代総大将も同じ時期に討たれたそうよ。そして向こうは人間がやったとか思っているようだけど」

 文車妖妃が額に手をやりながら答えた。


「そんな事は誓ってしません!」

 長三郎が顔を上げて叫ぶと

「そうよね。でもそれは向こう側も同じよ」

「では、誰が?」


「何者かは知りませんが、それがわたし達の真の敵なのでしょ?」

 春菜が文車妖妃に尋ねる。

「ええ、姫様の言う通りですよ」


「では叔父様、妖怪達と和睦してその敵を倒しましょう」

「いえ、本当にそうだとは限りませ」

 長三郎がまだ異を唱えようとすると

「これは総大将のわたしが決めた事ですよ、叔父様」

 春菜は真剣な表情で力強く言った。


「う……は、ははっ!」

 長三郎は思わず片膝を付き、礼を取った。


「あ、あの姫様、幼いのになんという将器だ」

「しかもご両親を亡くされているのに、あのように気丈に振る舞えるとは」

 彦右衛門と三郎が続けて言った。


「芯が強いのもありますが、姫様には心の支えになっている方がいるのでしょうね」

 香菜が小声でそう言うと

「姉さん、それは叔父殿ではないのか?」

 黒羽が側により、小声で尋ねる。

「叔父上様じゃないでしょう、同年代の子でしょ」

「ないで分かっとな?」

 おキヌも話に入って尋ねる。

「勘ですよ。伊達に長い間ずっと思い続けた人と夫婦になってませんからね」

 香菜はニヤリと笑みを浮かべて言った。

「ぐっ」

 それを見た黒羽は思わず怯んだ。

 


「さ、お話しに行きましょう。あ、そこのお兄様。ずっと黙っていたらいるかどうか分かりませんよ」

 春菜がとある方を向いて言うと


「そう言われてもですね、拙者などは何処で口を挟めばいいのやらですよ」

 傳右衛門が頬を掻きながら答えた。


―――――――


「という訳だきゅ。人間側の総大将は中間地点で話そうって言ってるきゅ」

 粗方話し終えた求愛が天一の方を向くと

「こっちもそれでいいよって、総大将に伝えて」

 天一は頷きながらそう言った。



「さて、どう来ても守れるようにしようね」

 たけぞうが仲間達の方を向いて言うと


「方々は真の敵が誰かご存知なのか?」

 道鬼がたけぞう達に尋ねる。


「ええ。それも和睦の場で言いますよ」

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