第68話「話し合いの末」

 半刻後。

 両軍の中間地点に話し合いの場となる陣が敷かれた。

 

 そこに妖怪軍から天一と道鬼、人間軍から春菜と長三郎。

 仲介者としてたけぞう達が集まり、両軍の精鋭部隊が少し離れた場所で待機していた。


 そして、互いに名乗った後

「こうして面と向かい合うのは、初めてですな」

「ええ、互いに後方で指揮する者同士。前線には出ませんからね」

 まずは道鬼と長三郎が話し出した。


「こちらはお手前の指揮で何度も痛手を被ったものだ」

「いえいえ。軍師殿の手際の良さで、こちらは何度も退けられましたよ」

「いや、犠牲者を何人も出してやっとだったぞ」

「それはこちらも同じですよ」

 やはりこれまでの事があってか、二人は睨み合って静かに口合戦をしていた。


「そうか。武門の習いとはいえ、やはり儂より若い者達が死んでいくのを見るのは辛かったぞ」

「ならば戦を止めればよかったのでは?」

「そちらが自然を破壊しなければ、こちらとて何もしなかったわ」

「そう言われてもですね、田畑や家を作るのにはどうしても」

「闇雲に壊すのではなく、少しずつ頂戴すればよかろうが」

「それが出来るのは妖怪だからですよ。それよりあなた達だって、弱き者を甚振って物を奪い取っていたでしょうが」

「それは人間と同じで一部の愚か者がしているだけだ。だがそれを取り締まれなかった事は詫びよう」

「いえ、こちらもお詫びします。ところで本当にあなた達がやったのではないのですね?」

「そちらの先代の事は先程知った。そっちこそやってないと言うのか?」

「ええ。妖怪軍総大将をそんな手で討てるとは思っていません。返り討ちに合うだけでしょう」

「ふ、それは買いかぶり過ぎだ。あの男は統率力はずば抜けていたが、武芸はからっきしだったわ」

「へえ、ではうちの兄といい勝負が出来ましたね。なんせ武芸は義姉の方が強くて、尻に敷かれてましたから」

「ほう、そうか。こちらも我が娘の方が強くてなあ」

「では奥方同士で一騎打ちしても良かったかも。当然義姉が勝ってたでしょうけど」

「ふん。人間の女に娘が負けるか」

「義姉はそちらの猛将を退けた程ですが」

「娘も何人もの将を追い払ったが」

「そうですか。先代殿はさぞ苦労されたのでしょうね」

「先代はもういい。今は天一が当代だからな」

「それはこちらの春菜姫も同じです」

「ふん、いくら先代の忘れ形見とはいえそんな童女を総大将にせず、お主がなればよかったのではないか?」

「そちらこそ他に誰かいなかったのですか?」

「天一には先代以上の将器と母譲りの武芸の腕、大妖力がある。これは儂を含めた誰も敵わん」

「姫もそうですよ。それに法力がずば抜けていて、妖怪の妖力以上です」

「ほう、ではここで天一の実力を見せようか? 腰を抜かすぞ」

「そちらこそ、姫の力を見てぽっくり逝かないように」

「ならばやってみせろ」

「ええ、では」


「じじ様、ちょっと黙れ」

「叔父様、本題に入れません」

 天一と春菜が二人を止めると


「す、すまない」

「申し訳ありません。つい」

 二人は俯いて口を閉ざした。


「二人の会話だけで終わらなくてよかった」

「ああ、そうだな」

 たけぞうとお鈴がボソッと呟いた。



「さて春菜姫。今は休戦という事にして一緒に戦いたいんだけど、いいかな?」

 天一が切り出す。

「ええ、真の敵とですね。それが誰かは皆さんが知ってるのですね?」

 春菜がたけぞう達の方を向いて尋ねる。


「大妖魔だよ。この世界を滅茶苦茶にした張本人でもあるね」

 たけぞうが二人を見て答えると


「何? そんな者がいたのか?」

「では、我等がずっと争っているのも其奴の仕業だと?」

 道鬼と長三郎が顔を上げて尋ねる。

「うん。そもそもおれ達はそいつを倒す為に来たんだよ」

 たけぞうは頷いた。


「そうか。だが双方の先代の事はともかく、戦場で兵達に直接手を下したのは儂等だ。其奴のせいにして無かった事になど出来るか」

「たしかに。恨みに思うなとは無理です」


「そりゃおいらだって知ってる人が殺された時は腹が立ったよ。でもさ」

「ええ。ここで戦を止めなければ、悲しい思いをする人がこれからも出ます」

 天一と春菜が鋭い目つきで言い

「そうだよ、だからもう止めようよ。大将はその気なんだし」

 たけぞうがそう言うと、二人は暫く黙り込んだ。


 そして

「共に戦うとなると別の問題が出てくるな。どちらが主導権を握るかで」

 道鬼が口を開くと

「私は天一様でいいと思います」

 長三郎が即座に答えた。


「何、それでいいのか?」

 道鬼が意外そうに尋ねると

「ええ。正直悔しいですが、天一様の将器は姫より上です」

 長三郎が頭を振って答えた。

「そうか。だが長三郎殿が納得しても他の者は?」

「はい、それが問題なんですよねえ」

 そして二人が沈黙すると

 

「あのさ、天一と春菜姫、どっちも大将じゃ駄目かな?」

 たけぞうが二人にそんな事を提案した。


「なんだと?」

「二人共ですか?」


「うん。異界では平時と戦闘でそれぞれ別の人が大将をやってた軍があるんだ。てかおれやお鈴さん、彦右衛門さんと香菜さんもその軍にいたんだけどね」

「はい。一方が前に出る時はもう一方が下がって補佐に回ると、見事でしたぞ」

 彦右衛門が後に続いて言った。


「成程な。ここで言うなら平時は姫が両軍を纏め、戦では天一が指揮といった所か」

「え? 姫がですか?」

 長三郎が驚きの表情を浮かべて道鬼の方を向く。


「あなたは天一の方が上と言ってくれたが、姫は天一より平時の将として上と見受けられる」

 道鬼は春菜を見つめた後、長三郎の方を向いた。

「そ、そうですか?」

「ああ、この方の為ならばと思わせるものをお持ちだ。これならこちらも納得するし、そちら側も不満は出ぬと思うが?」


「……ええ。ではそれで」

 長三郎が立ち上がろうとすると

「待たれよ。決めるのは総大将だぞ」

 道鬼がそれを制した。


「ああ、そうでした。姫、如何でしょうか?」

「天一はどうだ?」


「それでいいよ」

「ええ、よろしくお願いします」

 天一と春菜は笑みを浮かべて頷いた。



「ふう、よかったね」

「そうだな。拙者達の旅路が少しは役に立ったか」

 たけぞうと彦右衛門が胸を撫で下ろす。

「うん。それにおれでも流石に分かるけど、あの二人って」

「ああ。お二人は出会って間もないのに、もう意気投合されているようだな」

 彦右衛門が自信満々に言うが

「違うって……ま、いいか」

 たけぞうは呆れ顔になって呟いた。



「なあ、香菜殿はどうやってあの方を落としたのだ?」

 お鈴が苦笑いしながら尋ねると

「あの人って自分でも気づいてないだけで、あの時からわたしに惚れてましたよ。だから待ってればと思いました」

 香菜は笑みを浮かべて答えた。

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